第9話 始祖の伝説
今回はトゥーゼル視線になります。
爆炎からの爆煙、狼煙のように黒黒とした煙がジャングルの一角から立ち上がり、風とともに徐々に消えていくのを見て、青年トゥーゼルは危ないところに颯爽と現れた希望が、まさに雲をつかむように消えていくのを感じた。
先程まで不思議なスキルで勇敢に戦っていた青年。
それがいまや立ち上がる黒煙の中にまぎれてしまった。
邪魔者を排除出来たと思ったのだろう、ギャハハと杖を持ったゴブリンが醜悪に顔を歪めながら笑う。
自分を守るように槍を持って立ちふさがる異教の部族の少女。
並のモンスターであれば問題なく撃退する戦闘能力から護衛兼ジャングルの運び屋と名高いブリット族、幼いながらもその勇ましい背の隙間から見えた、黒焦げの地面とこの黒煙を見れば青年がどうなったかなど想像に難くない。
やはり、ジャングルの奥地あると言われるユミル結晶石など狙うんじゃなかった。
いつもみたいに薬草で我慢していれば、……後悔してもしきれずトゥーゼルは自然と祈りを、両手を握り合わせていた。
もはや、このブリット族のアウさんがどうしてくれるのを祈るしかない。
トゥーゼルがそう思ったときだった。
「ストーンバレット」
その声にはぁ!と顔を上げた。
もうもうと立ち上がる煙。それを吹き飛ばす勢いで、赤銅色と化した石礫が飛んでいき、杖を持ったゴブリンの右手を穿ち、悲痛な叫びを上げる暇もなく頭を吹き飛ばした!
それから風が起こったように黒煙が晴れていき、中からは不思議な、焼け爛れた砂の塊が現れた。
「なんだ、あれは!」
見たこともない現象に驚きの声を上げてしまう。
ちらりとアウさんを見ると、どうやらアウさんも驚いてるようで目を見開いて珍しく呆けている。
その砂がずっずーと鳴動して、まるで風で煽られたマントのように浮遊した。
素足、ふくらぎ、太ももと、男の足が見えて、青年があのファイアボールを防ぎきったのだと知った!
徐々に露になる裸体。
青年は服を着ていないようだった。その代わりに奇妙にまとわりついている砂を操っているようだ。
あれほどの攻撃だったというのに青年は腕を組んだまま仁王立ちで立っており、こちらを一顧だにしない。
その背はトゥーゼルにとっておとぎ話に出てくる英雄のそれに見えた。
それだけではない。今は砂だが、先ほどは石を盾にしていた。
驚いたことにあのまとわりついている物体の形質を変化させているのだろう。
並大抵の魔導士には出来ない。というよりも聞いたことがない。
しかしトゥーゼルは一つ思い当たることがあった。
形質を自在に変化させ、なおかつ#服を着ない__・__#のはもしかしたら、先祖代々語り継がれている。
……………いや、まさかあれは伝説だ。おとぎ話の類だろう。
トゥーゼルは自分の想像を自らの経験と知識から否定する。
ギャアギャア!
「―――っ! あ、あぶない!」
残っていたゴブリン2体のうち、1体が刃がボロボロになった、それでもロングソードほどの剣を振りかざして、青年へと突撃していった!
慌ててトゥーゼルは叫んだものの、青年は後ろをみたまま気づかない!
「あっああああ!」
ゴブリンの持つロングソードが高々に持ち上げられ、一気に上段から袈裟切りされるが―――――――振り下ろされたロングソードは砂の壁に吸い込まれるようにめり込む。
ギャアギャア!
ゴブリンはロングソードを引き抜こうとしているようだが、流砂に巻き込まれるようにどんどんと沈んでいく。
そこでようやく青年が振り返った。
初めてみた青年の顔、アウさんのそれよりも黒い髪に、黒い瞳。
肌の色は、自分の白い肌と比べると黄色と言っていい。アウさんの褐色とも違う珍しいものだった。
年は自分と同じぐらいか少し下程度と思われる童顔な顔立ち。
そんな青年の唇が動く、「すりつぶせ」と。
ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
まるで生きているかのように砂は形を変え、ゴブリンに纏わりついて物凄い勢いで回転していく。
ジューと肉が焼ける匂いと、回転するたびに緑黒い塊が飛び散る。
赤々と熱せられて砂に研磨され、ゴブリンの体が削られて行っているのだろう。
ゴブリンも必死になって抵抗しようと暴れるが、砂を掴むことしか出来ず、どんどん飲み込まれていった。
やがて叫ぶ口も塞がれ、―――――――ブッシュ!と何かが割れる音がして、砂が吸収しきれなかった緑色の液体が飛び散った。
そして、ぺっとまるで唾吐くかのように砂は死体となったゴブリンを投げ捨てた。
ギャアギャア!足元に投げ捨てられた自分の仲間を見たのだろう。
ゴブリンは、我に返ったように叫び、逃げ出したが、
「ニガ、サナイ!」
アウさんが持っていた槍をゴブリンの背に向かって投げつけ、ゴブリンの体を貫通し、地面と縫い付けた。
手足をジタバタとさせていたが、ギャアと一声鳴くとゴブリンは動かなくなった。
……………お、終わったのか。
トゥーゼルは信じられないというように周りを見渡した。
10体はいたであろう、ゴブリンたちは皆が倒れ伏していた。
「た、……………助かった!!」
トゥーゼルはそれらを見て歓喜の声を上げた。
「アウさん、ああよかった。助かりました」
「サワグナ。……………ホカ、イルカモ」
トゥーゼルは、その言葉に慌てて口をふさいだ。
まだゴブリンはいるのか……………いやいてもおかしくないなにせ奴らは数だけは本当に多いのだ。
1匹いたら、周りに30匹はいると思えといわれるほどに。
そう思うとトゥーゼルは薄ら寒くなった。
とりあえず今回の探索はここまでにしよう。
最悪このまま帰っても薬草を採取してあるので、往復の交通費でも赤字にはならない。
「スラオ、大丈夫か?……………とりあえず休んでおけ」
トゥーゼルが打算を考えていると、青年が砂を労うように撫でていた。
すると、砂は形を変え、
「―――っ! ス、スライム?!」
驚いたことに砂は、薄い水色の半透明なボディへと変化していた。
あれは紛れもなくスライムだ。
つまりあの砂や石はスライムが姿形を変えてできたものだったのだ!
これは、
トゥーゼルは先程、自身が否定した想像を肯定することに、いやせざるを得なかった。
「まじで、おつかれさん。ゆっくり休め」
股間部から肩にかけて張り付くスライムを愛おしそうに撫でるこの青年。
その姿はまさに伝説に謳われる通りだった。
トゥーゼルの、ゴルスラ家に伝わる始祖の伝説の一説にはこうある。
それは、力の結晶にして親しき我が友人。
ありとあらゆる物を取り込むそれは無限であり、
ありとあらゆる物を再現するその力は夢幻ではなく現し世のそれである。
女神の約定の名のもとに、我が命じれば、それはある時は剣に、ある時は盾に、またある時は雨風を遮るマントに、あらゆる厄災を振り払い、幸福をもたらすもの。
我は一介のスライム使いにすぎない。
されど我が友人の力を持ってここに、
スライムマスターを名乗るものとする。
スライムを纏い、スライムを剣に盾に変化する様はまさにゴルスラ家を作ったとされる始祖の力と同じだ。
年もそう変わらず、むしろ下と思われる青年が、あの伝説のスライムマスター!
だとすれば、我が家のあの【秘宝】を復活させられるかもしれない。
そうなれば、ゴルスラ家の当主の座すなわち#GS__ジーエス__#商会の主人は兄ではなく……………。
その想像に、トゥーゼルはぶるりと身を震わせる。
それが歓喜なのか、それとも抱いた感情の恐ろしさからなのか、それはトゥーゼルにも分からなかった。
分かったのは、この青年を是が非でも取り込む必要があるということだった。
ゴルスラ家GS商会の商人としても、トゥーゼル本人としても、だ。
トゥーゼルが決意を新たに立ち上がる、とその前にアウさんが立ち塞がった。
「ワケマエ、キメルノ、センシ」
わ、分前?ここに来て何を言い出すのだろうか?
理解できない。
言葉少ない少女の真意を問いただそうとたした時、
「オイ、オマエ」
ーーーっ!
それよりも前にアウさんが青年へと話しかけてしまった!
アウさんはこちらの言語に疎い。
怒らせることを言うんじゃないか。とトゥーゼルは気が気じゃなくなり、慌ててアウを止めに入った。