ななわ
伸ばされたアキラの手と焦った表情。
ヨウタも手を伸ばそうとするも間に合わない。
ヨウタの視界が一瞬真っ暗になってから瞬時にどこ科の城の一角のような光景が目の前に現れる。
同時にひゅんという音がして、どさっと石畳の地面に落とされる。
ゲーム内なので痛みは感じないが、音だけで痛そうに聞こえた。
「……下が槍とかそういうのでなくて良かった。でもなんだっけ、属性の罠、運が良いのか悪いのか分らない罠とか言ってたよな」
と呟いて周りを見回す。
ヨウタの視界には、石の壁があるのみだ。だが右の方には金貨が一枚転がっている。
後ろを振り向くと沢山宝があるのかな?
「で、でも振り返ったら怖い万人のような化け物がいたりってことはないよね? うう……1、2、3」
そこで数えながらヨウタは振り返る。
怪物はそこにはいなかった。
代わりにそこには沢山の金貨やら宝石やらと一緒に布袋やら剣やら防具やら……道具やら本が転がっている。
正確には本は本棚にあり、それが金貨やら何やら色々なアイテムに埋もれているのである。
道具はあまり興味がないというかヨウタは関わりたくなかったので、見なかったことにした。
でも目の前に広がる財宝の山。
「あまりにもすごすぎてどこから手を出したらいいのか分からないかも。でも、ちょっとでもいいから回収しておいた方がいいよね」
とりあえず金貨の山から立ち上がったヨウタは、金貨をまず幾らか回収する。
「これで洋服の分の借金はアキラに返せるぞ。後はアイテム……道具は放っておいて、というかなんで自分を襲うかもしれないアイテムなんて持たなきゃならないんだと思うわけです、なので僕でも装備出来そうな道具、と」
周りを見渡すも、やけにきらきらしたりごつい弓やら剣やら斧やら杖やら……僕もこんなの使いたかったな、と思いつつヨウタは良さそうなものを探していく。
やはりこういった強そうな弓とか剣といった道具はヨウタは装備できないようだ。でも、
「アキラたちならこういった物が装備できるよね。だったらこういった物も持って行ってもいいかも。とりあえずは見当をつけておいて、僕でも装備できそうな何か良さそうなものはないだろうか」
そう思ってヨウタは金貨の海をかき分けて埋まっている物を探していく。
そうしていくと茶色い皮のようなものが見えてくる。
さらに掘っていくとその全体像が見えてきて、それは、
「袋?」
皮の袋で、これを装備するともてるアイテムの上限が増えるらしい。
しかもヨウタでも装備できるような品物だった。
ただ入り口部分が狭くて硬いので、開けにくくてきつい作りになっているらしい。
入り口部分を強く引っ張ると少し入り口は広くなるが、それでも大きなものや太いものはここに入りそうにない。
でも、これくらいの口の広さでも入れられるアイテムは幾らでもある。だから、
「でもこれでアイテム係としては役に立てる、回復とか。とりあえずこれは装備で、後はお金とか換金できそうな物とか……効果のついたアクセサリーは何かつけられないかな」
そうすれば防御の能力が高くなり、服が裂かれたり溶かされたりしにくくなるはずなのだが、
「……道具のレベルが高すぎて装備できない。というか高度なアクセサリーなので、“村人B”や“魔性”は装備出来ませんて……はあ。でもこれとかこの辺にあるアイテムはアキラ達なら装備できるよね。……一通り見たし、よし、呼んで来よう。そうしたら……褒めてもらえるかな? 心配かけちゃったけど」
そうアキラに頭を撫でられる自分を思い描いて、ヨウタは入り口の扉に向かう。
というかここには大きな鉄の扉が一つしか出入り口になりそうなものはない。
だからまずはここからでいいかと思って扉を押して開こうとするも……。
「開かない?」
押しても引いても開かず鍵のような音がする。
確かこの罠は、運が良いのか悪いのかと言っていた気がするとヨウタは思い出して。
「まさかこれが? 宝物庫に来られるけれど出られないとか!? というか出られなくちゃ意味ないじゃん! おーい、誰かー」
けれど答える人間はいない。
どうしようかと思いつつヨウタは冷静に考えて、アキラを待つ事にした。
下手に動き回って行き違いになっても仕方がないし、そもそもヨウタ一人でこの城は歩ける気がしない。
敵に遭遇した時の戦闘は、まだヨウタには無理だ。
そしてここからそもそもヨウタは出られない。
そうなるとここでじっとして……手間をかけししまうがアキラたちの助けを待つ方がいいとヨウタは考える。
仕方がないので暫く道具やらを見ていたが、そこでヨウタはどんな本があるのかを見に行く事にした。
もしかしたなら強力な魔道書何かがあるのかなと思って近づいて背表紙のタイトルを見ると、
「『意地っ張りな恋人を蕩かす100の方法その1』……なんだこの変なシリーズ物は」
開いたらいけない――むしろ開いたら、新しい世界が開けてしまいそうな本がずらずらと。
何処と無くバラの香水の香りがするその本棚。
けれど好奇心には勝てず、ヨウタはそのうちの一冊を手に取る。
「『心を掴むBLの心得』、ビーエルってなんだろう、とりあえず開いて……えっと何々? 『Q、大嫌いと言う選択肢と大好きと言う選択肢、どちらを選択しますか? 恋愛指南本かな?」
そう呟きながらページをめくるヨウタ。
「良く分らないけれど答え、と。『答え、どちらも襲われます。そして、攻めは切羽詰っているのでどちらを選んでも……。愛されてるよ、やったね☆』……これ一体何の本だろう」
そこで説明を見て、この本がどういう本であるのか理解して……ヨウタはブラウザバックならぬ、本棚バックした。
けれど顔は赤くなり、動悸は激しい。
ついでにすぐに冷静になり、こういう本を読んで勉強しておいた方が良いのだろうかと悩む。
とはいえこの本を読むのは勇気がある。
そうやって手を伸ばしては引っ込めを繰り返していると、そこで鍵がガチャガチャする音を聞く。
どうやら誰かがここにやってきたらしい。
アキラ達かなと思うも、そこに現れた人影にヨウタは再び驚く。
「ユウシ! ツバサさんにヨクトさんも」
「ヨウタ? ……なんで鍵のかかった密室の宝物庫に?」
「罠に引っかかってここに飛ばされたんだ。あれ、妖精?」
ユウシに一人の妖精が付きまとっているようだった。
若い男性でどちらかと美人に見える銀髪に赤い瞳の、トンボのような羽の生えた妖精だった。
とはいえどうしてここにたどり着けたのだろうと、それが不思議でヨウタが見ていると、ユウシが自慢げに、
「“吟遊詩人”属性だから、音楽を妖精にしてあげると妖精がお手伝いしてくれるんだ」
「へー、いいなー」
ヨウタが羨ましそうな声を上げると、ユウシが少し調子づいたように嬉しそうに笑って、
「ふふふ、お陰でアキラよりも先に一番良い宝物庫に……でもヨウタがいるから、アキラ達もすぐに来るな」
「そうなの?」
「ああ、パーティの居場所は地図アイテムで分るから。となると、早めにめぼしい物を回収しておかないと……でも、一番に来たのはヨウタだから、まずヨウタに選択権があるんだよな」
宝物庫は先着順で、好きなものを手に入れられるらしい。
装備は出来なくとも、ヨウタはその道具なりなんなりを持てるだけ手に入れることが出来る。
「そうなんだ、知らなかった」
「俺達の分の良い武器、残しておいてくれよ、頼む、ヨウタ!」
手を合わせてお願いされてしまい、日ごろの事もあってかヨウタはユウシに、
「うん、どれがいいかな……じゃあ、一緒に探そうか」
そう、ユウシにヨウタはにっこり笑って答え、それに一瞬ユウシが見惚れてしまう。
またも何か変な雰囲気にあるユウシとヨウタ。
それに気づいたらしい双子が、
「ユウシ、ほら、ヨウタさんに早く頼みましょう」
「でないとアキラさんが来てしまって、良い武器が手に入らないかもしれませんよ」
「わ、分ったよ、ツバサ、ヨクト。でも、どうしてそんなに二人とも焦っているんだ?」
不思議そうに問いかけるユウシに、ツバサとヨクトは大きく嘆息したのだった。
時間はヨウタが罠にかかった頃にさかのぼる。
ヨウタが目の前で消えてしまったアキラのパーティにて。
「またヨウタが罠にかかった、探さないと!」
ヨウタがいなくなって、動揺して闇雲に走り出そうとするアキラを、以前のようにミチルに止められて地図を教えられて、ヨウタの居場所を突き止めたアキラ達。
目を血走らせながら鬼気迫るような表情でアキラは魔物を倒し、ヨウタを求めるようにアキラは進んでいく。
そしてヨウタのいる宝物庫の近くまで辿り着くとヨウタ達の話し声が聞こえた。
「だ、駄目だよそこは……」
焦ったようなヨウタの声。
どことなくこう……甘い声に聞こえる。
その声にアキラは固まり、カオルはにやにや口に手を当てて笑い、ミチルは聞いていない振りをしていた。
そんな動けないアキラに別の声が届く。
「大丈夫だって……随分きついな」
「そ、そんな大きいの、入らないよ……無理だって」
「大丈夫、こうやって、ほら……」
「だ、駄目、そんな大きいの……あっ!」
アキラが顔色を真っ青にして勢いよく宝物庫の扉を開けた。
すると、中では入り口の狭い皮袋に、大きな王冠の様なものを詰めようとぐりぐりやっている、ヨウタとユウシがいた。
ちなみにツバサとヨクトは、近くで良さそうなアイテムを物色していた。
そこでアキラが現れたのを見たユウシが、好戦的な雰囲気の表情でアキラを見て、
「どうやら俺と鉢合わせるのは運命のようだな、アキラ!」
「偶然だ。それより、ヨウタ、大丈夫だったか?」
あっさりとユウシを無視して、ヨウタの方に向かうアキラ。
別にヨウタがユウシと一緒に何かをしていたのが羨ましかったとか、そんな事はない。
まったく無いのは良いとして、そこでヨウタが、
「罠にはまったらここに放り出されて……でも一番乗りだから一番に、好きなものが選べるんだ」
「そうか、じゃああいつ等がこれ以上強くなると挑んできそうだから、強そうなものを一通り」
さらっと酷い事を言い出すアキラにヨウタは、
「良いじゃん少しくらい。今まで僕は色々ユウシにはお世話になったし。それに今だってアイテム入れるの手伝ってくれたし」
「アイテム?」
「うん、まずアキラに服の分の借金を返さないといけないし、高性能のアクセサリーはそれぞれが特殊な効果を持っているから幾ら持っていても良いだろうし、回復アイテムや補助アイテムであれば後ろから皆を援護できるし。……何時までも役立たずでいるのは嫌だから」
そんなけなげな様子のヨウタにアキラは悶えそうになりながら、
「……ヨウタはただ俺と一緒にいるだけで良いのに」
「アキラは優しいね、でも、僕もお手伝いできるように頑張る!」
そうなのだ、何時までもお荷物でいるのはヨウタだって嫌だった。
けれどそんな風に力が無くて守らなきゃいけない存在なら、自分の元から何処にもいけないのだとアキラは思って、とはいえ手助けしたいというヨウタの気持ちは嬉しくて、複雑な気持ちになる。
そこでヨウタの顔にぐりぐりと……道具が押し付けられた。
それは首輪のようなものだったけれど、そのぐりぐりと押し付けてくるカオルにヨウタは、
「なにするんだ! カオル!」
「ここ面白い道具が一杯あるね。僕欲しいなぁ。ヨウタに使ってあげたいし。これ、村人でも首につけられるみたいだし。つけると猫耳が生えるみたいだよ? 可愛いヨウタにぴったりだよね」
「……ユウシ達、ここにある道具要らない? 一杯。カオル達の分がないくらい沢山」
やーん、ヨウタ酷いー、とカオルが騒いでいるが、そこでユウシはすまなそうに、
「……もし負けるとそれが使われたりするから、あまり持っていたくないな」
「そう、なんだ。そういえばユウシ達、負けた事があるの?」
無邪気なヨウタの質問にユウシは黙った。
何処となく涙ぐんでいるのはヨウタの気のせいか。するとそこでツバサとヨクトが、
「まあまあ、では私達が幾らか頂いていきますね」
「有った方が良いからな」
けれどそんな二人にユウシは振り返り、
「何で負けた時、俺だけが、そう俺だけがあんな目にあったんだ! ずるいだろう!」
「ユウシはリーダーだし、勇者属性ですから仕方がないですよ」
「そんな事を言ったって……」
「ゲームの中だけの話ですからそんなに気にしない方がいいですよ、ユウシ」
「それでも感じるのは事実だ!」
「「じゃあ、僕達で忘れさせてあげましょうか?」」
ツバサとヨクトが、ふっと何処となく鬼畜な雰囲気を醸し出しながらユウシに言う。
ユウシはそれに気づいて顔を青くして、そしてヨウタに振り返り、
「さ、さあ、俺欲しい武器があるんだ、ヨウタ」
「ヨウタ、ユウシの言う事なんて聞かなくて良いぞ」
「何だと、アキラ! ヨウタは俺の味方だよな!」
そんな感じでわいわいと話をして、結局、ヨウタはユウシ達に幾つかに欲しい武器を渡し、アキラにも良さそうなものを選んだ。
時々ユウシが選んだものをわざとアキラが欲しがるも、ヨウタに、
「アキラ……格好悪いよ、そういうの」
と半眼で言われて諦めた。
どうもヨウタの前だと被っていた仮面がはがれしまうのだアキラは、昔から。
一方ヨウタも、何でそんなユウシにばっかり構うんだと思って心の中でふてくされていた。
そして第三者のカオル達はにやにやそれを見守っていた。
なんだかんだでアイテムを手に入れたカオル達はご満悦だし、アキラも良いアイテムが手に入ったので半分くらい溜飲が下がる。
なので残り半分を何処で発散させるかといえば、
「この目隠しベルトは、装備すると視界が塞がれる代わりに感度が5倍になるというアイテムだ。ちなみに負けると装備させられてしばらく外せないらしい。特に魔性の人物はこの道具が……」
「う、うぐ……」
ヨウタはアキラに言われてびくびくする。
ただでさえ感度が良いのにその5倍なんて、それこそ、延々とらめぇ~と舌足らずな声で言わないといけないような状況だ。
冗談じゃないと、ヨウタはぷるぷるする。
そんなヨウタの様子も可愛くて、アキラは更に色々とヨウタに魔性の道具を話していくが……。
「もう、そんなの聞きたくないって言っているのに! アキラのばかぁああ」
そう叫ぶと共に、ヨウタはいつものように走り出してヨウタは罠に引っかかる。
けれどいつもと違ったのは、その落とし穴が深くて転送されなかったものだという事。
つまりキャラを殺す仕様だった事。
加えてヨウタは空を飛ぶようなアイテムを持っていなかった事。
「うわあああああああ」
「ヨウタ―――――!」
焦ったように叫ぶアキラ。
けれど、罠に引っかかったヨウタは死んでしまう(体力が0になった)。
自分の体力ゲージが瞬時に消えてなくなるのを見て悲鳴を上げた後、ヨウタはぷつんと音が聞こえなくなって、周りの景色が変わる。
そこは暗い空間で、幾つもの光り輝く魔法陣がそこかしこにくるくると回りながら輝いている。
ふわふわと小さな光が輝く、特別な雰囲気のある神秘的な場所だった。
ここは何処だろう、というかさっき体力0になって、エロい思いをしなくちゃいけなかったんじゃ、とヨウタが思って周りを見回す。
ヨウタもその空間に浮いており、周りを白い光の魔法陣が渦巻くように幾つも回っている。
声がした。
……特殊イベント発生により、進化しマス。進化後のキャラは……“魔王”
うわっ、僕、“魔王”になっちゃったよ、と涙ながらにヨウタが思った次の瞬間景色が変わる。
まず感じたのはふかふかの椅子と、気づけば服も派手というか装飾の凝った物にされている点である。
どうやら玉座のようなものに座っているらしいとヨウタは気づく。
次に目の前の耳の尖った、何処と無くユウシに雰囲気の似た綺麗な男がヨウタの目の前に立っていると気づく。
彼はヨウタが来た途端満面の笑みを浮かべて、
「魔王様に進化、おめでとうございます!」
そう叫ぶ彼は、側近のディーとその時名乗った。
何でも魔族になると名前を変える事が出来、性能も向上するらしい。
ちなみに、どうやって魔族に選ばれるのかとヨウタは聞けば、ランダムに下っ端は選ばれて、片方に“魔性”属性を持つ者は強い魔族になると説明してくれた。
ちなみに、色々な事情からこのディーともう一人しかその強い魔族はいないらしい。
そこで今の話に疑問を持ったヨウタがディーに、
「なんで“魔性”属性が強い魔族になるの?」
「なんでもエロパワーを一番持っているのがその属性なのだそうです。ついでに最弱が敵になる事で、ひっくり返るから最強の部類に入るという設定だそうで……。お陰で私も散々な目に会いましたが、ここで一発逆転のチャンスが巡ってきたというわけです。くくく、覚えていろよ……」
暗く笑い出すディーに、何があったんだろうと思いつつ、今までの事を思い出したヨウタは何となく分ってしまった。
なので気の毒に思いそれ以上ヨウタは突っ込まずにいると、そこでもう一人の可愛い少年がやってくる。
彼はヨウタの前にやってきてぺこりとお辞儀をして、
「初めまして魔王様、もう一人の側近、メイです」
「初めまして、僕はヨウ……」
そこでその可愛い少年は目を瞬かせてから、
「あ、もしかして名前設定はお済ではないですか? 本名とは別に、魔族の場合は名前がつけられるんです」
「そうなんだ」
「一応悪役なので、仮の名前がつけられるそうです。どうですか?」
仮の名前と言われて、どうしようかとヨウタは悩んで、
「エロエロダイマオウ、とか? 流石にこれはないな。というかエロパワーで進化した魔王だし、名前だけは格好良くしておいた方が良いか……」
そこで、何か機械音が鳴る。
とても間抜けな……けれど決定しましたというかのような音だ。
ヨウタは嫌な予感を覚えていると、メイが、
「あ、エロエロダイマオウで名前が登録されています」
「……」
「……」
「へ、変更画面は!」
「一度登録すると、もう無理です」
「そんな! じゃあ僕、エロエロダイマオウに……」
ヨウタはそう呟いて、涙ながらにそんな名前なんて嫌だと思った。
ついでに魔王になって、アキラ達と敵対するなんてお断りだと思った。
これまで襲われたりしたのを助けてもらったり色々としたのだ。
それなのに敵対するなんてヨウタは絶対嫌だった。だから、
「魔王、止める!」
ヨウタのその言葉に、今度はディーとメイが慌ててヨウタを止める。
「ま、待ってください、魔王を止めるというのは、魔王が負けるという事で、僕達魔族側全員“魔性”属性に逆戻り、もしくは、変化してしまうんです!」
「そうです! ただでさえ、夢イベントでは私が女役でデートなどをさせられているのを見せつけられたりしているというのに……いえ、愛なし選択のように、好きな相手との恋愛映像を自分を登場人物として見せられるのではなく、拒否権があるとはいえ……現実のプレイヤー達相手に、それも気になり相手に色々とラッキースケベ展開をさせられてしまうかもしれないんですよ!」
「え?」
ついヨウタが聞き返してしまったのは、愛無しイベントの内容がヨウタの想像と違っていたからだ。
そう、愛無しがただ自分を登場人物にした恋愛映像を見させられるとか……。
だがヨウタは登場人物となり、そういった結婚イベントを体験させられた。
その違いにヨウタは茫然とする。だって、
――そっちの方が映像だから直接相手の顔を見たり行動したりしているわけじゃないし、外から見ているだけだから、そんなに普段幼馴染というか親友として暮らしているアキラ相手には、こう……むしろ気まづいような変な気持ちにならないじゃないか!
衝撃の事実に気づかされたヨウタ。
そんな馬鹿なと、顔を青くするヨウタにそこでディーが、
「そして魔王が倒された場合、一番に選択権があるのは勇者に選ばれたキャラです。無条件降伏したなら、奴らにまず真っ先に狙われます! 私は、あいつにまた良いように扱われるのが嫌なんです!」
「ディー?」
「それにそうすれば、勇者属性のあいつを自分の好きなように出来るじゃないですか。……少しくらい私も良い思いをしたって良いじゃないですか」
何やら思う所のあるらしいディー。そして今度はメイも、
「僕だって欲しい勇者属性の奴がいるもん。……愛さえあれば男同士でも関係ないよね。だからお願いします!」
二人には欲しい勇者属性の人間がいるらしい。
そしてヨウタの好きなアキラも勇者属性で、倒せばヨウタが好きに出来るのだ。
けれど同時に思う。
きっとアキラの事だからヨウタを心配しているに違いないと。が、
「あいつにかしずかれて、もっと、優しくされたい」
「分ります! もっと、こう、丁寧に扱って欲しいんですよね、魔物を呼び寄せる道具でなくて!」
メイとディーの言葉に、ヨウタは既視感を覚える。
もっとアキラに優しくしてほしい。
もっとこう、写真を撮ったりするのではなく。
それはヨウタの望みと同じだ。
そして、勝てば自分の望むようにアキラが出来るのだ。
「アキラ」
ぽそっと小さく名前を呼んで、好きだなと思って、次に欲しいと思って……ヨウタは大きく深呼吸をしてから、ここはゲームだからと思って、だから少しぐらい現実では無理なことを要求してもいいかなと思って……ヨウタは二人に答えた。
「僕は、魔王をやるよ」
それにディーとメイがはいと嬉しそうに答えたのだった。
時刻はヨウタが魔王になる少し前。
ヨウタが罠に落ちていくのを見て、アキラが焦ったようにヨウタの名前を呼ぶ。
ヨウタの悲鳴が耳に残り、アキラはすぐさま罠を覗き込む。
「ヨウタ!」
再び名前を呼び、焦ったように覗き込むアキラだが、その眼下には黒々とした闇が広がるのみ。
確か空を飛べるアイテムと、防御に特化したアイテムがあったのを思い出してすぐさまアキラはその二つを使い罠へと飛び込んだ。
けれどふわりとその落とし穴の底の方まで来てしまっても、ヨウタの姿は何処にもない。
そうなれば、考えられるのは一つ。
アキラは即座に飛び上がり、罠から飛び出してカオルとミチルに声をかける。
「ヨウタの体力が0になったらしい。“復活の館”に転送されているかもしれない、ここ一帯だと何処だ……」
マップを取り出しを選択して、地図を拡大して“復活の館”を探すアキラ。
“復活の館”とは、体力が0になって初期値に戻された状態で送り込まれる館である。
その館では、体力が0になったペナルティとして延々と感じさせられて、仲間が引き取りにくるまでそれが続くのである。
そんな焦るアキラにカオルが、
「慌てなくても大丈夫だよ、気持ち良くなるだけだから怪我なんてしないし、むしろ宿みたいに急に襲われることもないから、一番安全じゃないかな?」
「でもヨウタは感度が良い“魔性”属性だし、それにあんなに可愛いヨウタが喘いでいて、それを見ていた他の奴等が襲い掛からないとも限らないだろう!」
「……落ち着こうよアキラ。……例えば、感じすぎて顔を赤らめて、とろとろになったヨウタに、『アキラぁ』と呼ばれてみたいと思わない?」
焦るアキラの意識を別の方に持っていこうと、カオルがそう言ってみる。
そのカオルの言葉にうっかり想像してしまったアキラは、うっと言葉に詰まる。
けれどそれでも、今自分がヨウタをからかったせいでこんな事になってしまったのを思い出して自責の念に駆られる。
「……嫌われたかな」
「アキラ?」
「……もともと俺、ここの所ヨウタに避けられていたし。だから思いあまってヨウタをあんな風にして、でもだからこんな事になって。最低だ、俺……」
「……まあまあ、でもヨウタもアキラと一緒にいるのが楽しいみたいだし、大丈夫だと思うよ?」
そうフォローをすると、そこでアキラが不思議そうにカオルを見て、
「何で俺と一緒にいるとヨウタが楽しいって知っているんだ? カオルは」
「この前アキラがミチルと相談していた時、僕もヨウタと話していて……アキラと一緒にいるのは楽しいみたいだったよ?」
「そう、か? そうなのか……」
安堵したように笑うアキラ。
その心から浮かべているような微笑みに、ヨウタの事を本当に愛しているんだなとカオルはにやにやしながら、
「それで、ヨウタに“復活の館”出会ったら何をまず初めに言うか、決めた?」
「分らない」
「せっかくだから考えておきなよ」
そんなカオルの言葉に、確かにそうだなとアキラは思って、謝るか、それとも心配したというべきか迷う。
けれどそのどちらも拒まれたならどうしよう、そう柄にもなくアキラは思ってしまう。
今回の事だって元はといえばアキラが全ての原因なのだ。
ヨウタに嫌われるのは嫌だ、そんな焦燥感がアキラを襲う。
珍しく不安そうに考え出すアキラに、それだけ真剣なんだなとカオルは苦笑して、
「ま、会った時に、アキラが言いたい事をいえば良いよ。アキラがヨウタの事を心配しているのは本心なんだから」
そう言われて、アキラはそれでもまだ迷ったまま俯いて歩く。
そこで、アナウンスがアキラ達に流れる。
「魔王が現れました。場所は……」
けれどすぐにその音声をアキラは切る。
それよりもアキラはヨウタの事が気がかりだったから。
だから魔王と戦うイベントよりも“復活の館”に行く事の方が重要だった。
こうして、アキラ達は魔王に挑むイベントに、一番遅れをとる事となったのだった。
再び魔王の城にて。
「エロエロダイマオウ様~」
「メイ、止めて、その名前で呼ぶのは」
「じゃあ、エロ様で」
「ヨウタでお願いします」
分りましたとにこやかに言うメイに、ヨウタは自分の名前の表記がエロエロダイマオウになっているのを見て、暗い気持ちになりながら溜息をついた。
現在ディーとこのメイは、一番近づいている勇者達に攻撃の指示を出していた。
「くくく、手加減して強い駒一人づつ勇者に当てていく馬鹿が何処にいると思っているのですか、あははははは」
と、先ほど、ディーの部屋へ何をやっているのかヨウタが見に行ったら、水晶玉のようなものに手をかざして高笑いするディーの姿があった。
悪役っぽいと言えばそうなのだが、多分この部屋に一人だからやっていられるのだろうとヨウタは思う。
ここで声をかけたら悪いなとそっと部屋をしめて、徹底的に潰すつもりだから勝てそうだなとヨウタは背を伸ばす。
なので次にメイの部屋に来たヨウタだが、
「ああ、今勇者のパーティ5人に、50人ほどの魔族と魔物50匹で猛攻撃仕掛けているところです」
「……勇者でここまで辿り着ける人いるのかな」
「さあ。でも負けた勇者達パーティをどうするかという権利は、真っ先にヨウタにあるんですよ?」
「え? そうなの?」
「……説明読んでください」
「う、技とか性能だけで精一杯だよ。でもそうなんだ、じゃあ拒否権もあるので嫌なことがありそうだったらすぐに使ってって言っておこう。説明があるのとないのとでは違うしね。それに僕が意図せず、勝手にこの城の魔物が入り込んで何かするといけないし……」
流石に、いきなり襲われてひどい目に、というのは気の毒だと思ったヨウタだが、そこでメイに肩をつかまれる。
「……僕が欲しい勇者だけは説明などは無しにしてください」
「え? で、でも……」
「僕とあいつとの問題ですので、それだけ別にしていただければ他の人たちはそれで良いですから」
そのぎゃふんと言わせたい相手とメイ、ディーの二人の問題らしい。
そこで、ヨウタもアキラに対してそういった感情もあるわけで、自分の事は棚に上げてここで止める、そんな権利はないよなとヨウタは嘆息する。
それに好きな相手とのせっかくの機会なのだ。
これを機会にうまく距離が縮められるならばそれでいいだろうとヨウタは思う。だから、
「分ったよ、メイとディーが欲しい勇者は二人に渡す」
「ありがとうございます! まあ、ここまで来ても僕とディーで勇者なんかどうとでも出来ちゃいそうですね。それだけ能力が高いですし……ただ一人気になる勇者がいるんですよね」
嬉しそうに頷くディーと、メイ。
ただメイはそこで気になる勇者がいるという。
それが誰だろうと思ったヨウタはメイに、
「へえ、誰?」
「アキラという勇者で、多分、彼は僕達二人では荷が重そうなのでヨウタに……ヨウタ?」
そこでまさかアキラの名前が出てくるとは思わずヨウタは凍り付いた。
そしてその様子に気づいたらしいメイがヨウタの名前を呼ぶ。
ヨウタはどう二人に説明しよう、黙っておいた方がいいだろうか? でも、いずれ分かる事だよねとすぐに思って、
「……そのアキラって、僕の幼馴染で、一緒にパーティ組んでいたんだ」
「え? そうなんですか……そうですよね、ある程度強い相手に守ってもらわないと、“魔性”+“村人B”が不幸ポイント溜められるはずにですものね」
そこで聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたヨウタはメイに、
「魔王になる条件てそれなの?」
「そうですよ、面白半分でハッキングした奴が、ネットに資料を流していましたから」
知らないよそんな話とか、ネットの海は怖いなと思いつつ、アキラ達はそのことを知っていたんだろうかとか、それを知っていたならアキラはどうしていたのだろうとヨウタは思う。
というか今している事は、アキラに対する裏切りにも思えて、けれど自分の欲望は抑え切れなくて、そちらを優先してしまう自分が恥ずかしく思える。
そんなヨウタにふとメイが、
「でも今あのアキラという勇者は、“復活の館”に向かっていますね。もしかして、ヨウタがそちらに体力が0になって送られたと思っているのかも」
「そうなんだ……ってえええ! そこにいなかったら、魔王だと僕がバレて……」
まだ心の準備が出来ていないヨウタは焦る。
きっとアキラは心配していて、そこで魔王になったぞとヨウタは自分で言いに行くわけにも行かないし、まだ敵になったというか、アキラが欲しいから魔王をやりますなんて自分の口から言う勇気が、今のヨウタにはない。けれど、
「安否だけは伝えたい」
「だったら影武者作って、それに捕まっているような構図で、魔王が復活した映像を流せば良いのでは?」
「そんな事が出来るんだ」
「ええ、偽者の魔王で騙して、勇者を倒すのも魔王ならではだという事で、そういった技が……もっときちんと設定を読みましょう、ヨウタ」
「うう、僕は文字を読むのが遅いんだよ……これか」
そうして、ヨウタは説明書を読み始めて、影武者の作り方を覚えて、次にどう魔王っぽくいうかを考え始めたのだった。