遅刻魔チーズと氷月姫の七夕前日
構想は七夕当日にしたのに、テストやらオープンキャンパスやら資格取得試験とかでまったく打ち込めなかった(涙 後編である七夕当日の話は七月中には投稿しますので、少々お待ちください。
『貴様、七月七日と言えば何の日だ?』
皆さんはこんな質問を受けたらどう答える?(口調は気にしないで)
……え? 七夕以外ないでしょうだって?
甘ぁーーーーいッッ!!
炭酸の抜けた生暖かいコーラぐらい甘ぁーーーーいッ!!
まったく、七月七日にはもっと大事な事があるでしょ。
……えっ? そんな一歩遅れたネタで文句言ってるけど、君はどう答えるのだって?
……俺が冒頭の質問を受けたら、迷い無くこう答える。
『日本ではゆかたの日と冷し中華の日。あとポニーテールの日やたけ、たけのこの日だ。あ、あと乾めんデーだった。出来事としたら、ジャンヌ・ダルクの異端者判決が取り消された日。レーザーが発見された日。ハワイがアメリカと併合した日。カル〇ス販売開始日。そして、外国ではアレッサンドロ・ナニーニの、国内では研ナ〇コの、漫画ならRA〇Eのハル・グ〇ーリーの誕生日』
どうだ、この比の打ち所のない解答はッ!!
この答えに間違いはない。自信を持って言える。
ただ本当のことを言っているだけ。十分胸を張れる。
なのに……どうしてこんなことになったんだろう。
……おはよう。
俺は一時は留年の危機に瀕したけど、先輩や先輩や先輩のお陰でなんとか進級した高二男子だ。
まぁ、進級してからも俺の生活に特に変化なかった。
平日は遅刻ギリギリに登校して、必ず一度は先輩に会う。適当に授業を受けて、分からない所は後で先輩に教えてもらう。用がなかったらとっとと帰って、時間が合えば先輩を家まで送ってから帰る……殆どはその繰り返しだった。
でも、今日は違う。
だって……今日は日曜だから。
今日は貴重な休日!! 目覚ましの必要ナシ!! 二度寝も三度寝もし放題!! グータラしてても大丈夫!! あぁ、なんて幸せなんだろう!!
俺はマイ寝床で『たまたま』覚めた意識を、再度夢の世界へと旅立た……
「起きろ、狭衣 千鶴」
意識が完全に覚醒した。
夢の世界への旅はポイ捨されて、自分の耳がピクッとなったのが分かる。
この少し傲慢な命令口調なのに、聞くと心が安らぐ透き通った声……間違いない、
俺は動揺を外に出さないようにゆっくりと目を開ける……けど、見えたのは最近壁紙を張り替えた自室の白い壁。
俺はホッと息を吐いてから上半身を起こし、声の主がいる方へと向き直る。
「取り敢えず、おはようございます。先輩」
「貴様は午前十一時半の挨拶におはようを用いるのか?」
「じゃあ、こんにちは。先輩」
俺の目線の先には、見慣れた先輩が怪訝そうな顔をして立っていた。
モデルのような長身に、女性として魅力的な曲線を描くボディライン。腰まで伸ばされたストレートの艶やかな黒髪。整った顔のパーツは一つ一つが美しく力強い。
さっきから俺が『先輩』って言ってるのは、全部この先輩……月代 凛先輩のことだ。
その華麗な外見と絶対零度の目線から『氷月姫』の異名を持つ先輩で、俺の大切な彼女だ。
さらに、今日は休日なため先輩は私服だ。洋服とか色には詳しくない俺が説明すると、薄手の白いワンピースだ。そしてものすごく綺麗だ。
ついでに俺はTシャツとハーフパンツ……そんなの興味ないって? そりゃ失礼した。
「で、先輩。なんで今日、俺の部屋に先輩がいるんですか?」
取り敢えず言われるがままのあいさつをした俺は、一番の疑問を先輩に質問する。
別に先輩が部屋に入ってきたのは問題じゃない。先輩は俺の母親に気に入られてるから、難なく侵入可能(下手すりゃお茶菓子付きで)だ。
だけど、今日は夕方にボツ……落窪 豪が遊びに来る予定があるだけで、先輩が俺の家に来る予定はなかったはず。なのに、なんで俺の部屋に先輩がいるか俺には分からなかった。
そして、俺の質問に先輩は眉一つ動かさずに答える。
「今日は何月何日だ?」
「……? 七月……六日ですか?」
「では、明日は何の日だ?」
「…………はぃ?」
「七月七日と言えば何の日だ? と聞いている」
質問を質問で返された。
この場合は……やっぱり先輩優先で答えるべきだな。
俺は姿勢をあぐらに変えて、目の前に立っている先輩を見上げる。
「えぇっと……日本ではゆかたの日と冷し中華の日。あとポニーテールの日やたけ、たけのこの日だ。あ、あと乾めんデーだった。出来事としたら、ジャンヌ・ダルクの異端者判決が取り消された日。レーザーが発見された日。ハワイがアメリカと併合した日。カル〇ス販売開始日。そして、外国ではアレッサンドロ・ナニーニの、国内では研ナ〇コの、漫画ならRA〇Eのハル・グ〇ーリーの誕生日」
俺は自分の記憶の中から『七月七日』についての情報を引き出す。
けど、この解答は先輩には不評らしい。
『出来事は〜』の件あたりから、先輩の顔に怒りが見えた。……眉がいつもよりほんの少し釣り上がっただけだけど。
でも、先輩の気を損ねておくのは俺としても気分がいいことじゃないからなぁ……
「貴様、私を……」
「分かってます。『七夕』ッスよね」
「……分かってるなら早く答えろ。この阿呆が」
わざわざ答えを遅らせた俺に、先輩は鋭い視線を突き刺してくる。
『氷月姫』の名に恥じない絶対零度の目線が氷柱のように突き刺さる……でも、耐性がついてる俺には通用しないけどね。
てか……
「先輩? 明日は七月七日で七夕って事は分かりました。けど、それと先輩がここにいる理由には、どんな関連があるんですか?」
俺の中では『先輩がここにいる理由』と『明日が七夕』っていう事がイコールで繋がらない。
今日は特別な行事はないし先輩の誕生日は全然違う日だし……全然分かんねぇ。
「まったく貴様は……明日の準備をするために決まっているだろ」
「…………はぃ?」
「先程と同じ答え方をするな。明日は学校がある。準備をするには今日以外ない」
先輩は自信満々な声色で理由を答える。
あぁ、そうか。七夕の準備があったっけ。すっかり忘れてたぁ…………って、いやいやちょっと待て。
確かに吹流しのくす玉を使う七夕祭りとかの場合は準備が必要だ。
けど、この地域にそんな風習はない。せいぜい、小さなガキがいる家庭で、葉竹に願いを書いた短冊を飾る程度だ。それも、最近はプラスチック製の飾り物まで売ってる。
それに、七夕にデートなら分かるけど、自分達で準備するなんて……って、まさかッ!?
「先輩、まさかとは思いますが……『短冊に願い事書いて叶えてもらおう』なぁーんて事考えてたりします?」
「無論、それ以外になにがあると言うのだ。葉竹は母方の実家から取ってきたいのだが、少々遠くて運搬に時間が掛かる。しかし、学校周辺によさそうな竹林がある……? どうした、狭衣千鶴」
「クッ……プッ……クククッ」
いや、だって……あの、あの堅物の先輩が……七夕を完全に楽しもう、としてるなんて……
笑えるぅーーーーーーーーッ!!
先輩に笑ってる顔が見られないように俯き、両手で口から漏れる笑い声を押さえ込む。
……ガッ!? ふ、腹筋が攣る!?
「貴様……笑っているのか?」
「そ、そんなこと……プッ」
「なっ!! 貴様何故笑っている!! この無礼者!!」
「ガフッ!?」
押さえ切れなかった俺の笑いに反応して放たれた先輩の蹴りが、俺の脇腹に炸裂する。
それほど痛いわけじゃないけど、攣りそうだった腹筋が攣る寸前までいった。
「ちょッ! 笑ったぐらいで蹴らなくてもいいじゃないですか」
「七夕を馬鹿にするな!! 貴様も七夕の逸話は知っているだろう!!」
「は、はい。織姫と彦星がイチャイチャし過ぎて仕事サボってたら、神様が怒って天の川で二人を引き離して年に一度しか会えなくなった……って話ですよね?」
「一部捉え方が妙だが、大体そうだ。貴様は七夕の逸話を知っている」
いや、そんな事小学生でも知ってるだろう……なんて、先輩の話に水を差すような事はしない。
「ならば何故!! 貴様は七夕にそうも消極的なのだ!?」
「……確かに、積極的に七夕やってたのは小学生の頃が最後ですね」
七夕なんて、中学上がってからテレビで見るだけになってたな。最後になにを願ったかはすっかり忘れた。
でも、ねぇ……
「先輩、七夕に願い事をするっていうのは日本のみの風習で、本来は日本のお盆の一部と伝来した中国の七夕が習合したものです。そんな適当に出来上がった日に願い事するなんて変でしょ?」
「なッ!! 貴様……」
「そもそも、逸話だって夫婦がぐーたらしてるから、お偉いさんがデカい川越しに強制別居させて、面会が年に一度に制限された。……痴情が起こした慣れの果てじゃないですか。自業自得としか言えないでしょう」
「…………」
俺が頭をガシガシと掻きながら思った事を言うと、先輩は俯いて黙り込んだ。
長い黒髪で顔が隠れて、どんな表情か見えないけど……ちょっと言いすぎちゃったか?
「先輩? 大丈夫ですか?」
「…こ……きさ……いだ……」
「えッ……」
――俺には蚊の鳴くような先輩の声でも、しっかりと聞こえた
「……この阿呆…」
――けど、俺の頭が理解を拒否した。いつも聞いてる先輩の声を聞きたくなかった。顔を見るのが怖かった。
それでも俺は……顔を上げた先輩の声を聞き、顔を見る。
「…貴様なんて…貴様なんてッ!!」
――今まで、聞いたことのない正真正銘の怒気が含まれた声。今まで見たことない先輩の哀しそうに怒る顔。
「大ッ嫌いだッ!!!」
全部……先輩の全部が俺を完全に拒絶していた。
「チーズ、天下の豪様が来てやったぞ!!」
…………
「返事ナシかよ。……勝手に入んぞ?」
…………
「って!! おーいチーズ!! 生きてるか!?」
…………
「こりゃひでぇ……。なにが起こったんだ?」
…………
「取り敢えず意識を戻してやらねぇと……おいチーズ!! いつものように『俺はとろけねぇ』ってツッコんでみろ!!」
…………
「反応なしか……仕方ねぇ。あんまり気は進まねぇがやるか」
…………
「おーいチーズ!! 俺、月代先輩の事好きになっ」
「ゴルァァァアアアァアァァアアアアァアアアァァァアアアッッッ!!!!!」
「ブビャグァ!?」
ハッ! 俺は今までいったい何を!?
なんか本棚とかタンスが倒されて、まるで俺の部屋は台風が通り過ぎた如く悲惨な状態になってるし……なぜか俺の体も青痣と引っ掻き傷だらけだし……そして、何で部屋にボツが倒れてんだ?
ボツとは、ツンツン茶髪で悪友でナンパ好きでド変態のエロだ。それだけで十分説明できる。そんな男だ。
「イタタタタ……やっぱ、この方法は苦手だな。てか、素で恐い」
「なんだ、これはお前の仕業か? だったら全部弁償してもらうぞ?」
「いやいや、そんな事やったら命がいくつあっても足りねぇから」
ボツの目がリアルに怯えていたので、取り敢えずボツがやったわけじゃなさそうだ。
「じゃあ誰がこんなことを?」
「とにかく、俺はやってねぇぞ」
ボツが犯人じゃないとしたら、いったい誰だ?
ボツの前に誰か来てたような気もするが……思い出しちゃいけないような気がする。
「誰がやったのか分かんねぇのか?」
「ん〜……なんか、思い出したらパンドラの箱開けそうな気がしないでもない」
「なんだそれ」
呆れたような声を出して立ち上がったボツが、ベッドの上であぐらをかく俺を見下ろす。
……なんだ? 見下ろされるだけならムカつくだけなのに、なんか嫌な寒気を感じる。
まるでトラウマを抉られたような……
「お前って部屋に知らねぇヤツ入れないだろ……例えば月代先輩とかじゃねぇの?」
…………?
……セン…パ…イ
――大ッ嫌いだッ!!!
「…………」
「チーズ、どうしたんだ?」
俺は最近張り替えた白い壁を向いて、膝を抱え込んで座る。
所々ヘコんでる壁は真っ白な筈なのに、なぜかドンヨリとした灰色に見えるのはなんでだろう……
「……なんか絶対不可侵領域が発生してんだけど……」
「俺はどうしようもないダメ人間だ。ゴミ溜め的存在だ」
「チ、チーズ?」
「先輩に嫌われた俺なんて腐るのを待つ生ゴミ同然だ。誰か俺を火曜日の燃えるゴミの日に出してくれ。なんなら地中深くに埋めてくれてもいい。世界的に不要物質の俺がバクテリアの糧になれるなら本望……」
「……俺、月代先輩がす」
「ダリャァァァァアアアアアアアアアアアアア!!」
「ぎゃふん!?」
ボツの言葉に俺の体は条件反射を起こし、振り向きざまに脛へ裏拳を打ち込む。
弁慶の泣き所を打たれたボツは半泣き状態で床を転げ回ってる。
俺は立ち上がりながらその姿を見下ろしていた。
「テメェにその言葉を言う事は許さねぇ。次言ったら殺ス」
「さっきまで傷心ズタボロ状態だったのになんで復活してんだよ」
「先輩に関する事なら、俺は不死鳥や基督の如く、いつでもどこでもなんどでも甦ってやるよ」
「……それ、言ってて恥ずかしくない? 」
「……少し」
俺は自分の顔が赤くなるのを感じながら、ベットを降りてさっさと準備を始める。
「なにしてんだ」
「今から走って来るンだよ」
「走るって……マラソン?」
「アホ、原チャだ」
「あ〜なるほど」
俺の言葉の意味を理解したボツは、アホみたい……いや、アホらしくコクコクと頷く。
……先輩と付き合い始めてからは機会がなかったけど、俺とボツはムシャクシャする事がある度に山へと走ってた。
「でも残念。今、俺の愛車は故障中だ」
「……仕方ねぇ。俺のギア車乗れ」
「マジで!? 悪魔原チャに乗せてくれんのかよ!」
俺が準備している後ろで、子供のように騒ぐボツ。
ボツが言う『悪魔原チャ』とは俺が持っている原チャで、色々と改造が施してある。
その『色々』は外見や音量よりも能力を重視した改造をしている。その改造は内燃機関自体にも施してあり、燃費を考えなければ普通のバイクを上回る出力を誇る、最高レベルの超違法改造原チャだ。しかも、見た目は普通の原チャなので、スピードさえ出さなきゃ警官にも捕まらない……それが我が漆黒の愛車、通称悪魔原チャである。
そして、持ち主である俺よりも悪魔原チャに乗りたがるのがこのボツなのだ。
「その代わり俺をニケツしろよ。あと、目的地は県外の姫月山だ」
「了解! 限定速度はいくつにしとく?」
「75kmと言いたい所だが……今回は特例だ。MAXまで許可する」
「オッシャァァアアアア!! 飛ばしまくってその傷心ぶっ飛ばしてやるぜぇ!!」
ボツは俺の言葉を聞くなり奇声を上げ、俺の部屋を飛び出してった。
……あいつ、目的地忘れてないだろな。
俺はほんの少しだけため息を吐いてから、ゆっくりと部屋を出る。
「――ッ!?」
ドアを閉める瞬間、胸にポッカリと開いた穴を風が通り抜けるような感覚に陥る。
その穴は、俺にとってあまりに大きくてあまりに深くてあまりに痛くて……
「……クソッ」
大切な部分を失って今にも壊れてしまいそうな心。俺はその穴を無理矢理塞ぐように胸に片手を宛行う。
そうだ、今は忘れる。
そして走る。
それしか今の俺には出来ないから。
――そして、俺たちは走りだす。
夕闇が広がり始めた空には、孤独な一番星が瞬き始めていた。
なんか、恋人達がイベントとしてデートしたりする行事ってありませんか? 心当たりがあれば、ぜひとも教えてください。さらなる続編が出来るかもしれません。