初めてのテイム
「トラク、ここから先は気をつけろよ」
俺は門番、いやモバールと共に森に来ていた。
手には借り物の兵士の剣(おいおい、いいのかよ)を腰に下げ、緊張に震えている。
鎧も貸してくれるといったが、着込んでみると重すぎたため遠慮した。
足を踏み入れた森は静かだった。虫の音さえ聞こえない。聞こえるのは時折吹く風の音に揺らさせ微かに囁く葉の声くらいだ。
おかしいな、これだけ歩けば何かいてもいいはずなのに。そういうモバールの後をついていく俺は、森に入る頃の緊張は既になくなっていた。
「いたぞ、あっちだ」
モバールの指差す方を見ると、灰色の狼が地面に伏せ欠伸をしていた。
ここでふと頭に浮かんだのは、なんで俺ってこんなとこに来たんだろだった。
本を読んでてモンスターってなんだろって思ったのがきっかけで門番のところに聞きに行き、モンスターテイムスキルの話をして、ここの森へと来たんだよな。なんかテイマースキルを使うってことになってるのか???
ていうか、そもそもどうすればいいのか本を読んだだけじゃよく分からんのだが。
それをモバールに伝えると、とりあえず倒して見ればいいんじゃないかというので腰にさした鞘から剣を抜きそろそろと狼に近づいていく。
耳をぴくんと動かし、狼は立ち上がり森の奥へと駆けていった。
俺たちもそれに釣られ走り出す。
アオォォォン
背後から狼の遠吠えが聞こえ振り返る。と、そこには銀色の立派な毛に包まれ、先ほどのやつの優に3倍はあろうかという大きさの狼が睨んでいた。
ガサッという音とともに下生えの奥から一回り小さな、といっても最初のやつより倍は大きな狼が現れ2頭が並ぶ。横から、後ろからも狼が続けて出てきて、総勢6頭に俺たちは囲まれている。
「すまんトラク、油断した、急いで木に登れ!」
「分かった」
モバールの声に従い、剣を手に持ったまま手近の木に登っていく。木登りなんて何十年かぶりだが、昔柿の木や神社にあるご神木の杉の木によく登ったが、まだ体は木登りを覚えていたようだ。
横をみると、モバールも鎧を着た体で俺ほどではないが器用に木に登り、幹に腰をかけている。
「モンスターが1匹もでないものだからこんな奥に来てしまったんだが、こいつらがいたせいで回りに何もいなかったんだろう。一応仲間に森に行くことを伝えてあるから日暮れまでに戻らなかったら探しに来てくれるはずだ」
「わかった。ていうか、狼ってあんなにでかいものなのか?」
「あれは噂に聞くシルバーウルフだろうな。普通こんなところにいるモンスターじゃない。どこからか流れてきたんだろう」
眼下では狼がうろうろと木の周りをうろついている。銀色のというかシルバーウルフはモバールの方をじっと見つめている。
シルバーウルフがモバールの木に飛びついた。がモバールが座っている枝までまだ1.5メートル高さを残しそのまま地面へと戻る。
もう一度、シルバーウルフは先ほどと同じく木に飛びつき、そしてそこを足場に隣の木へ飛びつく、そして今度はモバールへ飛び掛る。やばい!
間一髪かわした彼だったが足を踏み外し、枝にぶら下がっている。
「大丈夫か? 登れそうか?」
「いや、無理そうだ。一か八か飛び降り、もう一度登るつもりだ。もし出来れば俺が降りるタイミングにあわせて何か投げてあいつらの気を反らせてくれると助かる」
「わかった、降りるときに合図してくれ」
頼む! モバールの合図と同時に剣と鞘を狼に向かって放り投げた。狼はそれをかわすため飛びのく。
モバールが飛び降り、もう一度木に飛びつき、足をかける。とその足に狼が食いつく。牙が食い込んだのか皮製らしき靴が赤く染まり、ポタポタと血がたれている。
俺は意を決して飛び降りた。右手には先ほど脱いだジャンパー巻いている。
投げた剣にも動じていなかったシルバーウルフがこちらを睨み、飛び掛ってくる。
爪ではなく、噛み付きだ。ぐるぐる巻きの右手を胸の前で横にし、そこに噛み付かせる。痛てぇ、だいぶ厚みのあるはずのぐるぐる巻きのジャンパーを付き抜け牙が腕に刺さってるじゃねーかよ。
口の隙間から左手を突っ込み、舌を握り引っ張る。噛み付く力が弱くなる。
今だ! 右腕を引き抜き狼の首を抱える、太く大きい首は抱えきれるものではないが、舌を握られていることから狼は力が入らない様子でそのまま足を崩していく、俺はそのまま組み敷く。
(すまぬ、降参だ。手を放してくれぬか)
聞こえた声に俺は首を動かし周りを確認するが誰もいない。
「だれだ?」
(儂じゃ、お主の下におる儂じゃ)
下といってもいるのは狼だけだよな。
「下ってお前狼か?」
(そうじゃ、とっとと放してくれ。舌を掴まれてて苦しいんじゃ)
「といわれても、放した途端がぶっといかれても困るし」
(わかった、先にあやつを開放させよう)
アグッ
自由にならない口でどうにか発した声によりモバールに噛み付いていた狼が牙を離すとモバールは凄い勢いで木に登っていった。
「さてどうしたものか」
悩んでいた頭にある考えが浮かんだ。
「俺に忠誠を誓ってもらえるなら、放してやろう。それが出来ないならこのまま舌を引き抜く」
(儂がお主のような人間に忠誠を誓えとな? ぐげぇ)
舌を握る手に力を入れてやった。
「さぁ、どうする?」
(儂のプライドにかけて、いや、この牙にあたる芳醇なうまさ、芳しき香り、これを食わせてくれるのだったら誓う、誓うぞ)
なんのことだ、俺の腕の肉のことか? 咄嗟に引いた右手に巻かれたジャンパーから茶色い台形の粒がパラパラと地面に転がり落ちる。
ん? あぁ、これってペットフードを扱っているメーカーから試供品としてもらったドッグフードじゃないかよ。
狼の目は地面を転がっているドッグフードを追って動いている。
「わかった、そのペットフードをお前にやろう、それで契約成立だ」
その言葉とともに俺とシルバーウルフの体をあたたかな金色の光が包み込み、すぐにそれは消えてしまう。それに驚いた俺は掴んでいた舌を放してしまった。
まずい、そう感じたが牙は手に触れることなくそのまま移動し、顎は閉じられる。
(儂ともあろうものが、こんな人間なんぞに… むしゃむしゃ、忠誠を誓ったからにはよろしく、はむはむ、頼むぞ主よ)
言葉とは裏腹に地面に落ちているドッグフードに食いついているので、約束どおりジャンパーのポケットに入っていた試供品の袋を開け、全部シルバーウルフに与えることにする。
何はともあれ、これがモンスターテイムというやつなんだろうか、とりあえずシルバーウルフに他の狼を下がらせるよう指示してみるとするか。
「他の狼たちを下がらせろ、あそこの木に登っているやつと俺を絶対に襲わせるなよ」
(あいわかった)
シルバーウルフが短く吼えると他の狼たちはこちらに視線を向けたまま下がっていく。
「なんか輪が広がっただけで囲まれてるみたいだな。見えないところにいかせろ。それはそうとお前は俺について来てくれるんだよな。群れはどうするんだ?」
(群れはあやつに返すつもりだ。元々流れてきた儂が偶々一時的にリーダーになってただけじゃ、別になんともない)
あいつとはたぶん他よりでかかったあの狼のことだろう。
「降りてこいよモバール。どうやらこの狼をテイムできたっぽい」
木の上でびくびく震えていたモバールは一向に降りてくる気配はない。
「降りてこないんだったら、置いていくぞ」
とりあえずシルバーウルフを撫でて仲良くなったことをアピールしてやると、どうにか降りてきた。が、赤く染まった足は歩くには痛そうで、顔をゆがめ片足で跳ねながら俺の方に少しだけ寄ってくる。
「ほんとに大丈夫なんだろうな」
「あぁ、なんだったら芸でもさせてみようか? 伏せ、そしてチンチン」
シルバーウルフは伏せるがチンチンはおこなわない。
(チンチンとはなんじゃ?)
あー、そうか普通わからんか。
「3回その場で回って吼えろ」
くるくると3回回ってアォーン
なぜ儂がそのようなことをせねばいかんのじゃの問いにお前が俺のことをいうことを聞くかどうか、つまり信頼の証をあいつに見せつけるためだと言うとしぶしぶ従ってくれ、それを見たモバールもテイムの成功を信じてくれたようだ。
「シルバーウルフ、あいつを背負って町まで連れて行ってくれないか」
(断る、主なら乗せてもよいが、それ以外は駄目じゃ。断固断る!)
「しょうがないな、モバール、おんぶしてやるから掴まれ」
と、と、と、潰れた。
いや、鎧を着ようとしただけで重さで諦めた俺が鎧プラス人間の体重に耐えられるわけはないわな。どうすべー、と思ってたところにシルバーウルフが先ほどの大きな狼を呼び寄せてくれ、そいつに乗せて町まで運ぶことになった。モバールが上でかちんかちんに固まっていたがそれはまぁいいとしよう。
町に戻ったときは既に日が沈みかけていた。それでも町まで無事に戻ることができ、いや狼の背から降りたことにか安堵の笑みを浮かべて俺に感謝の言葉を繰り返し言っている。
シルバーウルフだが町に一緒に入ろうとしたところ、さすがに止められた。まぁ狼だし、それも他のモンスターに比べても格段に上のやつらしいし危険と思われるのもしょうがないかな。
そのことを伝えると主が呼べば駆けつけると町の外で自由にしてもらうことになった。
そうこうしているうちに日も落ちたため、冒険者ギルドの横の飯屋で夕食をとり、その上にある宿屋で休むことにする。
部屋には木の小さな丸テーブルに椅子、それに木のベッドらしきもの、その上に布団か?厚手の布が1枚畳んで置いてあった。
流石にこの歳で板の上にそのまま寝るのはきついと思い、追加料金を払い布5枚を借りることにし、敷布団の代わりに5枚、掛け布団の代わりに1枚を利用することにした。
ベッドに横になると今日のことが頭に次々と浮かんでくる。
狼に囲まれたときは駄目かと思ったが死んだ爺さんのおかげで助かったな。狼じゃないが、昔野犬に襲われたことがあって、うちの爺さんから犬に襲われたときの対処法を聞いていたことがあった。それが今回俺の命を助けてくれることになったのだ。
そういえば、今日は仕事を無断で休んじまったな。社長はかんかんだろうな、どうにか連絡つかないものかな。明日も無断欠勤になるだろうし、いつになったら日本に戻れるんだろ。この国がどこにあるのかわからんから、とりあえずは港町を探して船に乗って分かる場所に行くのがいいのかな。
あぁ、日本大使館のある国へ行けば保護してもらえるだろうな…
そんなことを考えているうちに眠ってしまい、気付くとガラスのない窓からは朝日が入ってきていた。
11/6 12:21 一部文章変更
-(分かったから、放してくれ。忠誠を誓う、誓うから頼む)
+(儂のプライドにかけて、いや、この牙にあたる芳醇なうまさ、芳しき香り、これを食わせてくれるのだったら誓う、誓うぞ)
なんのことだ、俺の腕の肉のことか? 咄嗟に引いた右手に巻かれたジャンパーから茶色い台形の粒がパラパラと地面に転がり落ちる。
ん? あぁ、これってペットフードを扱っているメーカーから試供品としてもらったドッグフードじゃないかよ。
狼の目は地面を転がっているドッグフードを追って動いている。
「わかった、そのペットフードをお前にやろう、それで契約成立だ」
-(儂ともあろうものが、こんな人間なんぞに… 忠誠を誓ったからにはよろしく頼むぞ主よ)
+(儂ともあろうものが、こんな人間なんぞに… むしゃむしゃ、忠誠を誓ったからにはよろしく、はむはむ、頼むぞ主よ)
言葉とは裏腹に地面に落ちているドッグフードに食いついているので、約束どおりジャンパーのポケットに入っていた試供品の袋を開け、全部シルバーウルフに与えることにする。
何はともあれ、これがモンスターテイムというやつなんだろうか、とりあえずシルバーウルフに他の狼を下がらせるよう指示してみるとするか。