ケロックさんの里帰り ~魔王様が保父
『魔王様が保父』『とかげ娘ティーナの一日は忙しい』『オレはオウノ』にリンクしています。
ペリカンが配達してくれたのは、同郷の又三からの手紙だった。
又三も、ようやく結婚を決めたのか。
相手は幼馴染みの、ミヨちゃん。
その披露宴で、料理を作って欲しいという旨の手紙には、ひと月後にある結婚式への招待状が同封されていた。
魔王城の専属コックになった事は、沼中のビッグニュースになっている。
カッパ族の又三は、昔ながらの友人だ。
ミヨちゃんとも、同じ位の付き合いになるだろう。
種族は違えど、オーゼ沼で暮らす者同志、誰も近づかない辺鄙な長閑な場所で、泥んこ遊びをし、魚を釣り、それを食べて仲良く過ごした。
親友の結婚式に不義理はしたくないが、出席はまず無理だろう。
料理を作るとなると、前日からの仕込みが必要だし、何より果てない森を越えなければオーゼ沼には着かない。
果てない森は、恐ろしい。
森の賢者・獅子王様から印をもらった者でも、気を抜けば迷ってしまう。
その森のお陰で、オーゼ沼に住む者達は、戦争に巻き込まれずに過ごせたのだが……。
早馬で帰ったとしても、半月はお休みを頂かなければならない。
魔王城の厨房を取り仕切っている僕が、そんなに休めるわけがない。
招待状を眺めながら、小さくため息をついた。
又三には悪いが、断ろう。
お祝いの品を贈っておこう。
そう。それでいい……。
「何見てるんですか~?」
とかげ娘のティーナちゃんが、後ろから覗き込んできた。
慌てた際に招待状が手元から滑り落ちる。
「はい、ケロックさん。きれいな色の紙ですね」
ティーナちゃんは拾いながら、結婚の文字を見つける。
「誰が結婚するんですか?お友達ですか?」
「……」
「いいな~。結婚。お式があるんですか?行ってみたいな~」
夢みるようにティーナちゃんが言う。
そう、人生の門出を祝う日だ。
でも、僕は……。
「親友がようやく結婚が決まった。でも、僕は出席しない。」
「え?どうして行かないんですか?嫌いな人なんですか?」
嫌い?
又三は、僕の親友だ。
そして幼馴染みが、親友の奥さんになる。
二人は、長く交際していた。
僕はそれを近くで見ていた。
ずっと見ていた。
僕が沼を出るまで……。ずっと。
「……仕事を休む訳にはいかない。ほら、カッパ族の友達だから、糠漬けをたっぷり贈ってやるよ」
「……」
おどけて微笑んだのに、ティーナちゃんは俯いてしまった。
ふいに顔をあげると、キッと睨まれた。
ティーナちゃんは、時々怖い。
「魔王様に、叱られると思います」
「え?」
「そんなことをしたら、魔王様はお怒りになると思います」
厨房に忍び込み、肉団子をつまみ食いしたのを見つかると、ニヒヒと笑う魔王様。
好物のロールキャベツを、口いっぱいに頬張る魔王様。
魔王様は、ご自分の大好物でも、必ずみんなに振る舞おうとする。
旨いから食べろと、みんなにも奨める。
つまみ食いの肉団子までも、吹聴してしまった為、気がつけばキレイさっぱり無くなっていた。
夕食用のを慌てて作り直したのは、今では笑い話だ。
どんな事でも、みんなと共有してくれる魔王様。
「……魔王様には、秘密にするから」
小さな声で呟く。
「無理ですよ。おやつを狙って魔王様、後ろに立ってますから。」
振り返ると、寂しそうな顔の魔王様がそこにいた。
「私には、秘密なのか・・・」
大きな肩がしょんぼり落ちている。
「魔王様!ケロックさんを親友の結婚式に行かせてあげましょう!」
「結婚式?」
魔王様の目が、キラキラと輝き始めた。
すぐさま、ビッグベアーのアリオスさんが呼ばれ。
あっという間に、指示がとぶ。
子供たちと、牛男牛女のペペさんとトロさんも集まって。
メニューと、役割分担が決められていく。
「子供たちに料理を経験させる良い機会です」
アリオスさんが、献立表を満足そうに眺める。
カレーライスにシチューにおでんに……。
一度に沢山作れて、簡単でみんなの好きなもの。
これなら、大丈夫かもしれない。
「親友の結婚式にも行かせられない、そんなブラックな城なら潰れてしまえばいいのだ!ハッハッハッハー!」
魔王様が高らかに宣言された。
イヤ……潰れたら困りますから。
貴方のお城ですからね。
そうして僕は、オーゼ沼に帰るコトになった。
帰省する前日の夜、魔王様が僕の部屋を訪れた。
「コレは私からの日々の功労賞だ。速やかに受けとるが良い」
紺のストライプの洒落たスーツと、リボンをかけられた袋の中には、白竜の鱗が入っていた。
「魔王様!コレは・・・」
「白竜の鱗は幸せのお守りだ。親友とやらに、渡してやるが良い」
真珠色の鱗が、まぶしく輝いていた。
オーゼ沼までは、魔王様が送ってくれる事になった。
それならと、半月の休暇を短縮するように伝えたら、即座に却下された。
「はじめての里帰りだ、のんびりしてくるがよい。皆の者からのプレゼントだ」
全員総出で、見送ってくれる。
「ケロックさん、気を付けて」
「ゆっくり早く帰ってきてー」
「そんなことを言うなよ。ケロックさんの居ない間、オレ頑張るから!」
「だって、さみしいもん」
左手に何やら詰め込まれた大袋を抱えた魔王様が、マントを翻す。
「では、ケロックを沼まで送って行くぞ。暫しの別れ。さらばじゃー!」
魔王様が、右手を差し出す。
手を繋いで、僕達は旅立った。
見送る子供たちの姿が米粒ぐらいになると、サーッと竜巻が舞って、気がつけば懐かしい場所に着いていた。
「ここで良いのか?」
「あ、はい。オーゼ沼です」
「ペペに頼んで、胡瓜をたっぷり持ってきた。カッパ族の者に挨拶だけはしておこう」
そのカッパ族のみんなが、沼の反対側に集まってこちらを、不安げに見つめていた。
魔王様が、優しく強い人である事は、充分に伝えてある。
手紙で、何時も書いてある。
それでも100倍以上の魔力を持っている絶対的強者に、怯えずにはいられないのだ。
魔王様は、沼の反対側に向かって叫ぶ。
「ケロックが暫し世話になる。貢ぎものを持参した。しかと受けとるが良い!又三と言う者は居るか?」
「ぼ、僕です」
「ケロックをこれからも宜しく頼む。結婚すると聞いた、幸せになるがよい!ファハハハハ!では、ケロック。半月後に迎えに来る。ゆっくり羽を伸ばせ」
粉塵が舞い、魔王様は行ってしまった。
しまった!
お詫びも、お礼もきちんと伝えていない。
魔王城から飛び立って、僅か10分余りの出来事だった。
カッパ族のみんなは、まだ茫然と立ち竦んでいる。
重い荷物を担いで、又三たちの所へ近づく。
「又三、久しぶりだな」
「お、おぉー。久しぶり、元気そうだな。」
「ケロックさん、お帰りなさい。いい男になったわねー」
「僕は昔からいい男だよ。ミヨちゃんこそ、綺麗になったね」
「またまたぁ~言うよね~」
甘酸っぱい気持ちで二人を見つめながら、久々の再会を沼のみんなと喜び合う。
ここに滞在する間に、魔王様の事を沢山お話ししよう。
ネタは尽きない位ある。
ゆっくりする休暇をとるはずのケロックは、チョチョイと披露した料理の腕の凄さに、それからの食事当番にされてしまったのは、また別のお話。
又三、ミヨちゃん。
結婚おめでとう。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。次に投稿したのが『ミズキお嬢サマの野望』です。そちらも一読頂けると嬉しいです。。