お金持ちの同級生が高級寿司屋に引っ張っていくお話
彼女が唐突に『お寿司屋さんに行こう』と言いだし、そのまま連れて行かれてしまった。
回転寿司ではない、明らかに高そうなお店に思わず腰が引けてしまう。
そりゃそうだ、僕たち●学生にはあきらかに不釣り合いだ。お父さんやお母さんとだって一緒に行ったことすらない。
「大丈夫、ここは何度かいったことがあるし、話をつけて貸し切りにしてもらってるから」
「だからって……ちょっと、頭撫でないで」
水色のスカートにブレザー姿の彼女『結城・希美』は話をしながら僕の頭を撫でる。堅いショートカットが揺れ、ガサガサと音をたてた。
「そしたら、せめて着替えてから行かない? この格好のままってのも」
「いいの、思い立ったら吉日よ」
結城さんは気まぐれなことで有名だが、特に僕に関しては特別な感情があるのか、よく引っ張り回してくれる。
その上でお金持ちだから反論する人はあまりいないし、数人いる人とも仲良くやっているから――
「うーん、もう少し触らせてちょうだい。なんだかこうしてるとペットと飼い主って気分になって癒やされるの」
こんな発言がなければ素直に喜べるのにと思っている。もちろんペットとは僕のことだろう。
存分に僕の髪を堪能したあと、結城さんは店に入り、僕も乱れた髪を直していたところを引っ張られるように入らされる。
「いい? こういうところはまず卵から食べるの。それからあっさりしたものから進めて、マグロやトロは後回しですの」
「希美嬢ちゃん、そんなこと言わなくてもお任せで言ってくれたら良いの出しますよ」
「ふふ、ごめんなさい。ミキくんに良いところを見せたくてついね」
「……」
なんだろう、この恐ろしく場馴れした会話は。
自分は辺りを見回したり、壁にかけられている木札を見ては右往左往するお上りさんと化している。
『ミキ君』とは間違いなく僕、『三ツ木・聡』のことだ。結城さんだけが何故かこの愛称を使いたがるけど、さっきの犬扱いと言い何かつきあい方と関係しているのだろうか。
「そうね、ならお任せにしましょう。あとはおみやげも包んで欲しいわ。ミキくんの家族にもお裾分けということでね」
「かしこまりました」
「あ、あのそこまで気を使わなくても」
進む話に制止させる。
「いいのよミキ君。気に入った人に相応の好意を見せるもの。ミキ君はそれだけ私の中で大きい存在なの」
「そ、そうかな」
「そうよ。ここは食べ物を取り扱う場所だから撫でるのは避けるけどね」
照れている僕を見て結城さんも笑顔になる。堅い髪が気に入っているのだろうか。
その一方で板前さんはそんなことも気にせずに黙々と握り始めていた。これも見てみたいけど、結城さんを差し置いて見るのは難しいので横目で何度か見るばかりだった。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした、おいしかったです」
「ありがとうございます」
一通り食べ終え、僕はもういっぱいいっぱいになっていた。
ふっくらとした卵に口の中でとろけるようなトロ。きらきらと光るイカは食べやすく、どれもいつも食べているお寿司とは明らかに違う。
そしてこの高級感、食べながら一体いくらかかるのかとハラハラさせられていた。
「あら、そんなに顔を青くして。お茶を一杯いただけるかしら」
「ううん、どうじゃなくて、さすがに結城さんばかりお金を出すのもなって」
『だから』と切り出しかけたとき、結城さんが指を立てて僕の口に押し当てる。
「せっかくの余韻を台無しにしてはいけません。これは食事のマナーだからミキ君も覚えておかないと」
言葉の圧力に無言で首を縦に振る。
「どうぞ、おみやげのもこれから作りますので」
「ありがとう、お茶でも飲んでゆっくりしましょうか」
こうして僕たち2人は店を出て、僕もやっと店から解放させることになる。
それにしても結城さんは何故ここまで尽くしてくれるか分からない。
ただ一つ言えることは、結城さんがお寿司屋さんから出たあとからやけに僕の堅い髪を触ったり、体にひっつけたりと行動が積極的になっていることか。これはこれでうれしいけど、どうも複雑だ。
「……ねぇ、あの時のお勘定僕にも払えないかな。さすがに申し訳ないよ」
「良いですわ、おまかせで一万五千円、おみやげで一万円になってますけど――ミキ君?」
一万五千円と一万円。あわせて二万五千円。
その値段を聞いて、僕は気が遠くなっていくのを感じた。