お誘い
「あの、さ」
夕食を食べ終え、二人で片付けをしている最中の事。
またも唐突に、綺夜が言葉を発した。
「やっぱり、今日は泊まっていけばいいと思うんだ、うん」
皿を落とした。
「んな……」
幸いにも明日は開校記念日で休み。確かに日取り的には問題ないのだが。
しかし、道徳的というか倫理的にどうなのだろう。
最も、目の前にいる少女は外見こそ同い年に見えるが、実年齢は見た目の十倍ほどあるかもしれない。
だから問題は無いのかもしれないが。
いや、逆に問題があるのか。綺夜にしてみれば俺は少年同然と言ってもいい可能性だってある。
と、そこまで思ってしまってから思い至る。
何故に俺が襲う、あるいは襲われる前提なのだろう、と。
「健全な証拠じゃないか」
また、表情に出ていたのか。
今後はもっと顔を締める必要があるな、これは。
「まあ、一つ屋根の下に異性の同級生と二人きり――泊まれと誘ったのは私から。
そんな状況でカケラも意識しないというのはまず無理だ。
それが当たり前になるような付き合いでも――いや、だからこそ期待はするだろう?」
意地が悪い。
意地が悪いが、しかし。
「一理あるけどな」
しかし、俺に言うのはどうなのだろう。
別にそれが当たり前ではないし、長い付き合いという訳でもないのに。
それなのに、泊まっていけというのは、一体どうして。
「まあ、そんなに変なことじゃないんだ。気紛れ、というかなんと言うか」
気紛れでそんな大胆発言だなんて、なんて恐ろしい子。
「お互いを知る、という事も兼ねてさ、色々と話がしたいな、ってね」
「かまわないけど、それで泊まっていけって事は夜更かし前提か?」
「私の種族は?」
吸血鬼――所謂ナイトウォーカーでしたね。
つまり夜こそ本領発揮。
「付き合え、と」
「当然」
「着替えはどうするよ。俺は制服で帰宅したくないぞ。特に母親がしつこく聞いてくるからな」
色ボケというか、いやらしさの塊だからな、あの母親。
それを聞いて、綺夜は何か思案する仕草を見せて。
「そうか。それなら我が持ってこよう」
「持ってくるって……。ああ、影を使って移動するのか」
「ふふん、影の中なら最短距離を一直線だからな」
それはいいとして、綺夜は俺の自宅を知っているのか。
いくら影を移動できるとはいえ、目的地を知らなければ意味が無い。
「ふふ、抜かりはないぞ。ちゃんと知ってる」
「二人で自分の家まで帰った覚えがないんだが」
「影に潜ってこっそり尾けた」
犯罪です。
「犯罪者め……」
「残念だったな壱月、我に人の法律は適用されないのだ」
ふふん、とまた無い胸を張る。いっそ揉んでやろうかコイツ。いや揉めるほど無いだろうけど。
「……機嫌がいいから、今すぐ謝るなら今のは無かったことにしてやろう」
「すみません出来心です」
「よろしい」
それだけ言い残して、綺夜は影の中に消えていく。
危なかった。非常に危なかった。
あれでもし綺夜の機嫌が悪かったならば、一体どうなっていたことやら。
最悪、俺の冒険がここで終わっていたのかも知れない。
胸ネタは今度から自重するべきだな、あまり誉められたものでもないし。
しかし――
「綺夜と話、か」
改めて思い返せば、俺は彼女について知っていることが少なすぎる。
気にならないといえば嘘になる。けど聞き出せば蛇が出そうな予感はする。
だから今まで何かを聞くことはなかったのだが。
「にしても唐突だよなあ」
彼女の中で俺の立ち位置に変化でも起きたのだろうか。
だとしたら何が切っ掛けなのか。そしてそれは良いことなのか、あるいは悪いことなのか。
何にせよ、それは俺が考えた所で答えの出ない疑問。
今は余計なことなど考えずに、おとなしく綺夜を待つことにしよう。