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同吸生  作者:
1/10

昼食時の来訪者

吸血鬼という怪物をご存知だろうか。

RPGやファンタジー系創作などの中に登場する架空の生物。

日光を浴びる、白木の杭を心臓に打ち込まれる以外では命を落とさず、夜に活動し人間の生き血を啜る。

蝙蝠を手下として従え、影に潜り棺桶で眠り、血液を啜った相手を同属へと変える。

人間離れした魅力を持ち、異性を自らの虜にしてしまう。

人間とまったく同じ容姿であるために判別は容易ではないが、鏡には映らない。

腕力も強く、まさしく夜の支配者として君臨するに相応しい力を持つ怪物。

それが吸血鬼。

けれども全ては創作の中の現実でしかなく、子供ならば兎も角、特に恐怖の対象になる訳ではない。

しかし、事実は小説より奇なりとは昔の人は上手いことを言ったものだ。

吸血鬼が実在していたなんて、今まで夢にも思わなかったのだから。

 

 ――――

 

南中央清廉学園・三年生教室

 

「やっと昼休みだ」という男子生徒数名の声が耳に入る。

その誰ともなしに向けた独白を拾い上げ、軽く滅入ってしまう。

生徒の大半は定時まで続く授業の合間に挟み込まれた、五十分ほどの休息を心待ちにしている。

二ヶ月前の俺もその例にもれず、昼休みを心待ちにしている学生の一人だった。

だが、今は違う。現状の昼休みはできればあまり来て欲しくはない時間と化している。

(あと十――九、八、七、六、五、四、三、二、一、零!)

昼休みに突入してからきっかり一分後、心中のカウントダウンが終了するのと同時、教室の扉が音を立ててスライド。

昼休みがあまり来て欲しいものではなくなった理由そのものが、教室にやってきた。


「迎えに来たぞひーとーつーきィー!!」


扉の向こうにいた彼女――石葉綺夜(いしは きや)は、わざわざ名指しで俺を迎えに来たことを告げ、ずかずかと室内に入ってくる。

それを誰も咎めようとはしない。

この光景は二ヶ月前から続いており、今ではすっかり毎度の事として受け入れられてしまっているからだ。

輝夜は俺の机の前で立ち止まり、行動を促すように視線で訴えてくる。

ふぅ、と溜息を吐き、昼食を用意して立ち上がった。

直後、彼女の腕が襟首を掴んできて、今日はこのまま強引に引っ張っていくつもりなのだと理解する。

そのまま突っ立っているだけではつんのめって転ぶだけ。

以前にも同じ事をされてわざと転んだらそのまま引きずって行かれた。

つまり逃すつもりは毛頭ないので諦めて素直に歩みを進める。

生暖かい視線、あるいは嫉妬と羨望の入り混じった刺々しい視線、もしくは苦笑を送られながら、俺は教室を後にした。


「んふふふふ、毎度の事ながら注目を浴びているな、(わたし)達は。人が羨むほどの仲、ということか」

「あれはそういった類の注目というよりは、俺への応援と同情と殺意が絡み合った視線に近い」


その一言が機嫌を損ねたのか、綺夜は一瞬で襟元から手を離し、首を掴んできた。

次に感じるのは圧力、指が首を圧迫する感覚だ。

絞められている訳ではないので苦しくはないが、痛い。

階段の踊り場まで進んだところで、綺夜が立ち止まった。


「確認」


首を上下左右に動かすくらいしかできない状態でか。

とりあえず上下を見渡して、誰も来そうに無いことを伝える。

それを聞いた綺夜は「ん」 と満足そうな一音を発して、俺に告げた。


「潜るよ」


そうして綺夜は踊り場の角へと爪先を踏み出して、影に乗せた。

途端に影は膨れ、その大きさを変える。

夢か幻でも見ているかのような光景は、それだけで終わらない。

フラフープほどの大きさになった影に、爪先が飲み込まれた。

そのまま体重をかけるようにして、体が影に沈んでいく。

常識を遥かに超えた現象を前にして、けれど俺は驚きもしない。

これに限らず、明らかに異常と思えるような光景には慣れてしまっているからだ。

(苦手なんだけどなぁ)

床に埋もれているわけではない。

こことは違う場所に移動するために、影の中に潜っているのだ。

相変わらず首を掴んだまま、綺夜の姿がどんどん沈む。

それに続いて俺は頭から影に突っ込んだ。首を掴まれているから、必然的にそうするしかないのだが。

眼前に黒色が広がり、視界が意味を為さなくなる。

直後に感じるのは、ひやりとした冷気を持った柔らかな何かが全身を包むような、そんな奇妙な感覚。

水中にいて浮力に身を任せている感じが近いかもしれない。

呼吸ができるし体が濡れないこと、周囲は見渡す限り黒一色のため方向も何も分からない――いや、これは深海も同じか。

水圧の存在しない深海、という言葉が脳裏に浮かぶ。

何度かこの空間に連れてこられた事はあるが、やはり慣れない。

(絶対に一人じゃ来たくないな、ここ)

パニックに陥らないのは首を掴まれているからだろう。

この闇の中で方向感覚を失うこと無く進める彼女の存在はとても心強い。

この手が離れてしまったら、離されてしまったらと想像して寒気がした。

格好悪いと思いながら、綺夜の手を包むように自分の手を重ねる。

若干ではあるけれど、首を掴む力が和らいだ気がした。

苦しくないように、けれど離してしまわない程度かな、と思った直後に体が上昇する感覚がやってくる。

(影から出るのか)

それを理解した俺は、素直に体を任せて自分の意識も上へと向ける。

ゆっくりと光が差し込んでくると思った時にはもう、屋上の日陰に出現していた。


「よし……食べるか」


横に立っていた綺夜は、掴んでいた手を離して早足で日影から出て行く。

一瞬だけ、その横顔が紅く染まっているように見えたけど、多分目の錯覚だろう。

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