第二話
「悠木じゃないか。どした?」
俺が就職相談室の扉を開けると一つだけある机にふんぞり返っている就職活動担当の教師、村手がずり落ちそうになった黒縁眼鏡を押し上げながら質問してくる。またぞろ隠れてアダルト雑誌でも読んでいたのだろう。慌てて何かを隠したようだった。
「先生 認警の求人ってまだありますか?」
肩で息をしながら俺は開口一番にそれを質問をした。一階から五階のこの部屋まで一気に駆け上がってきたため大汗を掻き息も荒い。村手にはさぞ異様な姿に見えただろう。認警か それだけを言うと村手は書類棚から冊子と何かの紙切れを取り出した。
「まぁお前はまだ就職決まっていないし、コネも無いだろうから止めはせん。だがこの冊子だけはちゃんと読んでからきめろよ。」
そう言って村手が俺に渡したのが白紙の履歴書と企業パンフレットだった。
「お前がそこにすると決めたならこっちで先方に連絡取って面接の日取りを決めてやる。たぶん落ちることもないぞ。」
俺は歓喜した。このご時世に確実に就職できるなんてことはめったにない。大卒様だってザラに低賃金の職業、いわゆる底辺職につく人も多いのだ。俺は村手の手からそれをひったくるようにしてとると、その場で履歴書を書いた。村手が何か言ったようだがそんなことは聞こえない。就職できる!その気持ちで一杯だった。
「先生 これでお願いします。今すぐに!」
俺の気迫に押されたのか村手は どうなっても知らんぞ とだけ言い電話かけた。2,3コール目で相手は出たようだ。
「・・・・ああ どうもわたくし第二普通高校就職課の村手と申します。・・・・ええ はい 総務課のカミンスキーさんにお取り次ぎしていただけますでしょうか?・・・・はい ありがとうございます。」
それから保留状態になったようで受話器から聞き慣れたメロディがかすかに漏れてきた。しかし人事課の人間が外国名ということは外資系の警備会社なのだろうか?俺は期待に胸を膨らませた。10秒ほど経つと目的の相手が出たようで村手が再び話出す。さっきとはうって変わってフランクな口調だ。
「あ カミンスキーさん?いやぁこの前はどうも。・・・・おっと 失礼失礼、仕事の話だ。珍しくウチの生徒でそっちの会社受けたいってのがいてさ・・・・・・うん 成績は・・・・ああ 必要ないか。体力面も問題ないと思うよ。柔道部のやつだからがっちりしてる。・・・・明日?分かった明日の10時ね。そいつは公欠扱いにして行かせるよ。履歴書はコピーして今からそっちに送るよ。・・・・うんそれじゃ今度一杯やりましょ ダズビーダーニャ」
村手は聞き慣れない外国語を口にすると電話を切った。それからため息をつきこう切り出す。
「即決したようだが、本当によかったのか?給料はいいが結構危ない橋わたるんだぞ?」
だが俺はすぐにこう答える。
「給料がいいならきつい仕事でもかまいません。」
きついとは言っても柔道部のシゴキよりはマシだろう。腕っぷしにも自信はある。きつくて安い給料の仕事が嫌なだけだ。村手は諦めたよに首を振りこう言った。
「・・・・そうかなら明日はしっかりやれよ」
それだけだった。