中身は
ドンっという重く鈍い音が聞こえた。
「何だ?」
寝転がってテレビを見ていた俺は、むくりと起き上がって玄関まで行き、アパートの薄いドアを開く。
「ん?」
ドアが半開き状態で止まる。何かが突っ掛かっているようだ。
ドアの隙間から無理矢理身体を外に滑り出すと、そこには黒い大型のスーツケースが鎮座していた。さっきの音も、ドアを塞いでいたのもこれが原因らしい。
「ちょっと、邪魔なんだけど」
派手な格好と化粧をした女性が俺を睨みつける。アパートの住人だ。スーツケースが廊下を思い切り通行止めしているのを怒っているようだった。
「いや、これ俺のじゃ……」
「いいからさっさとどけてよ!」
女性は聞く耳持たずといった具合に苛立ちをぶつける。圧倒された俺は渋々スーツケースを持って自分の部屋に引っ込んだ。
「重っ」
スーツケースはかなり重量感のある代物だった。何が入っているのだろう。
「ったく、誰だよこんなの人ん家の前に置いてったのは」
ぼやいたその時、つけっぱなしにしていたテレビのニュースが耳に入ってきた。
俺はリモコンを取り、音量を上げる。
「銀行強盗……」
ニュースによると、昨日の昼頃に都内で銀行強盗が発生。現金一億円が奪われ、目だし帽を被った三人組の犯人は女性の人質を連れて逃走。警察は今も犯人の行方を追っているようだった。
「ウチの近くじゃん!」
身近で起きた事件に妙に興奮すると同時に、俺ははっとしてスーツケースを見遣る。
「まさか……」
俺は慌てて玄関に鍵をかけ、スーツケースを畳の上に横倒しにする。
正直なところ、俺は金に困っていた。借金もある。今月中に返さないとマジでヤバい状況だ。万が一にでも中身が一億円なら地獄に仏なのである。
「どうか、入ってますように」
俺は手を合わせてスーツケースを開けようとした。が、
「いや、待てよ」
ピタリと手を止める。
奪った金を、わざわざ見ず知らずの他人の家の前に置いていくマヌケな銀行強盗がいるだろうか?
そこで俺は、ある一つの可能性にぶちあたった。
逃走する犯人達。そのうち人質が邪魔になる。色々証言されるのは面倒だ。面倒だから、
殺してしまおう――。
「うわわわわ」
俺は思わずスーツケースから飛びのいた。冷や汗がぶわっと吹き出る。想像しただけなのに、今にも死臭が漂ってきそうだ。
もしも本当に中身が死体だとしたら、捨てた理由も頷ける。人一人ぐらい詰め込まれていてもおかしくない大きさだ。
「マズイ展開だぞ」
このまま持っていたら、俺が犯人だと疑われる。してもいない殺人容疑で逮捕されちまう!
俺は無実の罪で刑務所に入れられる自分を思い描いて震え上がった。
夜になるのを待ってから、俺はスーツケースを持ってそっと部屋を出た。濡れ衣を着せられる前にさっさと捨ててしまおう。
近くの公園へ行き、茂みの中へスーツケースを置く。
「これでよし」
と思った瞬間、視線を感じて俺は顔を上げた。一人の老人がこちらを訝しげにじっと見つめている。サングラスにマスク姿の、どう見ても怪しい俺を。
「あっ、いや、違うんですよ。これから旅行なんすよ。あははは」
俺は手を振り、ぎこちない笑みを浮かべながらスーツケースを持ってその場を立ち去った。
結局人目が気になってどこへも捨てられず、そのまま家に持ち帰るはめとなった。
「何やってんだ、まったく」
どうしたものかと思いつつ何とは無しにテレビをつけると、銀行強盗で人質になっていた女性が無事保護されたとのニュースが入った。犯人はまだ捕まっていない。
俺は全身から力が抜け、その場にへたりこんだ。
スーツケースに死体が入ってる……だなんて、馬鹿な妄想をしたものだ。冷静に考えたら、こんなところに堂々と死体の入ったスーツケースを置くはずがない。見つけてくれと言わんばかりだ。
死体でないとなると、いよいよ中身が気になってくる。金という可能性も捨て切れない。
「よし!」
俺は膝を打ち、期待に胸を膨らませながらスーツケースを、開けた。
* * *
今日未明、アパートで爆発がありました。死亡したのはこのアパートの二階に住む××××さん、二十歳。警察によると、スーツケースの中に爆弾が仕掛けられていて、それが爆発の原因とみて、詳しい捜査を進めています。
速報です。つい先程、銀行強盗の犯人とみられる三人組の身柄が拘束されました。黒い大型のスーツケースの中には、銀行から強奪した一億円が入っていたとのことです。