武装警備員
私の役割も終わりが近づいている。
鳶の手によって張り巡らされた足場が建物全体を覆っている。
「よう、トム。ハイスクールを卒業して以来じゃあないかあ。何をやっているんだい?そんな変な格好して突っ立ってさあ」
「ガードマンだ」
「ガ、ガ、ガ、 ガードマンだって・・・!」
彼らは私の姿を足元から頭までなめるように観察し、示し合わせたかのように互いに顔を見合せ、表情を歪める。
「Hahahahahaha!Hahaha!Ha!Yeah!」
かつての級友たちの侮蔑的な笑いに苛立ちを覚える。
「Haha・・・」
「悪い、悪い。そんじゃあ俺はこれからポールとランチだからよ。日が暮れるまでたっぷりと日光浴してくんなア・ニ・キ・Haha!see you! 」
「おいおい、マイク・・・あんまりガードマン様をからかうんじゃないぜ・・。紫外線と排気ガスにまみれながらよう、立ってるだけの仕事なんてよう・・誰でも出来るもんじゃあねえんだからよう!just standing! Just standing! !Haha!」
「いやいやポールこそ!立ってるだけってのはガードマン様に失礼だろう?彼らには、2号警備員にはボッコ振りという崇高なる使命があるじゃあないかあ!Hahaha!」
私の中の何かが切れた。目の前のセーフティコーンを安全靴で蹴りあげる。金属で保護された爪先はたった今、凶器と化した。ひび割れたセーフティコーンは無惨に転がり、美しく作り上げられた仮歩道を乱す。
「・・るなよ」
「えっ?今何か言ったかい2号警備員トムゥゥ?」
「ガードマンをなめるな!」
私は叫ぶ。若い鳶職人が一瞬こちらを見た。
「ひゅううっ!見ろよポール。ガードマン様が怒ったぜ!」
「Hahaha!こいつは驚いたぜ!ガードマンをなめるっなってかい・・・。ナンセンスなジョークだなあ・・・。そんなんじゃあうちの犬の朝飯分も稼げな・・なっ?体が・・」
「どうしたポール?」
「体が・・体が動かねえんだ!」
青ざめたポールの表情は下卑た笑みを浮かべていた先程のそれではない。
「交通誘導検定1級保持者の力をとくと味わえ!地獄まで誘導してやるよ!」
「オーライッ!オーライッ!オーライッ!オーライッ!All right! All right! 」
「ぐ・・があ・・体が勝手に車道の方へ・・。」
誘導棒を大きく振る。ポールは私の誘導のままに自己の意思とは無関係に車道へ向かう。
「ポール!何をふざけている!そっちは車道だぞ!」
「All right! All right! All right! 」
「あががが・・・ふざけてなんかいねえよう・・足が、足が勝手に動いちまうんだ!」
ハーメルンの笛吹きは約束を違えた村人たちを憎み、その報いとして何十人もの子どもを異世界へ誘導したとされている。憎悪の誘導。
「あがががが!」
「歩道へ戻るんだポール!11tダンプが接近しているぞ!」
「All right! All right !All right! All right! 」
私はハーメルンの笛吹だ。
恐怖に歪んだ二人の表情はおおよそこの国道36号には似つかわしくない。
「頼む!勘弁してくれ!俺達が悪かった・・このままじゃポールが11tダンプと接触しちまう!何とかしてくれ!」
「オーライッ!オーライッ!オーライッ!オーライッ!」
ガードマンは何も語らない。ガードマンは何も聞こえない。
「All right! All right! All right!」
「ポールゥゥゥ!」
誘導棒を振る。
「あががががががが!」
「ストッーーープッ!」
11tダンプがポールの目の前で停止する。
「はあ・・はあ・・はあ・・助かったのか・・」
「ポール!」
「これがプロのガードマンの力・・?」
悪夢から覚めたような安堵の表情。
「驚いたか?俺の一族は代々ガードマンの家系だ・・この程度の誘導が出来なければ俺の家系では一人前と認められなかった。」
交通誘導の訓練ばかりしていた幼少期を思い出す。
「ああ・・馬鹿にしてたすまなかったトム・・ガードマンの力・・この体で思い知ったよ・・」
もう、彼らの目には憎しみも憐れみもない。
「わかってくれればいいんだよ。そんなことよりお前らもガードマンに、交通誘導をやらないか?」
「い、いいのか?こんな俺達で?」
「ああ、大歓迎だ!現場で待ってるぞ!」
今日、私は二人の「心」を誘導した。
最後まで読んで下さった読者の方に深く感謝致します。