第12片『gluttonous』
石がない…琥珀色のカタクリのちりばめられた石が。
あれは、失ってはいけないのに。大切な宝物なのに…。あの人の大切な。
ミュラは動揺を隠すことなく、ずっとそわそわしていた。ついでにセシリアが見てるのもお構い無しにぶつぶつ言っていた。
「なくすなんてありえないわ、忘れてきたのよね。あの石はいつも持ち歩いていたからどこかに置くなんてことは……あ」
「ミュラ様何か思い出し」
「ああああああああ!?」
「何か思い出したのですか?」
「昨日の夜、ベッドの枕の下に隠したんだった」
思い出したミュラは項垂れたあと、すぐに立ち上がり、
「ちょっと探してくる!!」
というと、足早に部屋から出ていった。
「ちょっ、ミュラ様!?」
慌ててセシリアが後を追おうとしたが、部屋から出た瞬間もうミュラの姿は無かった。セシリアは軽くため息をつくと、静かに呟いた。
「ランツェ、ファン」
「「はっ」」
すると、どこから現れたのか黒ずくめの長身の男が2人セシリアの後ろに頭を垂れ立っていた。顔を上げた2人は、瓜二つの顔立ちで一目見ただけでは決して見分けがつかなかった。セシリアは眉間にシワを寄せながら、2人にだけ届くような声で言った。
「ミュラ様が石を探しに出ていってしまいました。しかも足早に」
「はあ、またですか」
「…ランツェ!!」
またかと呆れた顔をしたランツェをファンが、短く叱咤するとセシリアは、気にすることなく言葉を続けた。
「だから、バレないよう追って頂戴。何かあれば報告するように」
「「承知」」
短く返事をすると、2人はすぐ追うかのように見えたが1人だけ立ち止まり、セシリアの方を向いた。セシリアはというと目線だけを向け、何?と問いた。すると男は、軽く肩を竦め
「いや、そんなに眉間にシワを寄せてたら余計老け…」
最後まで言い切ることなく、男の言葉は止まった。理由は2つある。1つは今の言葉を聞いていたミュラを追いかけたはずの片割れの方が、短剣を男の首筋に突きつけているから。あと1つはセシリアが、いつの間に投げたのかナイフが男の後ろの壁に刺さっていて男の横髪が少し切れていて男がかわさなければ、頬にざっくりいってたからだ。
「ランツェ、いい加減にしろよ」
「あー、はいはい。2人とも目がマジだからやめてくれよ。冗談だってー、な?ファン」
「五月蝿い」
ランツェは飄々としながら、ファンに話しかける。実際冷や汗だらだらだったが。セシリアはというと、目だけで射殺せそうな雰囲気を放っていた。
「セシリア殿申し訳ありません。すぐにこの馬鹿を連れてミュラ様を追いかけます」
「そうして頂戴」
「ええー、なんだよファぐふっ」
ランツェはファンに襟首を捕まれながら、一瞬のうちに消えた。2人がミュラを追いかけたのを確認すると、セシリアはふっと息を吐いた。
「全くあの糞ガキ」
セシリアの口から出るはずもない言葉を漏らしながら。とりあえず、くそ…ランツェが言っていた事は記憶から消そう。ふとミュラが座っていた場所を見ると、慌てて出ていった筈なのにシフォンケーキと紅茶は綺麗にたいらげられていた。思わずセシリアは笑うと、手早く食器を片付けはじめた。
「ミュラ様らしい、食い意地がはっているというか何というか」