第一話 1
「はぁ……」
死神のアドレスをゲットしてから十三時間ほど経った今、俺は一人、制服に身を包んで地元の町を歩き回っていた。
「なーんでこんな事をしなくちゃいけないのか……」
歩きながら、出てくるのは溜め息と愚痴のみ。
それもそうだ。
今日は平日ながら、我が高校は新入生歓迎会がどうとかで、生徒会やらそれの実行委員なんか以外の二、三年生はみんな早引き。一般的に高校生の早引き=放課後どこかに遊びに行くの図式が成り立つはずだ。当然、俺らのクラスもその例に漏れる事はなく、いつも通りに適当な場所で昼飯を済まし、カラオケやらゲーセンやらではしゃぐ――予定だったのだ。
しかし、現実は無情というかなんというか、そもそも俺のアドレス帳に『死神』なんて名前が入ってる事を未だに現実として受け止めるのに抵抗があるんだけれど、とりあえずそれは棚上げしておくとして。
その件の『死神』さんから、今日の朝方にメールが届いてしまったのだ。
その内容は、こんな感じのものだった。
『どうも、おはようございます。死神ですよ。
最近は暖かくなってきて、もう桜の花びらも色づくころですね。
そうそう、桜と言えば、よく桜の花が赤いのは人の血を養分とするから、とかそんな俗説がありますよね。いや~、あれ、本当にそんな訳がないとか思いつつも、ついつい考えてしまいますよね。あの地面には死体が埋まっているのだろうか、なんて。そんな事を考えると、もう気楽にお花見もできなくなりますよね。この微妙な憤りは誰にぶつければいいんでしょうか?
ていうか、この死神はいきなりなんでこんな変なメール寄越してんだ? 友達いないのか? とか君が思うのも最もですが、大丈夫です。ちゃんと友達はいますよ。ただみんな忙しくて相手にしてくれないから、暇つぶしに仕方なくあんたメールを送ってるだけなんだからね! とこの前、幼馴染の悪魔っ娘に言われたんですが、ちっともトキメキませんでした。やっぱり、リアルな幼馴染は駄目ですね。
さてさて、そんな長い前置きを置いたところで、そろそろ本題です。
いや前置き長くね? というツッコミは最もだと思いますが、この前、悪友の妹がこんな事を言ってました。「無駄に思える事をつらつらと語る人は、きっと何かを伝えたくて、だけど正直に伝えるのは恥ずかしいからそういう事を語るんだと思う。でも、私があなたにこういう風に話をするのは別にそういう照れ隠しじゃなくて、ただ……その、あなたと話が……」と。つまりは、照れ隠しという名のコミュニケーションなのです。
それでは本題。
仕事を命じます。
今日、君の学校が早く終わる事はすでに調査済みですので、断ろうとしても無駄ですよ。君の行動はすべて筒抜けなのです。君、豚骨ラーメン好きだよね?
という訳で、学校から帰ってきてから、昨日の影の飼い主を探して下さい。
探すってどうやるんだよ、という風に思うのは最もですが、探し方はかなり簡単です。とりあえず、昨日の公園の近辺を歩き回って下さい。そして、昨日の影に似た雰囲気を感じ取ったら、その対象を監視して下さい。今日のところは、それだけでいいです。
それでは、死神からの連絡事項はこれでおしまいです。初仕事、頑張って下さいね』
……はたしてどこからツッコミを入れればいいのやら。個人的には悪友の妹のくだりの続きがすごく気になるんだけど……。
「いやまぁ、いいんだけどね……」
基本的にものすごく簡単かつ安全そうな仕事だし、それにこういう風な特異な出来事ってのはなんだかんだ言ってけっこう楽しいものだし。
「それでも、昨日みたいなとんでもバトルは嫌だけど……」
できれば異世界的な(死神からのメールではないが、悪魔とか天使とかそういう)美人のお姉さん方とウッフンイチャイチャな体験がしたい。いや、もちろん(それこそ死神からのメールではないが)年下だってイケる。二歳下くらいまでなら。
皇充八。意外と広守備範囲で彼女募集中。
「何考えてんだろうね、俺……」
妙に虚しくなった。
「ダメダメ、暗い気持ちはよくないって」
俺は出かかった溜め息を深呼吸に変えて気持ちを入れ替える。そう、とりあえず今は死神からの厄介事をさっさと片付けてしまおう。お腹減ったし。
そう思い直し、前を見据えると、対面から近くの中学校の制服に身を包んだ女の子が歩いてくるのが見えた。
(ああ、あの制服に劣情を抱いてた時もあったなぁ)
久しぶりに見た母校の制服にしみじみする。いやほら、言い訳するつもりじゃあないんですけど中学男子なんて脳内の7割くらいピンク色だし。
「え――」
なんて、そんなどうでもいい思考が、女の子とすれ違った瞬間に霧散した。同時に昨日のアレが――思い出したくもない事が、無理矢理、想い起こされる。
死神が言っていた、昨日の狼に似た雰囲気。それがすれ違った少女から微かに感じ取れたのだ。
俺は振り返り、少女を視界に捉える。彼女は、立ち止まった俺の事などに気付きもせず、少し俯いたまま歩を進めていた。向かう場所が決まっているのか、その足取りに迷いは感じ取れなかった。
(……あれ、追わないといけない……んですよね、やっぱり)
男子高校生が女子中学生を尾行する、という行動は、端から見れば職務質問からの署まで連行のコンボを紡ぎ出すに十分なものだし、何より昨日の今日で一度殺されたモノにまた関わらなければならない。それが俺に二の足を踏ませる。しかしここで彼女をそのまま見逃せば、今度は死神に何を言われたものか分かったもんじゃない。
「仕方ない、かぁ……」
やらずに後悔するよりもやって後悔する派な俺はそう呟いて少女の後を追うのでした、っと。