ちょっと長めのプロローグ2
気がつくと、俺はただっ広く白い空間を漂っていた。まるで浮いているような、沈んでいるような、そんな不思議な感覚が体中で感じられる。
(ここ、どこ?)
辺りを見回してみようと、首を動かそうとするが、動かない。仕方なしに、目だけで辺りの様子をうかがってみる。
(……何もないな)
見える範囲にはやはり白しか存在せず、それ以外のものは一切見えなかった。
『おーい』
そんな白の中、不意に誰かの声が聞こえた。
(あ? 誰だ……?)
『おーい』
その声は段々と近く、大きくなってきている気がする。
『ああ、いたいた。こんなところに倒れてたんですね』
やがて、俺のすぐ傍から声が聞こえるようになったが、その声の主の姿は見えない。ただ、一面の白の一部分だけが陽炎のように揺らめいていた。
(……誰スか、あなた?)
声に出そうとして、出ない事に気付いた。
『僕? 僕は……そうですね……暫定的に君を助けに来たもの、辺りが妥当かな』
それでも俺の言いたい事が伝わったのか、見えない誰かはそんな謎めいた言葉を返してくる。
(は?)
『あー、分からないかぁ。ていうか分かる訳ないですよねぇ、いきなりそんな事言われても』
当たり前でしょ。いきなり「暫定的に自分を助けるもの」なんて言われても、こっちはただの電波さんかと思うだけだ。
『えーと……。とりあえず、君、今の自分がどういう状況にあるか分かってますか?』
(俺の状況?)
『うん、君の状況』
(分かる訳ないっしょ。こんなヘンテコ空間にいきなり放り出されたと思ったら、今度は姿の見えない奴――しかも声的に男――から「君を助けにきた」的な事を言われたって。しかもここに飛ばされる前には変な影に喰い殺されるしさぁ……)
『うん、分かってるみたいですね、自分の状況』
(ああこれで合ってるんだ……。えーと、じゃあ何? 俺マジで死んじゃうの?)
『このままだと』
(んで、それを助けるためにあなたがここにいる?)
『その通り』
と、そこまでこの人(?)の話を聞いて、ピーンと一つ、嫌な事を閃いた。
(……ちょっと待って。このままこの流れで行くと、いきなり力を与えられて、俺なんか強くなって、そいでちょこっと命の危険がある出来事に巻き込まれて行って……みたいな王道パターンに入っちゃいそうなんですけど?)
『…………』
(なんでそこで黙るの!?)
『いやぁ、話が早い人で助かります』
(あってた!? そしてルート確定!?)
『頑張って下さいね!』
(い、嫌だ! 俺はラブコメとかギャグの主人公の悪友役とか主人公のクラスメートでセリフが「なぁ、あの子可愛くね?」しかない名無しキャラなら喜んで引き受けるけど、こういう冒険系の危ないのは「こんにちは。ここは○○村だよ」とかだけ言うキャラしかやりたくないんだ!!)
『いいじゃないですか、たまには脚光を浴びる人生というのも』
(ダメ絶対! だってほら、最初の方から見てみて! 俺のキャラって、明らかトラブルメーカーの悪友じゃない!? 主人公ってどっちかといえば日比谷君でしょ!?)
『激しく次元の違う主張をしているところ申し訳ないのですが……君は死にたいんですか?』
(生きていたいです! ごめんなさい調子乗りました!)
『よろしい。それでは、君に力を与えましょう』
見えない人はそう言うと、急に静かになった。揺らめく白を見ている限り、何かをしているようだが……
(あの、つかぬ事をお聞きしますが……)
『はい?』
(何をしておられるんですか?)
『ああ、君を助ける準備ですよ。君と合体して、僕の命を君の中に注ぐのです』
(……あなた、男ですよね?)
『ええ』
(準備って、何してんスか?)
『脱いでます』
へぇぇ~、脱ぐんだ~。最近の命のやり取りってなんか斬新だなぁ~……
(ってえええぇぇ!? ちょ、ちょっと待って!! この物語の方向性ってそうなの!? 王道のクセにそっちいっちゃうの!? ていうかどこで選択肢間違えたの俺!?)
『日比谷君をツンデレにした辺りからです』
(回想のクセにそんなフラグを持っていた!?)
『冗談ですよ』
(タチ悪すぎ!)
『最初にふざけ出したのは君からです。……さて、そろそろ真面目にいきますか』
(…………)
妙に腑に落ちないのはなんでだろ?
『では、今から僕がする質問に答えて下さい。深く考え込まないで、正直な答えを出して下さいね』
(心理テストかよ……。じゃあさっきの沈黙の間は何だったんだ?)
『あれは僕がこの場に一番ふさわしいギャグを考える時間&思いついてからそれを実行するにあたっての前フリです』
(あんたもふざけてんじゃねぇですか!!)
『はいはい、死にたくなければ大人しく話を聞きましょうね~』
(くっ……!)
なんだこの言いようもない屈辱は……!?
『では、まず一つ目の質問。生きたいですか?』
(はい? 生きたいに決まってるでしょう?)
『次、二つ目。君は、あの黒い影をどうしたいですか?』
(――……)
黒い影。多分、今も俺を貪ってる、得体の知れないモノ。ただの人間では一方的に喰い殺されてしまう。だから怖い。怖くて怖くて、たまらなく怖くてどうしようもなくムカついて……
(――一発くらいぶん殴りたい、かなぁ)
『では次。力が欲しいですか?』
力。それがどんなものかは分からない。分からないけれど、今も俺を喰ってるアレをぶん殴ってやれるのなら。一矢くらいは報いてやれるのなら。
(ああ、欲しいな)
『では君に『牙』を与えましょう』
見えない人の声は、淡々と脳に響いた。
(『牙』?)
『ええ。『牙』があれば、あの影と対等に渡り合う事も出来るでしょう?』
それは得体の知れないもの。どんなものかも分からない。もしかしたら、俺にとってはただ害にしかならないかもしれない。
それでも。
(なら――)
あのワンちゃんに一発かませるなら。
『ええ、渡しましょう』
一時の感情に身を任せてやる。