ちょっと長めのプロローグ1
昔々に書き出したモノがPCから発掘されたので、ちょこちょこ書き直して書き足してみたお話です。電車を待つ時間なんかのやるせない一時のお供にでもなれれば幸いです。
――空が、綺麗だと思った。
眼前に広がる黒の世界の中に、転々と輝く星々と上弦の月。雲もなく、まさに快晴と評したくなる夜空。開けたところにいるからか、その世界を遮るものはない。
だからだろうか。
こんなにも美しく素晴らしい星空を見ているからだろうか。
今、仰向けに倒れた俺の腹に喰らいついている黒い影も、明らかにおかしい方向に曲がってしまった腕も、付け根から先の感覚がない右足も、どろりとした液体の感触も、体のナカが暴かれているような感覚も――
全てが気にならないのは。
ああ、そういやなんで俺はこんな事になってんだっけ?
血が少なくなった頭で考えてみよう。なんで俺がこんな目に遭ってんのかを――……
「肝試しぃ~?」
「そう、肝試し」
明るい喧騒に包まれる、休み時間の教室。その中で、不意にそんな声が上がった。声の発信源はきっと、俺の一つ後ろ、さらに左に一つ折れた席だ。
そう見当をつけて、俺はその方向に振り返ってみる。
「なんで? なんでこんな時期に肝試し?」
「決まってるだろ、面白いからに」
その見当は外れず、それらの声は、俺の一つ後ろ、さらに左に一つ折れた席に座る室崎と、さらにその後ろの席に座る日比谷のものだった。
「いや……そういうのって夏にやるもんだろう? 今、四月の下旬だぞ?」と日比谷。
「だからこそやる。敢えてやる。それが大和魂だ」と室崎。
(……なんだか面白そうな事を話してるな~)
俺は今までなんとなくいじっていた携帯電話をしまい、席を立ってその二人に近づいて、明るく声をかける。
「よーぅ。なにか面白そうな事話してないか~い?」
「おお、皇。聞いてくれ、俺がせっかくこの立春に相応しい、素晴らしいとしか言いようのない企画を立てたのに日比谷が反対するんだ」
「へぇ、まぁ日比谷君は空気読めないからいいとして」
「ふざけんな。俺はまともに空気が読める人間だ」
「はいはい、そうですね~」ひとまず突っかかってきた日比谷は適当にあしらっておいて。「で、具体的にはどんな事やンの?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれた……。――そう、そもそも人は常時、何かに縛られた生活を送っていると言えよう。しかし、人間とは本来、自由であるべきもの。当然ながらその自由というのも、大きいところで法律、小さいところで校則といったルールの上で成り立つものであるが――」
室崎はその俺の言葉を聞くと、待ってましたと言わんばかりに、長い前振りを始める。なんだろう、どこぞのお偉いさんが言ってるような言葉なのに、喋り手が友人になるだけでこうも受け手側の印象が変わるのは?
「――で、我々はもうすぐ、いや、恐らくこの現時点で世の中で言う受験戦争に巻き込まれている訳だ。そんな縛られた日常から少しでも逸脱し、ほんの少しの解放感や非日常を味わうために、俺はここに肝試し大会を立案する」
そんな政治家ばりの長い前振りから導き出された、たった一行の結論に、俺は立ち上がって拍手をした(いや、もともと俺は立ってたけど)。
「なんと! 流石室崎! 高校三年生になって受験だ受験だ言われる季節に――いや、二年の時から既に言われてたけどそこは目をつぶるとして――そんな無謀でステキな野望をたてるなんて! そこに痺れる憧れるぅ~!!」
そしてとりあえずお約束のリアクションを。
「……今の時期で、そんな訳の分からないものに付き合おうってやつはいないと思うんだが」
そんな燃え尽きるほど鉄板なネタを使ってると、その鉄板の上に水を差してくる日比谷。
「あー、日比谷君は冷たいなぁ。つまり、俺たちなんかよりも受験の方が大事って事~?」
「ああなんて冷たいんだ日比谷は。部活内で女の子とちょっといい感じになったらもう俺たちは用済み、そして気にかけるのはその子との将来の事なのか……」
「ひ、ひどい!! 私たちの事は遊びだったのね!?」
日比谷はそんな俺と室崎の漫才に、見事なまでの溜め息を報酬としてプレゼントしてくれる。
「馬鹿なことやってんなよ。話を戻すぞ?」
「ああそうだね。なんだっけ、日比谷君といい感じな子純潔かどうかの話だっけ?」
「違ぇよ!! さっき言ってたろ!? 肝試しがどうとかって!!」
「つまり、その肝試しの暗闇に乗じてその純潔を散ら――」
「もうお前ら呼吸をするな!!」
「あっはっは~、冗談だって日比谷君」
「そうそう、実に愉快で軽快なジョークじゃないか」
「うるせぇどこが愉快なんだ!? 不愉快すぎるだろう!! あと皇、いつもながらお前に君付けで呼ばれるとすごく嫌な気分になるんだが!?」
「気にすんな。なんか、お前って日比谷『君』的なイメージがあるんだよね」
「つまり童貞の響き」
「お前らもういなくなれ!! この地球から消えてなくなれ!!」
「だから冗談だって」
俺と室崎に振り回されまくりな日比谷。ああ、なんていじりやすい人なんだろーか、この人は。
「さて、そろそろ聴衆も真面目な話を待ち望んでいる事だし、真面目に話すか」室崎はそう言って、一つ咳払いをする。「話というのは他でもない。さっきも言ったが、今度肝試しをやろう」
「……だから、なんで今の時期に肝試しなんだよ?」
まださっきのいじり倒された事を気にしてるのか、憮然とした態度を取りつつもしっかりと話に加わってくる日比谷。
「それもさっき言っただろう。こんな時期だからこそやる」
「いや、まぁそれはいいとして……来るやつ、いるか?」
日比谷はそう言ってクラス内を見回す。その視線の先には、机にかじりついたり、何人かで参考書を広げていたり、俺達のように雑談に勤しむクラスメイト達の姿。対比すると、四:三:三といったところ。
「まぁ確かにこの時期から頑張る奴もけっこういるだろうな。流石は進学校、といったところか」
「そういうお前もその進学校の受験生なんだが、室崎」
「ふん、それがどうした。俺は勉強の為に勉強をするのでもなく、学校の評判の為に勉強をする訳でもない。俺は、人生を楽しむ為に勉強をしているんだ」
「おお、流石室崎、いいこと言うねぇ!」
「……お前が言うと、含蓄があるんだかないんだか全然判断がつかないところが恐ろしい……」
もう一度溜め息を吐く日比谷。溜め息の回数が常人の三~四倍くらい多いような気がする。
「人ならきっと集まるでしょう。ほら、去年とクラスの面子も変わってないし、文化祭の時のテンションでいけば」
俺はそう言って、もう一度クラス内を見回す。
「……まぁ、認めたくないけど……確かに」
「ふふふ、文化祭か……懐かしい記憶だ」
――去年の文化祭。うちの学校は、クラス替えが二年の時にしかない。という訳で、今のこのクラスの面子で文化祭に参加したのだ。ちなみに出し物は『校内サバイバルゲーム』というもので、内容はそのまんま。二日ある文化祭で、一日目に団体登録(人数制限20人、参加費一団体に付き3500円)をうちのクラスで受け付け、二日目に登録した団体に専用のサバイバル装備を貸与(各団体で武器の持ち込みは可能だが、それにはうちのクラスの審査を通らなければ不可)、そして登録した団体と我らのクラスの精鋭部隊で自分以外はすべて敵のバトルロワイヤルを開催したのだ。それも真昼間の校舎で。危ないだろうが、そこはしっかりルールが定められていて、サバイバル参加者にはそれが分かるように番号の振られた目印の装着が義務付けられていた。そしてサバイバル参加者が他のクラスや一般人に迷惑をかけた場合、それは各地にいる我がクラスの非戦闘部隊に報告され、被害を実際に見てとり、アウトと判断されたらその番号の人は失格となり、それは校内放送で流される。ちなみにライフは、目印にもなっているヘルメットの上につけられた某十円で美味しい気持ちになれるスナック棒明太子味二本。それが二本とも折られた時点でその人は失格となる。そうして最後まで生存者がいたチームが優勝となり、賞品の『日本において様々な物や娯楽と交換ができる券』、日本円にして五万円相当のものが贈呈される。
このサバイバルゲームに参加した団体は、十三団体。その十三と俺らのクラスは死闘を繰り広げたのだった。
俺らのクラスは必死で戦った。何故なら、勝てば四万円相当が手に入るが、負けた場合、うちのクラスは『日本において様々な物や娯楽と交換ができる券』五万円相当を負担しなければならないからだ。
その時のテンションは、なんというか、戦争映画みたいな感じだったのだ。
「大丈夫だ。あの時の熱さをみんなが思い出せば、人は自然と集まる」
俺と室崎はお互いにウンウンと頷きあう。
「はぁ……」
対照的に日比谷は溜め息をついて、俯いてしまう。まぁあの時の日比谷、超ノリノリだったもんな。もしかしたら「俺一人の命で、みんなが助かるんだ。……こんな素晴らしい死に場所は、他にないだろう?」なんて不敵に笑いながら敵陣に突っ込んでいった時でも思い出しているんだろうか。
「集まるのはいいとして……どこでやるんだよ?」
その日比谷の言葉に、室崎は胸を張って答える。
「決めてない」
「決めてないって、室崎……どうすんだよ?」
そんな過去を振り切ったのか、日比谷は室崎に対して口をとがらす。
「おや、日比谷君、否定的だった割にはずいぶんと考えてくれるんですねぇ?」
「う、うるさいな、気にするなよそんな小さな事は」
そんな俺のツッコミに、そう返してそっぽを向く日比谷。
「まぁそんなにツンツンしなさんな。大丈夫、場所なら俺の地元にピッタリの場所があるから!」
とりあえず日比谷の肩をバシバシと叩いておく。特に意味はないけど。
「ほぉ、どんな場所だ?」
「うんとねぇ、とりあえず山。山ん中にある国立の自然公園の周辺がすごくいい感じ」
「公園の近く? そんなんじゃあんまり怖くないんじゃないか?」
「おやおや、やっぱり実はノリノリですか、日比谷君は?」
そんな合いの手を入れてきた日比谷をからかっておく。これにも特に意味はない。
「うるさいな、別にいいだろう」
そしてまたそっぽを向く日比谷。なんてツンデレ。
「まぁいいとして」日比谷君マジツンデレとか言うとまた話がこじれにこじれるから言わないとして。「大丈夫、公園ってもほとんど山道獣道だから」
その言葉を聞いた室崎は、何やら思案顔で呟く。
「ふむ……それはそれで危ない面もあるな……」
「何が?」
「あまりに山道獣道過ぎると、本当に危険なケースも出てくるだろう」
「あー確かに」
その周辺には街灯なんて気の利いたものは少なく、しっかりと舗装された道以外はかなり暗い。確かに、そんな状態の場所を通ると色々と危険な事が起こりかねない。
「その周辺には民家なんかも無いんだろう?」
「うん、ないね」
「だとしたらケモノの類なんかも出てくる可能性もあるな……」
「それは大丈夫。出てきたとしても人を襲うのは日比谷君ぐらいだから」
「……おい」
「いや、確かに俺ら男は安全かも知れんが……女性が非常に危ないだろう、それでは」
「……お前らを襲うぞこんちくしょうめが」
「え!? なに、日比谷君てそっちの人だったの!?」
「ちげぇよ!!」
「だとしたら男女問わずに危ないな……」
「だから違うって言ってんだろう!?」
「んー、でもあそこはかなりいい肝試しスポットだと思うんだよねぇ。良すぎて日比谷君がケダモノになるけど」
「人の話を聞けぇ!!」
「よし、なら今度俺がそこを下見してくる事にしよう。そして危なそうな場所には『日比谷ゾーン』っていう立て札を作っとけば無問題だ!」
「ナイス名案だ、皇。しかしそれを頼んでもいいのか?」
「問題はない! 私、皇 充八と書いてスメラギミチヤ! 楽しむ為の労力は惜しみません!!」
空いていた椅子に右足を乗っけて天井の隅を指す、俺。
「流石、皇よ……奴が敵でなくて本当に良かった……」
そんな俺に驚嘆と敬意のこもった、輝かしい武勲を立てた戦友を見るような瞳で見つめる室崎。
「…………」
日比谷は何やら不貞腐れてしまっているご様子。いじられた上で放置プレイされてますもんね、彼。
「ついでに私には霊感機能が搭載されております故、マジでヤバげポインツはピックアップして避けておきます!!」
「なんというハイスペック! これぞ一クラスに一台必需の雰囲気調節器!!」
「今なら良心価格、百兆円からのご奉仕!!」
「……国家予算でも買えねぇよ……」
「大丈夫、既にお買い上げ済みです! 私の体はアナタ達の血税で出来ております!」
「押し売りも甚だしいな、おい……」
「そんな訳だから皇一等兵、貴殿に任務を与える!」
「ハッ」
「貴殿にはかの戦場の偵察をお願いしたい。危険性は限りなく少ない任務だ。死ぬ事は許さん!」
「ハッ! 皇一等兵、任務了解しました!!」
「……なんなんだこのノリは……」
こうして俺は、今度の休日にその下見に行く事になって――
――下見に向かった公園の、その近くにある寂びれた展望台の、麓。
山道獣道なんかで見かけたほのかに明かりを放つ人型や、その辺の木々に燃え移らないかすごい心配になる火の玉なんか目じゃないほど、質量を持った影。
暗く黒く濃い霧をブチマケタかのような存在。
――もしかしたら、霊感なんかなくったって、見えてしまうんじゃないかと疑う存在。
(ああ、そうだ。そいつに出会って、出会っちゃって、俺は――)
お腹の辺りを咀嚼されてるんだった。
(ははは、ざまぁないなぁ……)
天性の巻き込まれ型、むしろ自分から巻き込まれ型。高校の友達に、そんな風に言われた事を思い出した。
思い出している間にも、黒い影は俺の臓腑を味わっている。
ぞりぞり。
ごりごり。
しゃりしゃり。
体の中で奏でられる、そんなシンフォニア。あの世に旅立つ前に感じられる、最後の感覚。痛みなんてとうに感じないけど、ものすごく不快。
(なんつー嫌な感覚だよ)
貪りつく影を見ていて、堪らなくなった俺は、また空を見る。
眼前に広がる黒の世界の中に、転々と輝く星々。雲もなく、大きな白い太陽も燦々と輝いている。まさに快晴と評したくなる夜空。拓けたところにいるからか、その世界を遮るものはない。
――ああ、やっぱり綺麗な夜ぞ――
(……太陽?)
おかしい。明らかに、こんな綺麗な夜空にはそぐわないモノが浮かんでる。
目をこす――ろうとして、こする腕がない事に気付いた。当り前だ。さっき、この影に折られたばっかなんだから。
(……あれか、死ぬ前に変な幻でも見てんのかな、俺は?)
その白い太陽を、じっと眺めてみる。
黒い夜空に、ぽっかりと穴が空いたような太陽。直視しているのに眩しくない太陽。輝いてるくせに、光を降らさない太陽。
(……なんか、でっかくなってってない……?)
俺は自分の目を疑った。いや、今さら疑うなよっていうツッコミはもっともだと思うけど、アレはマジで、ゆるゆると、輪の直径が広がっ――
そこで、世界は白に覆い尽くされた。