倫理観
1月20日
起きた。気持ちのいい朝だ。本当に?本当に気持ちのいい朝なのか。
今日もウィンナーエッグを作る。昨日は5分でうまくいかなかったから、7分してみる。
その間に支度を整え、ウィンナーエッグに視点を落とす。
成功していた。珍しい。昨日から不思議なことが起こるもんだなと思い、素直には喜べなかった。
そんな束の間時間は迫っていたt。早く学校に行かねば。
今日はしょっぱなから保体だった。体育はあまり面白くない。運動部に所属しtおいていうのもなんだが。
だがきょうは保険。保険も体育ほどではないが、好きではない。
そんなことを考えているうちに1時間目は終わった。
そうこうしていると、昼休みになった。昼休みは黄昏たかった。理由は不可解なことが連日続いて起こっているからだ。自分はあまり、わからないことを放置しておくのが性に合わないらしく、考えた。
・・・駄目だ。どうせ無駄だ。こんなことは無意味だ。自分の中で全てを吸い込む勢いで胸やけがしていた。難しい。なぜこんなことが起きるのかが起こった時に分からない。それは分からないからだ。つまり、いつ考えても、分からないものは分からない自分は考えるのを続けながら、授業を受け続けた。
6時間目は学年集会だった。隊形についてやるそうだ。先生が前に立った。
「名札を付けていない人は立ってください」
自分は勿論付けて。が自分のクラスからは五人程立っていた。
先生が続ける。「立つのに会話が必要なんですか。あなた達はもう3年生になるんですよ。」
確かにそうだ。会話をしてしまうのは100対0でこちら側が悪い。自分はとても締め付けられた。
「もう一度言います。名札が付いていない人は立ってください。」
今度はみんな何もしゃべらずに立った。そりゃそうだ。恐喝されたら、黙って従うほかあるまい。
最もこれは自分の落ち度だ。自分はすべて悪い。すべての責任がある。
さらに名札を付けていない人は学年の二分の一にまで登った。多すぎる。その一言で全てが片付きそうな有様だった。自分は表面上は関係ないと思っていても、心に来るものがあった。
放課後になった。
今日は雨が降っていたので、当然中かと思っていた。だが、部活の愉快な仲間たちときたら、外で楽しくやっている。
しばらくすると、全員が櫃内に入り始めた。やっと理解したのか。自分はもう持たない心を持たせる方法は見下すしかない。
人間は生まれながらにしてヒエラルキーの中にいる。人間は自分の中の個性よりも、外部的環境要因できまると言われている。多くの家庭が勉強しなさいと言われ、そのヒエラルキーのより上へと目指したはずだ。それを自覚させる気がない。ようなこともある。例えば小学校では、みんなは平等という考えがある。その人道的で非倫理的な考えで何ができるのだろうか。否、その考えでは、社会に出た時、上手くはいかないだろう。人間は意識しないかもしれないが他人を見下しあって、見返そうと日々の生活をしている。
それことが人間の本望だと思うのだ。違うか。
家の帰ってきた。
もう太陽は拝めなかった。綺麗なグラデーションもなかった。
謎の達成感が自分の脳に眠気を発生させ、疲労感よりも眠気が買っていた。
今日はもう寝よう。そう思った。
素早く風呂と夜ご飯を終わらせると、布団の中に入った。
自分は社会を作れない。




