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輪廻トラベル  作者: 庵途
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後編

 彼女は見知った道を走っているように迷わずに曲がりくねった道を進んでいく。学校と塾と自宅までの道しか知らない僕にとって、彼女が通る場所は未知数で緊張と好奇心で心臓が跳ねるような感触が体に伝わってくる。

 しかし、今まで感じたことがなかった熱に支配された僕の体は急速に冷えることになる。

「あの……ここって……」

「ん? どうかした?」

 彼女に手を引かれていく内にいつの間にか繁華街に入っていた僕は自分の立場を思い出して急に人目を気にしてしまう。

 繁華街は様々な人が歩いていた昼間とは打って変わって、会社終わりのサラリーマンしかいなかった。彼らは酒に酔っていたり、今にも死にそうなほどくたびれていたりしていた。

 僕は彼らからの視線から逃れるように、彼女の背中に隠れようとする。

「……胸張って」

 僕の様子に気が付いた彼女は、小さな声でアドバイスする。

「みんな案外他人に興味ないからさ。自然体だったらバレないよ」

「わ、わかりました」

 彼女に言われた通り僕は胸を張って、自然体を意識して歩き始める。

 最初の方はいつバレてしまうのではないかと不安で仕方なかったが、少し歩けば道行くサラリーマンは周りを気にする暇はないようで、僕に向けられる視線は一切なかった。

「……すごい……」

「言ったでしょ? みんな君が思っているよりも君に興味なんてないって」

 あまりにもひどい言い方をする彼女の言葉は、なぜか僕の胸に染みわたる。

 そして、年もあまり変わらないのに僕と正反対の位置にいるような彼女に興味がわいてくる。

「今さらなんですけど、何をやっている人なんですか?」

「確かに今さらだね」

 ふと気になった僕は、彼女に向けて疑問を投げかける。その質問に対して、彼女は少し考えるように左手を顎に当てる。

「ん~。強いて言うなら旅人……かな」

「旅人?」

 歯切れの悪い彼女の答えを僕はオウム返しする。

「そうそう。色々な国に行っているんだ。この前はシンガポールで、その前は韓国、さらに前はクロアチアだったかな」

「色々なところに行っているんですね」

「まぁ、人生一度きりだからね。全力で楽しまないと!」

 どこかで聞いたことがあるありきたりなその言葉は、それでも彼女の本心であることが伝わってきた。

 そんな彼女はとても眩しくて、同時にあの子と重なるから忘れたはずの痛みが僕の心で叫び出す。その痛みを耐えきることができず、僕はパタリッと足を止めて彼女を見つめる。

「どうかした?」

 大人びた優しい声色で立ち止まった僕を見る彼女に、僕は躊躇してしまう。しかし、彼女になら自分の全てを話してもいい。いや、彼女なら自分の全てを分かってくれるという安心感があった僕は、ポツリポツリと言葉を漏らしていく。

「……その……生きている意味ってなんだと思いますか?」

 他の人が聞いたら笑っていたであろう僕の思春期真っただ中な痛々しい質問に対し、彼女は真摯に考え出す。

「君には生きている意味がないのかい?」

「……そうですね……、死ぬべき理由はいくつも浮かぶのに、生きていい理由が見出せないんです」

「何があったのか、私に話してくれないかな」

 僕のことをすべて知っているような瞳で、彼女は僕の言葉を待つ。

 僕は自分の心の内に隠して、今まで1人だけで抱えていくつもりだったものを彼女に対して無責任に吐き出していく。

「……僕には双子の妹がいたんです。あの子は本当になんでもできて、幼いながらにああ言うのを天才っていうんだなって思ったのを覚えています……。

優秀な子供が欲しかった母は妹を愛して、仕事以外の時間を彼女の教育につぎ込みました。今思えばあれは教育虐待だったのに……僕と兄はそれを天才だからしょうがないことと片づけてしまったんです。

だけど、妹は飲酒運転のトラックに轢かれかけた僕を庇って……」

あの日のことを思い出し、僕は胃に入っている物を戻してしまいそうになり、口を押える。

今でも覚えている。僕がトラックに轢かれると思った時にはもう遅くって、死を覚悟した。しかし、後ろから走ってきた妹が僕を突き飛ばし、僕の代わりにトラックに轢かれてしまった。

「い、妹は即死で、病院に運ばれた時には息を引き取っていたそうです……。妹に心酔していた母は壊れてしまい、妹の代用品として僕を見るようになりました……」

 嗚咽に耐えながら僕は自分のすべてを吐き出していく。彼女はそれを黙って聞いて、唇を噛みしめていた。

「もし、もしも僕が殺してしまった妹の代わりになれるのなら。そう思って、僕は今まで頑張ってきたんです……。でも、でも!」

 辛かった。

 吐いたことも倒れたことも、決して珍しくない状況だった。しかし、僕が殺してしまった妹に償いたい。その一心で僕は頑張り続けてきた。だけど、とっくの昔に僕は限界を迎えていた。

「僕が死ねば……妹は今も生きて……ちゃんとみんなを幸せにできたのにって……思っちゃうんです……」

 もしも、僕があの時トラックに轢かれて死んでいたら、きっと妹は代用品の僕よりも上手くやっていただろう。母の期待に応え、兄に頼りっきりではなかった。

 そして、僕もこんなに苦しまずに済んだのに。

「……だから……だから……」

 誰にも言う事のできなかった僕の過去を彼女は黙って聞いてくれた。僕はそんな彼女に泣き顔を見られたくないと、両手で自分の眼を覆った。

「そうかもしれない。もしも君が死ねば、きっと物事は上手く進んだのかもしれない」

 泣きじゃくる僕の手を優しく握りしめ、彼女は強い瞳で僕の弱音を肯定する。

「でも、それはきっと1人の私が望んだことじゃないからさ」

「……え」

「確かに私は天才だったかもしれないけど、私は君に生きて欲しかった」

 そう言う彼女はどこか悲し気で、だからこそ彼女の顔を見て僕は一つの疑念が確信に変わっていく。

「君はいつも頑張り屋さんで、みんなから無理だって笑われても頑張って、頑張って、そして最後にやり遂げて見せたじゃないか

 だから、きっともう1人の私は君に生きて欲しかったんだよ。人生をつまらないと感じていた私なんかよりも、人生を謳歌していた君に生きて欲しかったんだよ」

 気が付くと僕たちは涙を流していた。

「だから、私の想いを君が否定しないで」

「……君は……」

 僕は彼女の名前を呼ぼうとする。しかし、ビルの合間を抜ける強い風が途端に吹いて、僕は思わず目を瞑ってしまう。

 そして、ゆっくり目を開くとそこに彼女の姿はなかった。

「……じゃあね。お兄ちゃん」

 そんな言葉がどこからか聞こえてきたような気がした。




 あれから5年の月日が経った。時の流れは無慈悲に過ぎていき、高校生だった僕も社会人になっていた。

 彼女が僕の目の前に消えた日。僕は警察に補導された。そして、母の教育虐待が明らかになり、母は精神科に通うようになった。それから母はようやく妹の死を受け入れて僕たち兄弟に向き合ってくれるようになった。元々育児に感心がなかった父も、今回の件から反省して、最近は仕事を減らして家にいる時間を増やした。兄は大学を卒業後、医者になった。覚えることが多く、医者になってからも忙しい毎日のようだが、満足していると語っていた。また、医者になったことで本当に1万円がはした金になった兄は、事あるごとに僕にお金を渡そうとしてくるが、丁重にお断りしている。

 そして、高校を卒業した僕は偏差値が低めの大学に進学して、旅を始めた。とはいっても最初は県内程度の日帰り旅行だったが、大学3年生にもなれば旅の楽しさの真髄に気が付くことができ、一人で色々な国を巡った。

 それは社会人になった今でも変わらず、この前はシンガポール、その前は韓国、さらに前はクロアチアに行った。

 そして、シンガポールから帰ったばかりの僕は久しぶりの地元に戻っていた。

 現在の時刻は11時辺り。街の姿は5年前から時計の針が止まったように変わっておらず、懐かしさすらも覚えてしまう。

「ここで僕は……」

 そんな街を歩いていると、僕は弱弱しい月明かりに照らされている自動販売機を見つける。

 5年前のあの日に再会した彼女を思い出しながら、僕は自販機で何を買おうかと眺める。

 あの後、二度と彼女は僕の前に現れなかった。

 僕は手に100円を2枚握りしめ、何を飲もうかと考え始める。あの日からまた飲むようになったミルクティーにしようか、それとも彼女が好きだったコーラにしようか。

 そんなことを考えていると、僕は自分の遥か後ろから一人の少女が歩いているのに気が付いた。

 少女は僕が通っていた高校の制服を着ていた。彼女はひどく疲れ切ったような顔をして、大事そうに右手でくしゃくしゃになった1万円札を握りしめていた。

 そして、その少女を見た時、僕は動揺して手に持っていた硬貨を落としてしまう。1枚は側溝へと綺麗に落下していき、もう一枚は何回か地面を跳ね回り、自販機の下に滑り込んでいった。

「あれ? どこ行った~」

 僕は慌てて屈んで自販機の下に手を突っ込む。100円玉はかなり奥へと行ってしまったようで、中々取り出すことができない。

「あの……何かありましたか?」

 その声を聞いた時、僕は理解した。後ろを振り返ると、そこには僕とあの日の彼女に似た少女の姿があった。


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