表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第三章 『竜と奴隷の建国記』
67/68

第65話 『えにし』

 それから僕は、リュミナに今までのことを話して聞かせた。

 僕たちの仲間のこと、そして奴隷小屋を追放されてから、王都に連行され、その後リブラリアでどんな出来事があったかを――。

 

「……えっと、その時ダンが――」


 語りながら横を見ると、リュミナは小さな寝息を立てていた。

 まつ毛を震わせ、穏やかな寝顔を月明かりにさらしている。


 ――あ、寝ちゃったんだ。


 僕もいつの間にかまぶたが重くなってきて、どこまで話したのか覚えていない。



 

 そのまま意識は闇に沈んでいった。



 


 ……そして、目を覚ましたとき。

 そこはもう、馬車の中ではなかった。


 果てしなく積み上がる本棚が、どこまでも空へとのびている。天井は見えず、けれど不思議と光は満ちていて、影ひとつ落ちていない。

 古びた紙の匂いが風に乗って流れ、無限に続く書架の間をやわらかな光粒が漂っていた。


 気づけば僕は、その中心にぽつんと立っていた。


 ――ここに来るのは、ずいぶん久しぶりな気がする。


 初めて来たときほどの驚きはない。むしろ、胸の奥にじんわりと広がるのは懐かしさだった。


《……ここでお会いするのは、久しぶりですね》


 脳裏に、澄んだ声が直接響いてくる。


「……そうだね」


 言葉が途切れ、しばしの沈黙が落ちる。

  

「僕はこの世界のことを、まだ全然知らない。小さい頃の記憶はないし、奴隷から解放されても……外の常識だってまともにわかってない」


《――私は、あなたにすべての知識を与えることができます》


 アカシックレコードの声は、淡々と続く。


《ですが――与えられた知識は、同時に未来を奪う可能性があります。知りすぎるということは、あなたが選ぶ前に結果を悟り、あらゆる選択の意味を失わせるということです》


《過去に存在した世界では、知識を全て受け取った者たちが、己の人生の全てを正解として知ってしまい……選ぶことも、悩むことも、希望を抱くことも出来なくなり、ただの人形のように生き続けた例があります》


《未来を知るということは、失敗も、後悔も、挑戦も、すべて起こる前に終わってしまうということ。その結果――心は摩耗し、廃人のように感情を失うかもしれません。未知に立ち向かう勇気も、あなた自身が掴む未来も、すべて知識の外へ消えてしまうのです》


 ――いや、そういう大それたことをじゃなくて……現実の世界の、その……常識とか、礼儀とか、そういうことを知りたかったんだよね。けどまあ、いいか。それくらいなら、ダンとイザナとリュミナと……みんなで一緒に覚えていけばいいや。

 

 僕の心のつぶやきを聞いていたかのように、頭の奥に静かな声が響いた。


《――リュミナ=ドラゴニア。彼女は、あなたにとって必要な縁です。その縁は、これから先の道を共に歩むうえで、大きな力となるでしょう》


「リュミナがすごいのは知ってるよ。既存スキルも多かったしね」


《それは、正しく導かれれば――の話です。ですが今現在、竜族の彼女に魔法や竜化を詳しく教えることができる者は存在しません》


「……じゃあ、才能を腐らせることになるじゃん! それなら、この書庫の中に……なにか、なにかないの!」

 

 僕は近くの書棚に駆け寄り、手を伸ばして背表紙を撫でた。

 冷たい革の感触と、古びた紙の匂い。無数の本がぎっしりと並び、僕を嘲るかのように沈黙している。


《――検索開始。対象の潜在能力を最大限に引き出すための書物(スキルブック)


《――参照範囲:過去・未来・並行世界すべての記録》


 アカシックレコードの声が淡々と響く。

 無限に積み上がる書架が、かすかに振動したような気がした。

 光粒が渦を巻くように本棚を駆け抜け、ざわざわと紙の音が風のように広がっていく。


 ……数分の沈黙。永遠にも感じられる時間のあと、再び声が降りてきた。


《――アーカイブ照合完了》


《候補一:不滅火の書(イモータル・フレイム)――開けば、炎は決して絶えず、持つ者の命すら燃やし尽くして力へ変えるとされる、竜界最古の禁書。肉体を焼き、新たな血肉を芽吹かせる、再生の火を扱う理論》


《候補二:紅蓮秘典(グレン・グリモワール)――炎を操る魔導の理を体系的にまとめた正統の魔導書。攻防一体の魔法から生活魔術まで網羅する、実用と学術の結晶》


《候補三:竜種特異書(ドラゴニック・コード)――竜族固有スキルに関する秘匿文書。竜化・竜ノ威圧・竜眼など……その発動原理、進化段階、真価に至るための条件が詳細に記されている》


 声と同時に――。


 遥か天井の見えないほど高く積み上がった書棚の三か所が、同時に赤い光を放った。

 深紅の輝きは、静かな書庫の空気を震わせ、まるで生き物の鼓動のように脈打っていた。


「……あはは、あんな天井の見えないところにあったら、取れるわけないよ」

 

 その瞬間――。

 赤い光がひときわ強く瞬き、書棚の高みから炎の光を纏いながら、まるで羽根が舞い降りるようにゆっくりと宙を滑ってくる。

 やがて僕の眼前に辿り着き、静かに宙へと並んだ。


 僕は両手を伸ばし、三冊の本を抱きとめる。


 一冊は、革の表紙すら崩れ落ちそうなほど古びており、煤けた痕や焦げ跡が無数に残っていた。

 もう一冊は、真新しい革表紙に紅蓮の紋様が刻まれ、書架から抜き取られたばかりのように鮮やかだった。

 そして最後の一冊――それは本というより、クリスタルのような竜の鱗を幾重にも重ね合わせたような装丁でできていて、その鱗は角度によって青や紫、銀の光を反射していた。


《――これは必然であり、すべては縁に導かれ、リュミナ=ドラゴニアへ捧げられるべき書です》


 アカシックレコードの声が、静かに書庫全体へと響いた。


《不滅火の書は、焼かれてなお燃え続ける生命の火》

《紅蓮秘典は、魔導を体系化した正統の理》

《竜種特異書は、血に眠る真性を呼び覚ます鍵》


《――あなたを媒介として、彼女に渡されます》


 次の瞬間――。

 三冊の本から溢れ出した光と熱が、一気に渦を巻いて僕を包み込んだ。

 燃え盛る炎が竜巻のようにうねり、身体ごと呑み込まれて宙へと舞い上がる。


 ――急に炎に飲まれ、驚きで息が詰まった。

 だが、不思議と熱くない。むしろ胸の奥をやわらかく抱くような、安心する炎だった。

 気づけば僕は、その炎に身を委ねていた。


 視界は赤と白にかき消され、炎の渦が僕を飲み込んでいく。

 耳鳴りのように古代語が頭の奥でうねり、幾千年もの時を越えた知識が滝のように僕の内に流れ込んでいく。


 ――その記憶の先に浮かんだのは、焼けただれた戦場を駆けるひとりの竜族の少女だった。

 燃え尽き、崩れ落ちた身体が、炎の中で再び立ち上がる。

 赤く輝く爪が敵を薙ぎ払い、折れた鱗の隙間から炎が溢れ、焼ける痛みの奥で新しい皮膚と血肉が再生していく。

 血流そのものが火焔となり、竜の心臓が脈動するたびに、全身へ血と共に再生の炎を送り込む。

 

 同時に、紅蓮秘典の理が奔流のように叩き込まれた。

 少女の両手に紡がれる炎の魔法――。

 炎を一点に収束させ、轟音と共に火球を撃ち出す。

 次の瞬間には刃へと練り込み、灼熱の剣として振り抜き、敵を斬り裂く。

 空中には炎槍が並び立ち、矢雨のごとく降り注ぎ、大地を赤く染めていった。

 

 竜種特異書の奥底からもまた、鮮烈な光が溢れた。

 竜化の進化段階、竜眼が見抜く魔力の奔流、竜ノ威圧で屈服する敵影、そして竜ノ鱗の硬質な輝き。

 全ての原理と、真価に至る条件が記録の断片として焼き付けられていく。


 胸の奥が灼けるように熱く、骨が軋むほど痛い。

 目の奥で光がはじけ、意識が焼き切れそうになる。

 それでも知識は止まらず、再生・魔法・竜の記憶が、ひとつの大河となって僕を貫いた。


《――対象がこれらの理を習得すれば、あなたも対象を媒介にすることで、その力の一端を行使できるようになります》


《――スキル名:縁結び。あなたが結んだ縁を媒介に、相手の力の一端を共有し合うことができます》


《――強固な縁であるほど、より深く、より安定して力が流れ込むでしょう》


 ……あぁ、そうか。

 だからこの炎は、僕の身体に馴染むんだ。

 ただ熱いだけじゃない。柔らかくて、どこか懐かしいような、安心できる温もり――。

 それはきっと、リュミナとの縁が僕を包んでいるから。


 納得した瞬間、意識はふっと途切れ、炎の温もりに抱かれるようにして闇へと沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ