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【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第三章 『竜と奴隷の建国記』
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第64話 『リュミナに捧ぐ冒険譚』

 その後、解放した子どもたちを三台の馬車に乗せた。

 最初は怯えて声も出せなかった子も、揺れる座席に腰を下ろすうちに、少しずつ表情を緩めていった。窓の外を眺める瞳に、ほんのわずかでも自由という言葉が映っている気がした。


 最初に向かったのは薬屋のおばあさんの家だった。

 奴隷を解放してきたことを伝えると、涙ぐみながらも深く頭を下げられた。けれど「今日からすぐに出発はできない」とも告げられた。

 常連のお客さんのことや、薬や道具の片づけ……いろいろ考えると、やはり引っ越しには一週間ほどかかるらしい。


 それでも、おばあさんが受け入れる気持ちを見せてくれただけで、少し気持ちが楽になった。


 それから、僕とイザナとレイヴェルは路地裏へ足を運んだ。

 薄暗い通りには、あのときと同じように、痩せ細った子どもたちが寄り添って座り込んでいた。ぼろ布をまとった姿、空腹で震える瞳――奴隷小屋から逃げてきた子どもたちなのは一目で分かった。


 僕たちは持ってきた食べ物を差し出し、新しい国のことを話した。

 最初は疑いと恐怖で固まっていた子どもたちも、少しずつ手を伸ばし、パンをかじりながら耳を傾けてくれる。やがて、一人、また一人と馬車に乗り込んでいった。


 そうして、夕暮れまでに、全員を迎え入れることができた。

 走り出す馬車の中で、子どもたちはまだ不安げに身を寄せ合っていたけれど……それでも確かに、希望の灯りが胸に宿り始めているように見えた。


 その後、夜も更け、レイヴェルは公務の都合で転移魔法で王都へ戻ってしまい、今この先頭を走る馬車にいるのは僕とイザナとリュミナの三人だけ。


 イザナはというと、端の方で新聞紙を顔にかぶせ、丸めた毛布を枕にしてすでに寝息を立てている。

 

 僕は小さくため息をついて視線を横にやる。

 そこではリュミナが、黒くて硬い保存用のパンを両手で持ち、にこにこと頬張っていた。


「……そんなに美味しい?」

 思わず問いかけると、リュミナはぱちりと瞬きして、口の端に少しパン屑をつけたままこちらを見た。


「はいっ。……硬いですけど、噛めば噛むほど甘くなって……美味しいです」

 にこにこと笑うその横顔は、昨日まで奴隷小屋にいたとは思えないくらい明るくて、僕の胸の奥を少しくすぐった。


「じゃあ、僕の分もあげるよ」

 皮袋の中をごそごそ探り、パンの包みと一緒に、小さな陶器を取り出す。

「いちごジャムもあるからさ。パンにつければ食べやすいよ」


「……えっ……ジャム……っ、甘いもの……!」

 リュミナの赤と銀の瞳が、ぱぁっと輝いた。


 両手で大事そうに陶器を受け取ると、蓋を開けた瞬間、甘酸っぱい香りが馬車の中に広がる。

 リュミナは夢中でパンに塗りつけ、一口かじった。


「……っ! おいしい……っ! 硬いパンが、こんなに柔らかくて……甘くて……っ」

 幸せそうに頬を染め、にこにこと笑う姿に、僕はつい口元を緩めてしまった。


 ……パンは硬いままだろうけどね。

 

 苦笑しながらも、その無邪気さに胸が少し温かくなる。


 けれど、ふと真面目な気持ちになって問いかけた。

「ねえ、リュミナ。君はこれからどうしたいんだい? 僕たちの国で働いた後は……自分の国に帰るつもりなの?」


 その言葉に、リュミナの笑顔がふっと揺らぐ、表情は一瞬で暗くなった。


「……もう、帰る国なんて……ないですの」

 小さな声は夜風に紛れるように震えていた。


「――あっ、ご、ごめん! そんなつもりで聞いたんじゃないんだ!」


 僕は慌てて両手を振り、彼女の顔を覗き込む。胸の奥がひやりと冷たくなった。

 けれど、リュミナはかぶりを振り、かすかに笑みを浮かべた。

 

「……いえ。ラマティ様が謝ることではありませんの。ただ……」


 そう言いながら、彼女はパンを手のひらに大事そうにのせ、じっと前を見つめた。

 ――まるで、そこに視線を注いでいれば、涙がこぼれずに済むと思っているかのように。


 だが、ふっと顔を上げる。

「でも……今は違いますの。こうして皆さんと一緒にいるだけで、心があたたかいんです。もう一度、前を向いて生きていける気がします」


「ならさ――僕の国で、一緒に暮らそうよ。きっと今より、もっと笑える日々にできるから」


 リュミナは一瞬目を見開き、そして――小さく、それでも力強く頷いた。


「……はいっ!」


 その声は震えていたけれど、瞳には確かな光が宿っていた。

 涙が今にも零れそうに滲んで、それでも堪えるように笑う。

 僕はそんな彼女を見て、少し肩の力を抜いた。

 

「……じゃあ、もう夜も遅いけど、退屈しのぎに聞いてよ。僕たちが奴隷小屋を追放されてから、どんなドタバタをやってきたのか――全部話してあげる」


 思わず口にすると、リュミナは驚いたように瞬きをして、こくりと頷いた。

 



 ――その様子を横耳で聞きながら。

 新聞紙を頭にかけ、寝たふりをしてるイザナが、心の奥で呟く。


 


 ……ったく、リュミナ――強え女だな。こっちまで泣きそうにさせやがる。……まあ、ラマティ。お前にくっついて来たのが、この竜の娘で正解だったんだろうな。

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