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【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第三章 『竜と奴隷の建国記』
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第62話 『月夜に誓う、竜の少女』

 子どもたちの寝息が静かに重なる奴隷小屋を抜け出すと、夜気がひやりと肌を撫でた。

 頭上には無数の星が瞬き、街の喧騒も届かない外は、驚くほど静かだった。


 小屋のすぐそばに広がる芝生に腰を下ろすと、草の匂いが夜風に乗って漂ってくる。


「……よ」

 背後から声がして振り向けば、イザナが歩いてくるところだった。

 そのままどさりと草の上に横になり、腕を枕にして空を仰ぐ。


「……なんかよ。ここを出てから、ずっと濃い日々だったよな」

 夜空を見上げたまま、吐息のようにぼそりと漏らす。

 僕も隣に腰を下ろし、同じように空を見上げる。


「……そうだね。最初は薬屋のおばあさんと出会って、シャワーを浴びさせてもらったね」


「ああ。でも次の日は、回復魔法使いと勘違いされて、王都まで引っ張られたしな」

 

「でも……レイヴェルとも仲良くなれた」

 

「……結果オーライってやつか」

 イザナは夜空を見上げたまま、低く呟いた。


「でも、その後のリブラリアは大変だったね」


「ああ……怒涛の二日間だったな。……まあ、お前が寝てた期間も含めりゃ三週間なんだけどよ」

 イザナは苦笑し、草の上に転がったままぼりぼりと頭をかいた。


 そんな他愛のない会話を続けていると――ふいに、背後から何か、気配が近づいてきた。


 振り返ると、月明かりに照らされて立っていたのは、竜族の少女だった。

 小さな両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、唇を震わせながら――か細い声を絞り出す。


「……ご飯……ありがとう……ございました……」


 イザナは草の上に寝転んだまま、片目だけを開けて彼女をちらりと見やる。

「……気にすんな」

 ぶっきらぼうに言い放つが、その声音は不思議と柔らかかった。


 僕も微笑んで頷いた。

「うん。無理に答えを出さなくてもいいから……とりあえず今日はゆっくり眠ろう」


 少女はしばし迷うように視線を揺らし――やがて、勇気を振り絞るように小さく頭を下げた。


「……わ、わたし……リュミナ。リュミナ・ドラゴニアって……いいますの……」


 僕は優しく微笑み、静かに応える。

「僕はラマティ。……そしてそこで寝てるのがイザナ。僕たちも、もとは奴隷だったんだ」


「ど……どれい……」

 リュミナの瞳がかすかに揺れる。


「それから、今はここにいないけど――さっき一緒にいた魔族の男の子は、レイヴェル・アルディア。ここの国の王子だよ」


 名前を告げられた少女は目を丸くし、言葉を失ったように口を開ける。

 その反応に、イザナが草の上で鼻を鳴らした。

 

 そのとき――。

 不意に、脳内へ冷たい響きが流れ込んできた。


《――対象:リュミナ=ドラゴニア――年齢:十五歳》

《出自:竜王家、クリスタルドラゴンの血筋》

《本来の潜在能力:奴隷としての拘束と心の傷による制限》


《既存スキル》

 

《炎魔法――炎を自在に操る魔法。火球や炎の盾、温度調整など多彩に応用できる》

 

竜化ドラゴニック・フォーム――身体の一部に竜の力を宿すスキル。爪、鱗を顕現させ、身体能力を飛躍的に高める》

 

炎回復魔法(フレイム・ヒール)――炎で焼き尽くすのではなく「燃焼による新陳代謝の促進」で回復する特殊魔法。基本、竜種にしか扱えない治癒体系である。炎に包まれた瞬間、細胞が異常な速度で増殖し、焦げ跡の下から新しい皮膚や血肉が再生する》


《竜種特有スキル候補》

 

竜ノ威圧ドラゴニック・プレッシャー――竜種特有の威圧を発し、相手を本能的に震えさせる。戦闘以外にも「動物や魔物を大人しくさせる」使い方もできる》


《竜眼――縦長の瞳孔を極限まで絞ることで、熱源や魔力の流れを視認できる。索敵や弱点看破に優秀》

 

竜ノ鱗ドラゴニック・スケイル――瞬間的に硬質な鱗を顕現させて身を守る。魔法や物理攻撃を大きく減衰できる》


 ……え、既存スキル、多くない?


《――竜族は本来、複数の基幹スキルを生まれながらに宿しています》

《――ただし、炎回復魔法(フレイム・ヒール)は竜族の中でも稀少》

《――対象は攻撃に秀でた魔法使いとしても、ウォーリアやバトルマスターのような近接職、さらに回復系魔法使いとしても適性を持ち合わせる》

《――総じて……何でもこなせる資質を秘めています》


 ――な、なんでも……?

 ごくりと唾を飲み込む。万能すぎる評価に、背筋がひやりとした。


《――もっとも、既存スキルは生まれながらに宿すものであるが、自在に扱えるかどうかは別問題です》

《――通常であれば、一つを磨き上げるだけで一生を費やすことになるでしょう》

《――……ですが》


《――対象は異例です。潜在能力の開放率、適応速度、魔力親和性……いずれも竜族の中でも突出しています》

《――正しく導かれれば――規格外の存在になるでしょう》


 ……す、すごいなんてもんじゃないよ……! 規格外って、チートレベルじゃん……。で、候補ってやつは……これからどうなるの?


《――すべて付与可能です》


《――対象はラマティに心を開きました》

《――条件を満たしたため、スキル付与を開始します》

《――あわせて、長期拘束による栄養不良・魔力阻害・精神抑圧を検知》

《――デバフ解除処理を実行します》


 冷徹な宣告に、思わず息を呑む。

 次の瞬間、隣のリュミナの身体がふわりと炎の光に包まれた。

 煤に覆われていた肌がほんのりと桜色を帯び、やせ細っていた頬にも血色が戻っていく。

 乾いて割れていた唇は瑞々しく潤い、淡いピンクの髪が月明かりを受けてさらりと揺れた。


 ――まるで、別人みたいだ。


《――付与完了》


 短い声が脳裏に響き、光はゆるやかに収まっていく。

 呆然としたリュミナは胸に手を当て、震える声を漏らした。


「……い、今の……なに……?」


 草の上に寝そべったままのイザナが、片目を細めて鼻を鳴らす。

「……神託だろ。――神さまが、お前に力をくれたんだ。なぁ、ラマティ」


「う、うん……」

 曖昧に頷く。……イザナは僕の力に深く突っ込まない。だから、そういうことにしておこう。

 

 リュミナはしばし沈黙したのち、きゅっと胸の前で拳を握りしめた。

「……神託……わたし……信じますっ。イザナ様、ラマティ様……! これからは、お二人にお仕えさせてくださいっ」


 その真剣すぎる口調に、イザナが横で吹き出した。

「……は? おいラマティ、早くも竜の嫁入りってやつか?」


「ち、ちがっ……! そんな! 勘違いさせるようなこと言わないでよ!」

 顔が熱くなる僕を見て、リュミナは小首を傾げ――不思議そうに瞬きをした。


「……えっ? あの……ラマティ様って……女性じゃ、ないんですの?」


「え? 僕は男だよ?」

 即座に否定すると、リュミナの顔がぱぁっと真っ赤になった。


「そ、そんな……っ! わ、わたし……ずっと……てっきり……!」

 耳まで真っ赤に染めて、慌てふためく姿は、竜族らしい気高さよりもむしろ年相応の少女のようだった。


 その様子にイザナが肩を揺らして笑う。

「ははっ……こりゃ参ったな。――なぁリュミナ、俺らのことは様つけなくていいぞ」


 しかしリュミナはぶんぶんと首を振り、真剣な眼差しで答えた。

「い、いえっ! イザナ様も、ラマティ様も……お仕えする方ですもの。敬意を欠くことはできません!」


「……はいはい、わかったわかった。とりあえず今日は寝ろ」

 イザナがあくびを噛み殺しながら、面倒くさそうに片手を振った。


 リュミナはこくんと小さく頷き、ためらいがちに僕の隣へ腰を下ろす。

 そして、そっと肩に頭を預けてきた。

 

 月光に照らされた横顔はあどけなく、淡いピンクの髪の間からのぞく透明な小角が、まるで宝石のようにきらめいている。


「え、えぇ……」

 僕は思わず声を詰まらせ、助けを求めるようにイザナへと視線を送った。


 だが当の本人はというと、芝生に大の字になり、腕を枕にしてすでに寝息を立てていた。


「……はぁ」

 小さくため息をつき、空を仰ぐ。


 ――でも、リュミナも奴隷だったんだ。きっと辛いことも、寂しいことも、たくさんあったんだろう。

 今くらいは甘やかしてあげてもいいよね。……僕にできるのは、それくらいなんだから。


 夜風が吹き抜ける中、肩に寄り添う温もりと、隣から聞こえる静かな寝息だけが、やけに鮮明に胸に残った。

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