第61話 『まだ答えを出せない』
湯気と笑い声に包まれる中、不意に裾がくいっと引かれた。
「……え?」
視線を落とすと、そこにはあの檻の中にいた竜族の少女が立っていた。
小さな手で僕の服の裾を掴み、もう片方の腕には瓶を二つ抱えている。
一つはすっかり空になったシチューの瓶。もう一つは、水が満たされたままの瓶だった。
少女は恥ずかしそうに俯きながら、瓶をそっと差し出してくる。
「……あれ……?」
僕は目を瞬かせた。確か、シチューはたっぷり入れておいたはず。
それが、跡形もなく空っぽになっている。
――よっぽどお腹、減ってたんだね……。
「ありがとっ」
僕はそっと瓶を受け取り、微笑んだ。
その瞬間――ぐぅ、と小さな音が響く。
竜族の少女がびくりと体を震わせ、恥ずかしそうに俯いた。
「……ふふ。じゃあ、今度はこれ。あったかいカレーだよ」
器を手に取り、白米の上にカレーをたっぷりよそい、そっと差し出した。
竜族の少女は一瞬、じっと皿を見つめ――すぐにぷいと顔を背けた。
「……いらない……ですの……」
か細い声でそう言うが、その直後――ぐぅぅ、と小さなお腹が鳴る。
頬がかあっと赤く染まり、少女はぎゅっと唇を結んで俯いた。
「素直じゃないね」
思わず笑ってしまい、僕はスプーンを手に取る。
カレーを一口すくい、湯気の立つそれをそっと差し出した。
「はい、あーん」
できるだけ優しく、冗談めかして。
少女は真っ赤になって首を横に振る。
けれど、ちらちらと視線はスプーンに吸い寄せられ、ついにはおそるおそる口を開いた。
カレーを口に入れた瞬間――瞳が大きく見開かれる。
「……おいしい……」
ぽつりとこぼれたその声は、幼いほどに素直で、切なく響いた。
「ずるい! 僕もラマティにあーんしてほしい!」
横からレイヴェルが身を乗り出し、赤い瞳をきらきらさせて叫ぶ。
「……っ!?」
少女はびくりと肩を跳ねさせ、スプーンを抱える僕をきょとんと見上げる。
「おいおい、ビビらせんな」
イザナが頭をかきながら、ぶっきらぼうに口を挟んだ。
「で、お前はどうすんだ? 国に帰るのか、それとも俺らと働くのか」
「ひっ……!」
突然の問いかけに、少女の顔がこわばる。
瞳孔が縦に細まり、次の瞬間、ばっと僕らから距離を取り、藁の山の裏に身を隠す。
「……イザナ」
僕は額に手を当て、深々とため息をついた。
「……いや、そう……ビビらせるつもりじゃなかったんだよ」
「とりあえず、もう遅いし……明日までに決めてもらえばいいよ」
僕がそう言うと、イザナは腕を組んでしばし黙り――やがて小さく頷いた。
「……まあ、そうだな」
ふと周りを見回すと、奴隷だった子どもたちが藁の上で身を寄せ合い、すでに眠り込んでいた。
「……安心して寝てるんだね」
僕がぽつりと呟いた、そのとき。
「あっ、やば!」
隣でレイヴェルが声を上げ、額を軽く叩いた。
「じゃあ、また明日の朝ね! 黙って出てきたから公務の都合で一旦帰るよ! 奴隷たちを運ぶ馬車の手配とか、いろいろやらなきゃいけないし!」
そう言うなり、赤い瞳を輝かせ、転移の光に包まれて姿を消す。
「……レイヴェル、俺ら置いてったのはいいけど、あいつ今日の仕事終わるのか?」
イザナが鼻を鳴らし、肩を揺らして笑った。
「……さあ。でも、レイヴェルならなんとかしちゃうんだろうね」
僕も苦笑いをこぼしながら答える。
静かな小屋の中に、藁の上で眠る子どもたちの寝息だけが優しく響いていた。




