第56話 『路地裏の子どもたち』
おばあさんは、僕を抱きしめたまま、ゆっくりと顔を上げた。
その皺だらけの目には涙が光っていた。
「……嬉しいよ。本当に……。あんたたちが無事で、そして……そんな大きな役目を背負うようになったなんて……けどね……わたしがいなくなったら……路地裏の子たちに薬を分けてやれなくなるんだよ」
「……路地裏の子……」
――盗人を追ったときに入った、あの狭い路地裏。確かにあそこには、ぼろ布をまとった貧しい人たちや、鎖の痕を残したままの子どもたちがいた。
きっと、奴隷小屋から逃げてきた子たちだったんだろう。
「そうさ。あそこにいる子どもの多くは……奴隷小屋から逃げてきた子なんだよ。わたしはせめて……あの子たちだけでも助けてやりたかった。それなのに、ここを離れたら……」
言葉はそこで途切れ、唇が固く結ばれた。
イザナはしばし黙っていたが、やがて低く息を吐いた。
「……心配すんな。俺とラマティは――あの奴隷小屋から追放された身だ。だからこそまず、あそこにいる奴らは、全員……解放する」
短く言い切り、さらに続けた。
「ついでに路地裏のガキも、まとめて解放だ」
おばあさんは目を丸くし、そして小さく首を振った。
「……そんな、簡単に言うけどねぇ。奴隷制度に楯突くなんて……命がいくつあっても足りやしない」
だがイザナは鼻で笑い、視線を逸らさない。
「別に働いてもらうだけだ。薬屋でも畑でも、やることはいくらでもある。俺の国の人口は増えるし、路地裏で野垂れ死ぬよりよっぽどマシだろ」
言葉は冷徹に聞こえるのに、その奥には確かな熱があった。
「……それに」
僕を見て微笑んでいたレイヴェルが、すっと前へ出る。
赤い瞳がまっすぐにおばあさんを射抜き、無邪気さの奥に王族らしい威厳が宿る。
「イザナの言う通りだよ。僕はルミナリア自由連邦の王子だ! 奴隷制度には反対しているし、実際に段階的な廃止に向けて動いている」
その声音はいつもの無邪気さを潜め、王族としての凛とした響きを帯びていた。
「だから心配はいらないよっ」
おばあさんは思わず口を覆い、赤く濡れた目を瞬かせた。
「……あんたたち、本当に……とんでもない子たちだねぇ」
レイヴェルはにかっと笑って、片目をぱちんとウインクする。
「でしょ?」
赤い瞳がきらっと輝き、子どもっぽい無邪気さが一瞬だけ戻る。
「……よし、じゃあ行くか」
イザナは長衣の裾を払うようにし、真っ直ぐおばあさんを見据えた。
「奴隷を解放したら、必ずまたここに戻る。それまでに――うちの国に来るかどうか、考えておいてくれ」
おばあさんの腕をそっと離し、涙に濡れた瞳で見上げる。
「おばあさん……ありがとうっ! また後でね!」
おばあさんは静かに頷き、皺だらけの手を振った。
三人はその温もりを背に受けながら、森の奥へと歩み出した。




