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【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第三章 『竜と奴隷の建国記』
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第54話 『向かう先はグラディア』

 レイヴェルの言葉が冗談とも本気ともつかぬ響きを残したまま、部屋に沈黙が落ちた。

 僕は布団を握りしめ、俯いたまま唇を噛む。


「……グラディア……」

 その名を口にした途端、胸の奥がざわつく。

 鎖の音、罵声、冷たい床の感触――。

 指先が小さく震えた。


 けれど、それでも――。

 瞼をきつく閉じ、やがて真っ直ぐに顔を上げた。


「……行こう。怖いけど……奴隷を……救いたい……」


 イザナは短く目を細め、静かに息を吐く。

「……まあ、人も欲しいからな、避けて通れる道じゃねぇな」


「そうこなくちゃね」

 すかさずレイヴェルが身を乗り出し、僕の肩をがしっと掴む。赤い瞳は、期待と興奮で子どものように輝いていた。


 イザナはそんな二人を横目で見ながら、ふと思い出したようにぼそりと呟く。


「あぁ……そういえば。薬屋の婆さんに、まだ何も言ってなかったな。……お前らが王都まで攫ってったせいで、お別れすらできなかったんだ」


 レイヴェルの肩がぴくりと揺れ、視線を逸らす。

「……それは、ごめん」


 けれどすぐに彼は小さくため息をつき、赤い瞳を伏せて言葉を継ぐ。

「……まだ、そういう風潮が残ってるんだよ。回復系の能力者は少ないし……道具みたいに扱われることも多い。だから、王都に保護するって名目で連れて行ったんだ」


 僕は小さく眉を寄せ、真っ直ぐにレイヴェルを見つめ、淡々と告げた。


「……保護って言いながら……酷いことされそうだったんだけどね……」


 その視線に射抜かれたレイヴェルの顔が、一瞬で青ざめる。

「ぶ、ぶええええええええんっ!!」

 突如わんわん泣き出し、僕の肩にすり寄って鼻をすんすんと鳴らした。

「ごめんってええ! やだやだやだ! 嫌わないでぇぇ! ラマティに嫌われたら僕、生きていけないよぉぉっ!!」


「泣かないでよ……」

 慌てて抱きとめるが、ぐずぐず泣きながら顔をすりすりしてくるのでどうにもできない。


 ――その光景を見ていたイザナは、呆れ顔で鼻を鳴らした。


「……前に会った時より、だいぶキャラ崩壊してんじゃねぇか」


 そう言ってまたレイヴェルの首根っこを掴み、強引に引き剥がす。

 じたばた暴れる少年を片腕で軽々と押さえつけながら、イザナは視線だけを僕へ向けた。


「……何回引き剥がせばいいんだよ……。とりあえずラマティ、お前、まだパジャマなんだから……着替えろ」


「えっ……そ、そんなにみんな見ないでしょ? べ、別にいいじゃん……」


「よくねぇよ」

 イザナは低く一蹴し、親指でテーブルのほうを指差した。

「魔装服なら、畳んで置いてある」


「……あ、本当だ」

 テーブルの上には、きちんと畳まれた黒衣の魔装服が置かれていた。


 僕は立ち上がり、そっとテーブルから黒衣の魔装服を手に取った。

「……き、着替えてくる……」

 頬を赤く染めながら、控えめに別の部屋へ向かおうとする。


「じゃあ僕も行く!」

 レイヴェルが嬉々として手を挙げ、足を踏み出した。


「……え、えぇ……」

 僕は振り返り、小さな声で抗議する。視線を逸らしながら、ぎゅっと服を胸に抱きしめた。


 イザナは呆れ顔で鼻を鳴らし、片手でレイヴェルの襟首をつかむ。

「……落ち着け。お前は犬か」


「だ、だって! ラマティが着替えるなんて……この目で――」


「やめとけ」

 低い声が遮った。イザナは冷ややかな目を細める。


「いろんな意味で後悔するぞ。幻想は……幻想のままのほうがいい」


「……え?」

 レイヴェルがぽかんと目を丸くする。


 イザナはため息をつき、

「とりあえず、早く行ってこい」


「……うん」

 小さく頷き、僕は服を胸に抱えたまま足早に部屋を後にした。

 去り際、ふと振り返って、照れ隠しのように笑みをこぼす。


 その一瞬を見て、赤い瞳を瞬かせたレイヴェルは、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。

 銀髪が肩にかかり、ほんのりと頬が染まっているのも気づかないほどに。

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