幕間 『裏社会に広がる水の超魔導の噂』
その報せは、血と煙の臭いを伴って、世界中に広がった。
エリザベート・バートリー――牢獄魔女とまで恐れられた女が、陥落した。
半ば信じがたいその情報は、瞬く間に裏社会の耳へと届く。
薄暗いバーのカウンター。蝋燭の明かりに照らされ、場違いなほど小さな客が腰掛けていた。
幼い体に、銀の髪と深紅の瞳を持ち、腹出しの白フリルブラウスと深紅のコルセット。黒のショートパンツに吊りガーターと編み上げブーツ。大きなリボン付きのシルクハットを斜めに被り、ワインを片手ににやにやと笑っている。
――その幼女じみた外見には似つかわしくない、艶やかな所作でグラスを傾ける。
「……クク。牢獄魔女とまで呼ばれた怪物が死んだ、とな?」
幼い少女は瞳を細め、くるりとグラスを回す。
「余は信じぬぞ。あやつ、無駄にしぶとい女じゃったからのう」
背後の棚でグラスを拭いていたマスターが、静かに答える。
「詳しい情報は、まだ断片だけさ。でもね……光に飲まれて、攻撃も領域も通じなかったって噂は広まってるよ」
少女はくすりと笑い、唇を赤い液体で濡らした。
「ほほう……面白いのう。本当にあやつを屠った者がいるとすれば……世界の勢力図は、大きく塗り替わるやもしれぬわ」
「……さすがは大統領。察しがいい」
蝋燭の炎が揺れ、幼い少女のシルエットを壁に大きく映し出した。
そのままグラスを回しながら、にやにやとマスターを見つめる。
「それに――ハーメルンが死んだのも本当なんじゃろ?」
マスターは手を止め、少し困ったように笑った。
「……それは確実だね。でも、あれを倒したのは、おそらく別の人物だよ。とてつもない水で押し流したとかなんとか。普通の水魔法使いじゃない、裏社会じゃ水の超魔導と呼ばれていて――今はその話で持ちきりさ」
「……そやつの名は?」
「――ラマティ、というらしい」
少女の赤い瞳が細まり、口元に子供っぽい笑みが浮かぶ。
「ふふーん、いい名前じゃないか。エリザベートをやったのは、その子じゃないんだよな?」
「おそらくね。技の系統が違いすぎるし、おそらくハーメルンも一人で倒したわけではなくて、近くに防御魔法か、あるいは似たような能力者がいたのではないかと聞いている……。だが、その手の話は重い。代金は――次の取引で、少し色をつけてもらえると助かる」
少女はぷくっと頬をふくらませ、グラスをちょんとテーブルに置いた。
「え〜けちんぼ〜! マスターはいつもちゃっかりしてるんだからっ!」
ぶかぶかのシルクハットをくいっと押さえ、子どもみたいにむくれる仕草。
――だが次の瞬間、赤い瞳が細まり、その表情は国を背負う者のそれへと切り替わる。
「……ま、いい情報だ。感謝してやろう」
蝋燭の炎が揺れる中、幼い少女の声が低く呟かれる。
「……水の超魔導――ラマティ、か」
マスターはふっと微笑み、手にした布巾でまた静かにグラスを拭き始めた。
「……はぁ、やれやれ。僕もまだ若いのに、白髪ばかり増えていくよ」
「なっ!? 余をディスっとるのか!?」
マスターはくすりと笑い、軽く首を振った。
「いやいや。あなたには白髪どころか皺ひとつない。――永遠に幼い美貌が、少し羨ましいくらいさ」
「……ふ、ふん! 最初からそう言えばよいのじゃ!」
ワイングラスをぐいと掲げ、少女はぷいっと横を向く。
マスターは小さく肩を竦め、何も言わずにグラスを磨き続けた。
揺らめく蝋燭の灯りが、少女の可愛らしい怒声と、彼の優しい横顔と白髪をひときわ際立たせていた。
◆
別の地――王城の奥、ひっそりとした一室。
窓から差し込む月明かりを背に、黒衣の少年――レイヴェルは赤い瞳を細めていた。
「……リブラリアが崩壊寸前? あの壊れた神の天秤のハーメルンと……牢獄魔女が、死んだ?」
低く呟いた声に、背後からアクレイアが応じる。
「ええ。リブラリアは国境も近い。こちらと仲が良いとは言えん、準敵対の勢力ですからね……。放ってはおけません。内政干渉も、遅かれ早かれ必要になるでしょう」
「腐った果実をそのままにすれば、いずれこちらに転がり込む……そういうことかな」
アクレイアは頷き、机に新聞を置いた。
そこには大きな見出しが踊っていた。
『リブラリア聖王国の崩壊! 牢獄魔女を討ち取ったのは、東方の少年』
赤い瞳が紙面を細めに睨む。
「……東方の少年? イザナかな? ありえないね」
「彼の瞬視は確かに強い。動きをコンマ単位で見切るその目は、戦闘において強力でしょう」
アクレイアは指先で新聞を軽く叩く。
「ですが、領域系の能力に真っ向から対抗できるかと言えば……難しい。見えたところで、閉じ込められたら動けませんから」
レイヴェルの唇がわずかに歪む。
「……ならば、誰が」
アクレイアは短く言い切った。
「――おそらく……ラマティ、でしょう」
その名が告げられた瞬間、レイヴェルの頬がかっと赤く染まった。
赤い瞳が揺れ、唇が小さく震える。
「……ラマティ……ッ! やっぱり……君がッ……!」
胸の奥からせり上がる昂ぶりを隠せず、椅子の肘掛けを強く握りしめる。
「はぁ、早く……お嫁にしたい……。君のために、転移魔法だって接続魔法だって覚えたんだ……!」
もはや威厳ある王子の顔ではなく、一人の少年の焦がれる表情だった。
対照的にアクレイアは、肩をすくめてやれやれと息を吐く。
「……まったく。殿下は、あの“少女”のことになると冷静さを失われますね」
そして話題を切り替えるように、淡々と報告を続けた。
「――別の件ですが。例の神殿が発見されたとの報告が、先ほど入りました」
◆
黒煙に染まるような曇天の下――海に揺れる甲板の上に、一人の男が横たわっていた。
腹には深々と斬撃の痕。包帯代わりに巻かれた古布から、まだじわりと血が滲んでいる。
「……よく、その傷で生きてるな」
隣に腰を下ろした仲間の兵が、呆れと感嘆を入り混ぜた声を漏らした。
アズマは、かすかな笑みを浮かべる。
ぎょろぎょろと義眼の右目を動かしながら、低く答えた。
「……おじさんはな、三十年、命なんざとっくに投げ捨ててる。理想のためなら、この身はとうに担保だよ」
彼の声は途切れがちに、それでも力強く続いた。
「西の国での革命は終わらない。いや――終わらせはしない。おじさんたちが残した各地の火種は燃え続ける。まだ、この世界は革命を欲しているのだ」
義眼がぎょろりと空を仰ぎ、曇天を射抜く。
「……やはり、革命でありますか!」
隣の兵が目を輝かせ、拳を握った。
「この世界の根底から変える革命! 私も強く同意します。ハーメルンも、牢獄魔女も、他国も――すべてはそのための犠牲! この世界を真の平等主義の理想郷に作り変えるのです!」
昂ぶる声に呼応するかのように、アズマの胸が大きく震えた。
次の瞬間――口から鮮血が噴き出す。
「――っは……!」
血で濡れた唇を押さえ、肩を震わせるアズマ。
「だ、大丈夫ですか!? まだ傷が塞がっていないのに……!」
しかしアズマは嗄れた笑いを零し、血の味を噛みしめながら呟いた。
「……大丈夫だよ、おじさんは……。血を吐こうが、臓腑が裂けようが――革命は止まらん」
喉から溢れた赤は、甲板に散って広がる。
その色を見下ろしながら、アズマはにやりと口角を吊り上げた。
「……はは、いいだろう? 赤は血の色。だが同時に――革命の色だ。おじさんの命も、この聖なる赤に染め上げられていく……それでこそ、本望さ」
ラマティ「えっと……ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます! 第二章、やっと……完結しました……!
次は第三章に入る予定なんですけど、書き溜めが追いつかれてきちゃって……毎日投稿は、ちょっと難しいかもしれません。ごめんなさい……!
あ、あの……でも……もしよかったら、ブクマと高評価をいただけると……すごく励みになるし! モチベにも繋がります! どうか……お願いしますっ!」




