第51話 『血の牢獄を砕く、解放者の覚醒』★
※今回のラマティは、いつもの「僕」ではありません。
未来の自分を一時的に投影してるため、あえて三人称「ラマティ」と表記しています。
脳内に響いた声が途絶えた瞬間、世界そのものが震えた。
鉄の棺を覆う鉄板が、突如として内側から軋む。
――ギギギギギ……ッ。
鉄の悲鳴が牢獄全体に反響し、紅に染まった空気を切り裂いていく。
次の瞬間――棺は爆ぜた。
血と鉄屑が四散し、拷問部屋の壁や天井に叩きつけられる。
その中心に立っていたのは――光の奔流を纏ったラマティ。
細い肩は震えていた。
だが、光に抱かれ宙へと浮かぶその姿は、もはや少年のものではなかった。
背丈や髪はひと回りもふた回りも伸び、漂う気配は恐怖に怯える少年ではなく――溢れ出した魔力が形をとり、まるで未来の自分を一時的に投影しているかのようだった。
黄金の髪が光を弾き、水色の瞳は天を射抜くように輝いている。
《――スキル【解放者】。すべての拘束・結界・領域系能力から自身を解き放ち、強制的に無効化する》
《――本来、領域系能力からの離脱は極めて特殊な条件、あるいはそれを専門とする能力でなければ成し得ない。だが、このスキルは世界そのものに干渉し、強制的に出口を開く》
するとラマティの小さな身体が震え、光が制御を失ったかのように荒れ狂う。
無意識のまま魔力が漏れ出し、奔流となって空間を焼き尽くしていた。
《観測――対象は現在、精神的な限界を超え、無意識下において潜在的魔力を放出及び覚醒中》
《補足――流出した魔力は未来のラマティの権限と同調》
《警告――このままでは暴走必至。魔力制御権をアカシックレコードに移行します》
宣告が脳内に木霊するたび、鎖が砕け、呪詛が弾け、牢獄の血塗られた空間が光に飲まれていく。
エリザベートが顔を歪め、紅い唇から叫びを洩らす。
「……馬鹿な……! この空間から逃れられるはずがないのに!」
彼女が指を鳴らす。
次々とアイアン・メイデンが宙に並び立ち、ラマティを閉じ込めようと迫る。
だが――ラマティを包む光の魔力が、その都度鉄棺を弾き飛ばす。
「まだよ!」
エリザベートが指を振ると、壁に突き立った錨のような杭や、血錆びた拷問器具が一斉に浮かび上がる。
鎖が生き物のようにのたくり、弾丸の雨のごとくラマティへと殺到した。
――だが。
触れた瞬間、白光が爆ぜた。
奔流のような輝きが奔り、鎖も杭も器具も、まとめて弾き飛ばされる。
鉄の塊が壁に叩きつけられ、天井へ激突し、轟音と共に砕け散った。
その、砕け散る拷問器具を前に、エリザベートの真紅の瞳が揺らいだ。
「あ、……あなたも……ち、……血を浴びれば、美しくなれるのよ……! 若さも、力も、すべて永遠に……!」
必死に言い募る声は、もはや上品さを取り繕う余裕を失っていた。
《――血液による若返り・不老効果には医学的根拠が存在しません》
ラマティの脳内に、冷たい声が響く。
黄金の髪を光に散らし、ラマティの瞳が怒りで見開かれた。
「そんなことのために……! 殺した人たちを縛り上げて……! 死体を弄んで……!」
喉の奥から迸る声は、震えではなく――咆哮。
「――そんなくだらない理由のために、人を踏みにじったのかァァァァァッ!!!」
白光が爆ぜ、牢獄全体が震動する。
怯えるように後ずさるエリザベートを、ラマティの怒声と輝きが圧倒した。
ラマティは血に染まった床を見渡し、呻くように吐き捨てる。
「……お前がぁぁ……お前がッ! 嬲って、嬲って……散々泣かせて、喉に杭ぶち込んで、肉を裂いて……最後に血の玩具にした人たちが……ッ」
その瞳に怒りと涙を宿し、拳を握りしめ、血溜まりへと視線を落とす。
「……君たちも辛かったよね……だから――僕に……一度だけ力を貸してほしい」
懐から、小さな空の小瓶を取り出す。
唇を当て、息を吹き込む――瓶の中に淡い光が灯り、瞬く間に膨らんでいく。
それを、ラマティは迷わず血で満ちた浴槽へと投げ入れた。
――ボトン。
次の瞬間、血の湯がぐらりと揺らめき、うねる。
無数の手が、足が、顔が――泡立つ血の中から這い出し、呻き声を伴って形を成していく。
それは死者の怨念ではなく、ラマティの力によって呼び覚まされた意思。
エリザベートの紅い瞳が大きく見開かれた。
「なっ……何を……!?」
その時――ラマティの脳内に、冷たい機械の声が響き渡った。
《――アーカイブ照合完了。対象スキル群:魔力操作》
《照合結果に基づき、ユニークスキル【血液操作Ⅱ】を限定解放します》
《警告――このユニークスキルの使用権限を超過。身体および精神への負荷は規定値を大幅に逸脱しています》
ラマティの身体が震え、白光が迸る。
するとエリザベートの背後――血の湯から立ち上がった無数の影が蠢く。
血で形作られた、槍、刃、鎖。
それらは死者の怨嗟ではない。
虐げられ、弄ばれ、血に沈められた者たちの、最後の叫びが形を取ったものだった。
「……なッ――!」
振り返る間もなく、紅いドレスの女の身体を、血で形作られた武器の群れが一斉に貫いた。
肩を、腕を、脚を――鎖が縫い止め、槍が突き刺し、刃が肉を裂く。
だが……それは峰打ち。
致命の心臓も、首も――一切狙われてはいなかった。
エリザベートの口から、驚愕と痛みの入り混じった声が漏れた。
「ぐッ……わ、私の……この美貌を……血で濡らして……醜く、汚して……ッ! キサマァァァ!」
紅の唇が歪み、かつての優雅さは剥がれ落ち、浅ましい叫びが迸る。
ラマティの水色の瞳が、憎悪と涙に濡れて真紅を射抜いた。
宙に浮いていた身体が、ゆっくりと石床に降り立つ。
その手には――新たな空の小瓶。
「……お前も、人に弄ばれてみればいい」
ラマティは瓶をかざし、静かに吐き捨てる。
「そうだ……知ってるか? 人間の体って――六割が、水分らしいんだ」
その言葉に、エリザベートの真紅の瞳がぎょっと見開かれる。
「……な、なにを言って……ッ」
「僕の能力のひとつ――《硝子方舟》は、どんな液体でも無制限に溜め込むことができる」
「どんな液体もだよ……つまりは……お前の身体の水分も、ここに納められるってことだ。……血管を干上がらせて、皮膚が張りつめて、目玉が縮んで――干からびる寸前までね」
そう吐き捨てるや、ラマティはエリザベートの口に瓶を突き刺した。
瞬間、吸い上げられるように紅が奔流を描き、瓶の中に渦を巻く。
「――ッあ、ああああああああああああああああああああああああッ……ッ! 熱い熱い熱い熱い熱い……ッ、冷たい冷たい冷たい冷たい……ッ!! のどが……のどが焼ける……ひび割れて……ッ……! いや、いやだいやだいやだいやだ……ッ!! やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてッ! 返せ、返して……わたしの血を……わたしの血を返せぇぇぇッ!! あぁぁああ……わたしの美が……枯れていく、崩れていく……鏡を……鏡を見せて……ッ、嫌ッ! 見たくない、見たくない……こんなの……こんなの、わたしじゃない……ッ!! ……この美と血を……それを、奪わないで……ッ! 奪われるくらいなら……殺してぇぇぇッ!! 早くッ!! 殺してくれぇぇぇぇッッ!」
必死に叫んでも、声すら掠れて割れ、喉から絞り出されるように漏れる。
純白の肌には亀裂が走り、薄氷のように砕け落ちていく。かつて豪奢なレザードレスを纏った女王の威容は、乾いた骸に成り果てようとしていた。
「……苦しい……苦しい苦しい苦しい苦しい……! いや……死にたくない……死にたくない……死にたくないの……!! 永遠に、美しいままで……そうでなければ……わたしは……わたしは……ッ!!」
震える指先が宙を掻く。だが、もう瓶に吸い上げられる血は残り少ない。
エリザベートの誇りと美、そして命のすべてが――ひとしずく残らず瓶に封じられようとしていた。
それでも、最後の一息で――紅の唇がかすかに動いた。
「……あぁ……やっぱり……私の血が……一番……美しかったのね……」
救いようのない呟きを残し、牢獄魔女エリザベート・バートリーは絶命した。




