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【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第二章 『贖罪の葬列編』
52/68

第51話 『血の牢獄を砕く、解放者の覚醒』★

※今回のラマティは、いつもの「僕」ではありません。

未来の自分を一時的に投影してるため、あえて三人称「ラマティ」と表記しています。

 脳内に響いた声が途絶えた瞬間、世界そのものが震えた。


 鉄の棺を覆う鉄板が、突如として内側から軋む。

 

 ――ギギギギギ……ッ。


 鉄の悲鳴が牢獄全体に反響し、紅に染まった空気を切り裂いていく。


 次の瞬間――棺は爆ぜた。

 血と鉄屑が四散し、拷問部屋の壁や天井に叩きつけられる。


 その中心に立っていたのは――光の奔流を纏ったラマティ。


 細い肩は震えていた。

 だが、光に抱かれ宙へと浮かぶその姿は、もはや少年のものではなかった。

 背丈や髪はひと回りもふた回りも伸び、漂う気配は恐怖に怯える少年ではなく――溢れ出した魔力が形をとり、まるで未来の自分を一時的に投影しているかのようだった。

 黄金の髪が光を弾き、水色の瞳は天を射抜くように輝いている。


《――スキル【解放者(リベレイター)】。すべての拘束・結界・領域系能力から自身を解き放ち、強制的に無効化する》


《――本来、領域系能力からの離脱は極めて特殊な条件、あるいはそれを専門とする能力でなければ成し得ない。だが、このスキルは世界そのものに干渉し、強制的に出口を開く》

 

 するとラマティの小さな身体が震え、光が制御を失ったかのように荒れ狂う。

 無意識のまま魔力が漏れ出し、奔流となって空間を焼き尽くしていた。


《観測――対象は現在、精神的な限界を超え、無意識下において潜在的魔力を放出及び覚醒中》

《補足――流出した魔力は未来のラマティの権限と同調》

《警告――このままでは暴走必至。魔力制御権をアカシックレコードに移行します》


 宣告が脳内に木霊するたび、鎖が砕け、呪詛が弾け、牢獄の血塗られた空間が光に飲まれていく。


 エリザベートが顔を歪め、紅い唇から叫びを洩らす。


「……馬鹿な……! この空間から逃れられるはずがないのに!」


 彼女が指を鳴らす。

 次々とアイアン・メイデンが宙に並び立ち、ラマティを閉じ込めようと迫る。


 だが――ラマティを包む光の魔力が、その都度鉄棺を弾き飛ばす。


「まだよ!」


 エリザベートが指を振ると、壁に突き立った錨のような杭や、血錆びた拷問器具が一斉に浮かび上がる。

 鎖が生き物のようにのたくり、弾丸の雨のごとくラマティへと殺到した。


 

 

 ――だが。



 

 触れた瞬間、白光が爆ぜた。

 奔流のような輝きが奔り、鎖も杭も器具も、まとめて弾き飛ばされる。

 鉄の塊が壁に叩きつけられ、天井へ激突し、轟音と共に砕け散った。


 その、砕け散る拷問器具を前に、エリザベートの真紅の瞳が揺らいだ。


「あ、……あなたも……ち、……血を浴びれば、美しくなれるのよ……! 若さも、力も、すべて永遠に……!」

 

 必死に言い募る声は、もはや上品さを取り繕う余裕を失っていた。


《――血液による若返り・不老効果には医学的根拠が存在しません》


 ラマティの脳内に、冷たい声が響く。

 黄金の髪を光に散らし、ラマティの瞳が怒りで見開かれた。


「そんなことのために……! 殺した人たちを縛り上げて……! 死体を弄んで……!」

  

 喉の奥から迸る声は、震えではなく――咆哮。


「――そんなくだらない理由のために、人を踏みにじったのかァァァァァッ!!!」


 白光が爆ぜ、牢獄全体が震動する。

 怯えるように後ずさるエリザベートを、ラマティの怒声と輝きが圧倒した。


 ラマティは血に染まった床を見渡し、呻くように吐き捨てる。

 

「……お前がぁぁ……お前がッ! 嬲って、嬲って……散々泣かせて、喉に杭ぶち込んで、肉を裂いて……最後に血の玩具にした人たちが……ッ」


 その瞳に怒りと涙を宿し、拳を握りしめ、血溜まりへと視線を落とす。


「……君たちも辛かったよね……だから――僕に……一度だけ力を貸してほしい」

 

 懐から、小さな空の小瓶を取り出す。

 唇を当て、息を吹き込む――瓶の中に淡い光が灯り、瞬く間に膨らんでいく。

 それを、ラマティは迷わず血で満ちた浴槽へと投げ入れた。



 

 ――ボトン。




 次の瞬間、血の湯がぐらりと揺らめき、うねる。

 無数の手が、足が、顔が――泡立つ血の中から這い出し、呻き声を伴って形を成していく。

 それは死者の怨念ではなく、ラマティの力によって呼び覚まされた意思。


 エリザベートの紅い瞳が大きく見開かれた。

「なっ……何を……!?」


 その時――ラマティの脳内に、冷たい機械の声が響き渡った。


《――アーカイブ照合完了。対象スキル群:魔力操作》

 

《照合結果に基づき、ユニークスキル【血液操作Ⅱブラッドフォージ・ツー】を限定解放します》

 

《警告――このユニークスキルの使用権限を超過。身体および精神への負荷は規定値を大幅に逸脱しています》


 ラマティの身体が震え、白光が迸る。

 するとエリザベートの背後――血の湯から立ち上がった無数の影が蠢く。


 血で形作られた、槍、刃、鎖。

 それらは死者の怨嗟ではない。

 虐げられ、弄ばれ、血に沈められた者たちの、最後の叫びが形を取ったものだった。


「……なッ――!」


 振り返る間もなく、紅いドレスの女の身体を、血で形作られた武器の群れが一斉に貫いた。

 肩を、腕を、脚を――鎖が縫い止め、槍が突き刺し、刃が肉を裂く。


 だが……それは峰打ち。

 致命の心臓も、首も――一切狙われてはいなかった。


 エリザベートの口から、驚愕と痛みの入り混じった声が漏れた。

 

「ぐッ……わ、私の……この美貌を……血で濡らして……醜く、汚して……ッ! キサマァァァ!」


 紅の唇が歪み、かつての優雅さは剥がれ落ち、浅ましい叫びが迸る。


 ラマティの水色の瞳が、憎悪と涙に濡れて真紅を射抜いた。

 宙に浮いていた身体が、ゆっくりと石床に降り立つ。




 その手には――新たな空の小瓶。


 

 

「……お前も、人に弄ばれてみればいい」



 

 ラマティは瓶をかざし、静かに吐き捨てる。



 

「そうだ……知ってるか? 人間の体って――六割が、水分らしいんだ」


 


 その言葉に、エリザベートの真紅の瞳がぎょっと見開かれる。


 

 

「……な、なにを言って……ッ」

 

 

 

「僕の能力のひとつ――《硝子方舟(ボトルシップ)》は、どんな液体でも無制限に溜め込むことができる」




 

()()()()()もだよ……つまりは……お前の身体の水分も、ここに納められるってことだ。……血管を干上がらせて、皮膚が張りつめて、目玉が縮んで――干からびる寸前までね」


 


 

 そう吐き捨てるや、ラマティはエリザベートの口に瓶を突き刺した。

 瞬間、吸い上げられるように紅が奔流を描き、瓶の中に渦を巻く。




 


「――ッあ、ああああああああああああああああああああああああッ……ッ! 熱い熱い熱い熱い熱い……ッ、冷たい冷たい冷たい冷たい……ッ!! のどが……のどが焼ける……ひび割れて……ッ……! いや、いやだいやだいやだいやだ……ッ!! やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてッ! 返せ、返して……わたしの血を……わたしの血を返せぇぇぇッ!! あぁぁああ……わたしの美が……枯れていく、崩れていく……鏡を……鏡を見せて……ッ、嫌ッ! 見たくない、見たくない……こんなの……こんなの、わたしじゃない……ッ!! ……この美と血を……それを、奪わないで……ッ! 奪われるくらいなら……殺してぇぇぇッ!! 早くッ!! 殺してくれぇぇぇぇッッ!」




 



 必死に叫んでも、声すら掠れて割れ、喉から絞り出されるように漏れる。

 純白の肌には亀裂が走り、薄氷のように砕け落ちていく。かつて豪奢なレザードレスを纏った女王の威容は、乾いた骸に成り果てようとしていた。





 

「……苦しい……苦しい苦しい苦しい苦しい……! いや……死にたくない……死にたくない……死にたくないの……!! 永遠に、美しいままで……そうでなければ……わたしは……わたしは……ッ!!」





 


 震える指先が宙を掻く。だが、もう瓶に吸い上げられる血は残り少ない。

 エリザベートの誇りと美、そして命のすべてが――ひとしずく残らず瓶に封じられようとしていた。


 それでも、最後の一息で――紅の唇がかすかに動いた。



 


 

「……あぁ……やっぱり……私の血が……一番……美しかったのね……」

 



 


 救いようのない呟きを残し、牢獄魔女エリザベート・バートリーは絶命した。

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