第4話 『奇跡と疑念』
翌朝、いつもなら労働開始の合図と同時に咳き込んで、顔を青くしていたはずのイザナが――今日は違った。
「……イザナ、調子は……?」
僕が恐る恐る声をかけると、イザナは少し息を荒げながらも立ち上がった。
「咳が……出ねぇ。胸の痛みも、ずいぶん和らいだ気がする」
その言葉に、周りの奴隷たちがどよめいた。
昨日まで血を吐いていた人が、こうして動いているのだから無理もない。
「おい、あの病はもう駄目だって話だったろ」
「奇跡か……?」
ざわめきの中、監督役が険しい目を光らせて近づいてくる。
「……妙だな」
その視線がイザナから、僕へと移った。
「昨日、こいつに何を食わせた?」
胸がどくんと跳ねる。
夢の中で見た図書館。野草の絵。泥薬。――全部、言えるわけがない。
「ぼ、僕は……ただ、草を……」
気弱に答えると、監督は鼻を鳴らした。
「草だと? どんな薬師でも治せねえ病を、ただの雑草で治せるか」
じろりと睨まれ、僕は思わず視線を落とす。
体が小さく震える。
「……奴隷風情が、どんな魔法を使った?」
そのとき、ダンが割って入った。
「魔法だぁ? こいつはただの弱虫だ! そんな力あるもんか!」
イザナも苦笑して肩をすくめる。
「夢で見た神託とか言ってたな。……俺は、それを信じただけだ」
監督はしばし沈黙し、やがて吐き捨てるように言った。
「まあいい。だが覚えておけ。妙な真似をすれば、お前ら全員首を刎ねることになる」
監督が立ち去るのを見届けて、僕は小さく息を吐いた。
イザナが咳き込まなくなったことは、嬉しいはずなのに――胸の奥に広がるのは別の感情だった。
――僕が見た夢は、本物だ。
けれど、それを知られるのは……危険。
そう思うと、背筋に冷たいものが走り、思わず腕を抱きしめて震えた。




