表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第二章 『贖罪の葬列編』
48/68

第47話 『虚ろな理想の楽園』

 冷えた石壁がしっとりと汗をかき、滴った水がぽたりと床石に落ちる。

 薄暗い地下牢には鉄の錆と血の匂いがこびりついている。

 その闇の只中で、イザナは鋭い眼差しを向ける。


「……お前が、アズマ・テルジか」


「……何のために、こんなことをしてやがる。ハーメルンは死んだんだ! もう王子を解放しろ!」


 イザナの声は低く、怒りを押し殺していた。

 その言葉に、薄闇の中でアズマはゆるりと首を振った。


「……終わり? いや、始まりさ」


「おじさんがね、王子を拘束してたのは利用価値があるからだ。王子という象徴を掲げれば、国家改造は容易い。国民は王家を信じ、民衆は新たな秩序に歓呼する」


「リブラリア王は全世界平等化計画を掲げていた……もっとも、あれはおじさんの思想を王に託しただけのものだがね。人の差別も階級も、すべての不均衡を焼き払い、強力なファシズムの下に平等を基軸とした楽園を築き変える」


 嗤う口元が、不気味に歪む。


「――“贖罪の葬列(パージ・パレード)”も、そのためのものにすぎん……。だがな……用が済んだら王子も不要だ。象徴としての役割を果たしたその時は――爆ぜる花火のように散らすまで……」


 狂気を孕んだ響きが、牢の石壁に反響した。

 その言葉を聞き、イザナは鼻で笑う。鋭い視線のまま、吐き捨てるように低く言った。


「……てめぇ、それを本当に平等と呼ぶのか」

 

 だがアズマは眉ひとつ動かさず、落ち着いた調子で言葉を返す。

 

「――革命の火を絶やすわけにはいかん。そのために、犠牲は付きものだ」


 軍刀を肩に担ぎ直し、ぎょろぎょろと右目を動かす。

 その異様な視線がイザナの顔立ちに留まり、じろりと舐めるように観察する。


「…………ふむ」


 口角をわずかに吊り上げ、目を細める。

「おじさんは思想を広めるために、この地へ来たんだがねぇ……だが――同郷か? お前、その顔……東の血が混じっているな。こんな辺境で、何をしている?」


「……俺は元奴隷だよ」


 イザナの低い吐息のような声に、アズマの表情がわずかに揺れた。


「……そうか」

 

 その声音には、嗤いではなく、奇妙な同情が滲んでいた。

 

「ならば――なぜだ? 奴隷も虐げられ、踏みにじられてきただろう。差別と不平等を、この身に刻まれてきただろう」


「だからこそ……君には分かるはずだ。おじさんは世界を焼き直す。平等を掲げ、虐げられた者すべてに新しい秩序を与える」


 ぎょろりと右目が揺れ、じっとイザナを見据える。


「それを――否定するのか?」


 その言葉を遮るように、牢の奥から澄んだ声が響いた。

「――否定します」


 リュカがゆっくりと立ち上がり、鉄格子の向こうから鋭い眼差しを向ける。


「平等とは、奪い取るものではありません。犠牲を踏み台に築いた楽園に、真の調和など訪れはしません」


 アズマの眼がぎょろりと揺れ、細く笑んだ。

「……お前には聞いてない――が、口だけは達者だな」


 軍刀を持つ手にわずかな力を込めながらも、声音は低く静かだった。

「だが、それはお前の立場だから言える綺麗事だ。王族風情が……」


 わずかに口角を上げ、冷たく言い放つ。


「まあいい……どうにせよ、お前らの命運はここで尽きた。最後に――言い残すことはあるか?」


 鉄格子の奥で、リュカは背筋を伸ばし、ゆっくりと答える。

  

「……私は元より、この国のために命を捨てる覚悟はできています。最後まで責務を全うすることに迷いはありません」


「おいおい」

 イザナが舌打ちし、鋭い視線を投げた。


「なんで勝手に降伏してんだよ。……死ぬ前提で話を進めるな」

 そう言いながら、懐から刺身包丁を抜き放ち、構えを取る。


 アズマはその姿をじっと見やり、わずかに笑んだ。

「……いい覚悟だ。おじさんは嫌いじゃないね」


 アズマは低く、言葉を紡ぐ。

暴虐の雲クラウド・ディスパーズ――光を覆え」


 その瞬間、牢獄の薄闇に煙が立ちこめた。黒い霧が渦を巻き、やがてアズマを含め七つの影となって揺らぎ出す。

 すべてがアズマと同じ顔、同じ姿――分身の群れが並び立つ。

 

「怯まず進め、我等の友よ……」


 七人の影が同時に動き出し、軍刀の光が一斉にイザナへと迫る。


「……チッ、マジかよ」


 イザナは刺身包丁を握り直し、冷や汗をにじませながら唸った。

 

「一対七かよ……上等じゃあねえか」


 苦笑いを浮かべながらも、眼差しは鋭く揺るがない。

 迫り来る影を前に、静かに覚悟を固めた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ