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【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第二章 『贖罪の葬列編』
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第43話 『葬列の終焉と涙のリベレイター』★

「……ば、馬鹿な……ッ! なぜ、音が……なぜ音が鳴らないのだァァッ!!」


 濡れた仮面の奥で、ハーメルンの瞳が血走る。紫のマントを引きずり、地を這うように笛を握り直す。


 僕は瓶の口を構えたまま、一歩も退かずに言った。

「……それくらい、僕でもわかるよ」


「笛に水が詰まったり……濡れたりしたら、正常な音なんて鳴らない。楽器は……そういうものなんだよ。それに……魔道具なら、そういう変化には敏感なんでしょ?」

 

 その瞬間、仮面の奥で絶叫が弾けた。

「やめろォォォッ!! 黙れェェェッ!! 貴様ごときがァァァ!! ワタシの音を、旋律を、否定するなァァァァアアアッ!!!」


 痙攣する指先で笛を叩きつけ、必死に吹き込もうとする。

 けれど、湿った管は鈍く詰まった音を漏らすだけ。


「……でも、僕は、君を殺したくなんてない。どんな悪人でも……きっと、更生できるはずだから……」


 その言葉に、ハーメルンは仮面の奥でゆっくりと嗤った。

「更生……? アァァハハハハッ! 愚かしいッ! 人は変われない! 堕ちた魂は踊り続けるだけェッ!! だから美しい! だから尊い! だからァァ……ッ!」


 その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かが冷めるのを感じた。

 

「……そっか。やっぱり、君は……」

 

 僕は静かに首を振る。涙の熱が、怒りに変わっていく。


「……更生なんて、できないんだね」

 

 声が震え、喉の奥から嗚咽がにじむ。けれど、その目は真っすぐにハーメルンを射抜いていた。


「……仲間を弄んで、人をモノみたいに扱って……そんなの、絶対に赦せない……ッ!」


 

 ――その瞬間、冷たい声が頭の奥を突き抜けた。



《ハンドラー発動――承認》

《対象スキル:粉砕愚者(クレイジーフール)


 

 直後――背後でうめき声が漏れる。

 ダンは自身の能力を振るった反動と、ハーメルンに理性を削り潰され眠っている。


 だが、それでもなお、伏したその身体の奥底で、能力の残滓だけがかすかに燃えている。


 

粉砕愚者(クレイジーフール)――低位発動中》

《警告:1%の出力ながら、共鳴可能》


《――共鳴開始》


 瞬間、灼けるような衝撃が右手から駆け抜け、両足へと奔った。

 血管の奥を赤黒い光が走り、鼓動が異様に早まり、視界が赤に染まる。

 身体が自分のものではないような感覚――それでも力は確かに流れ込み、抗えぬ熱となって膨れ上がっていった。


「……っ、うぐっ……あぁ……っ!」


 喉の奥から、泣き声とも呻きともつかぬ声が漏れる。

 流れ込む力はあまりにも荒々しく、筋肉は勝手に痙攣して硬直し、細い身体が小刻みに震えた。


 その様を目の当たりにしたハーメルンは――仮面の奥で恍惚と笑った。

「アァァァァッ!! そうだァァ! もっとだッ! もっとォッ!! それでこそ供物だァァ!! 怒りに震え、血走るその眼ッ! ははァァァァッ! 最高だァァァァッ!!」

  

「その身を焼き尽くす力をォォ! すべてさらけ出してワタシを楽しませろォォッ!!」


 僕は奥歯を噛みしめ、必死に立っていた。


 ――痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、苦しい、何も考えたくない、壊れる……ッ、壊れろッ!! 全部潰して、肉を裂いて、血に沈んでしまえ!!

 

 という惨たらしい声で頭の中が満ちている。

 それでも――その奥底から、もうひとつの声が湧き上がる。


「……僕は……ッ」


 震える声で、それでも真っ直ぐに睨み返す。

「泣き虫で、臆病で……なんにもできない僕だけど……っ」


「それでも――仲間を守るために立ってるんだ……ッ。だから、お前を倒して……みんなを、囚人を……必ず解放する……ッ!」


 その言葉に、ハーメルンの仮面の奥がひくりと震えた。

 

「な……なんだァ……その目は……ッ!? 絶望じゃない……諦めでもない……ッ!」


 仮面の隙間から唾を飛ばし、笛を抱えた腕を震わせながら、じりじりと後ずさる。

 

「やめろォォォォッ!! そんな光で見つめるなァァァッ!! なにを……なにを燃やしているのですかあああああああッ!? 供物がァァァ!  そんな希望を宿すなど、赦されてたまるかあああああああッ!!!」


 狂気と怯えがないまぜになった絶叫は、雨に濡れた広場を引き裂くように響き渡る。


《――対象:ラマティ》

《対象の“解放の意思”を感知しました》

《新規スキル:【解放者(リベレイター)】を付与します》


 冷たい声が頭をかすめる。だが、今の僕には関係ない。

 全身を駆け巡る【粉砕愚者(クレイジーフール)】の奔流が、骨を軋ませながら筋肉を爆発させる。

 握った拳からは血管が浮き上がり、視界の端が赤く染まる。


「……君の贖罪の葬列(パレード)は……もう、終わりにしよう」


 その言葉と共に、僕は地を蹴った。

 一瞬で間合いを詰め、振り下ろす拳は――かつての僕が想像すらできなかった速度と重さを帯びて、ハーメルンの顔面へと叩きつけられた。


「ぐはぁぁぁッ!!」

 紫のマントが翻り、仮面ごと吹き飛ばされたハーメルンの体が、石畳を砕きながら転がった。


 ……だが。

 血を吐き、よろめきながらも、彼は膝を突き、ゆらりと立ち上がる。

 仮面の奥の瞳が狂気に爛れ、銀の笛を支えにしながら歯を剥いた。


「ク、クハハハハ……! まだ、だ……ッ! まだァ……! 終わらせられるものかァ……!」


 次の瞬間、僕の拳が再び閃いた。

 肉を裂き、頬骨を砕く鈍い音が響き、ハーメルンの体が宙に跳ね上がる。


「がはッ……! あぁ……あははははッ!!」

 

 血を吐きながらも、彼は最後の声を絞り出す。

「……だがァ……! 覚えておけェェ……! ワタシひとりじゃない……ッ! 城にはまだ“牢獄魔女”が棲んでいる……! 王子を解放したいならァ……城へ行くしか……ない……のだァァ……ッ!!」


 その狂気の遺言すら、僕の拳が打ち砕いた。

 拳が仮面越しに顔面をえぐり、骨の砕ける感触が手に生々しく伝わる。


 肉の奥で何かが潰れる鈍い音――。


 ハーメルンの身体は痙攣を繰り返し、仮面の割れ目から泡混じりの血が溢れ出す。

 歪んだ口が最後に痙攣するように開閉し、喉の奥から「ひゅ、ぐ……」と濁った空気が漏れた。


 それきり、動きは完全に途絶えた。

 血に濡れた仮面の破片が石畳に落ち、乾いた音を響かせる。



  

 広場に、唐突な静寂が訪れる。

 血と水に濡れた石畳の上で、仮面の欠片がカランと乾いた音を立てた。


「……牢獄、魔女……」


 僕は小さく呟いた。

 ハーメルンが残した不気味な言葉は、呪いのように胸の奥にこびりついて離れない。


 拳を握ったまま、肩で息をしながら空を仰ぐ。

 

「あぁ……っ、ひぅ……ぅぅ……っ」


 強がっていた声が崩れ、喉の奥から子どものような嗚咽が漏れる。


 張り詰めていた心が切れ、涙は止めどなく頬を伝った。


「……もう……やだよ……っ……」


 言葉は涙に滲み、最後まで続けることもできなかった。


「ラマティ!」


 その瞬間――鋭い声が響く。

 水に濡れた石畳を踏みしめ、駆け寄る足音と共に、イザナの声が僕を現実へ引き戻した。


「……ハーメルンを……やったのか?」


 震える僕を見下ろし、低く問いかけてきた。


「……ダンは?」

「気絶してるよ……でも、生きてる」


「そうか……よかった」

 

 イザナは安堵の息を吐き、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 その姿を見た瞬間、胸の奥で何かが弾ける。


「……イザナぁっ……!」

 小さな身体が飛びつき、胸元に顔を埋める。

 涙と嗚咽で言葉にならない声を上げながら、子どものように必死にすがりついた。


「……辛かったんだな」

 イザナの声は、低く落ち着いていた。

「俺が……もっと早く駆けつけられなくて……ごめん」


 その言葉に胸が詰まり、こらえていた涙が決壊した。

「ひぐっ……う、うあああああんっ……! ぶえぇぇぇぇぇぇぇん……っ!」

 子どものように情けない泣き声を上げ、僕はイザナにしがみついて泣きじゃくった。


「……とりあえず戻ろう。ダンは俺が連れていく」

 イザナは短く言い、気絶したダンを肩に担ぎ上げる。


 僕は涙で濡れた顔のまま、小さく「……うん」とただ縋るように頷く。

 

 空はまだ昼の明るさを保っていたが、途切れることなく降り続ける水脈の雨は、陽光を受けて虹を描き出していた。

 血と水に濡れた広場を後にし、僕たちは骨董店へと足を向けた。

ハーメルン「……フフ……ここまで読んでしまいましたかァ……? 読者よォ……」

 

ラマティ「よ、読んでくれてありがとう……! そして、前回ブクマや高評価してくださった方も、本当にありがとう! すごく励みになってます……! 新規の方もよかったら、ブクマと評価……してくれると嬉しいな!」

 

ハーメルン「ククク……その指先でブクマを押す……それはすなわち、ワタシに供物を捧げることッ!! アァァァァァッ!! ワタシにとって最高の旋律なのだァァッ!!」

 

ラマティ「な、なんでそんな不気味に言うの!? 普通にお願いすればいいのに!」

 

ハーメルン「フハハハ! ならば押すがいい! 押さぬならァ……貴様の名前を永遠にこの笛へ刻み込みィィ! 読者すら供物に変えてやるのだァァァ!!」


ラマティ「やめてよぉぉっ!!」

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