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【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第二章 『贖罪の葬列編』
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第42話 『時を越えて重なる手』

 舞台の上では、ハーメルンが仮面越しに仰け反り、狂気を撒き散らしていた。


「アァァァハハハハッ!! なんとォ……可愛らしい反論かァァッ!! 追い詰められているのはワタシだとォ? 嗚呼……ッ! 素晴らしいッ! その小さな胸の奥に宿る抵抗の火種……ッ! それこそが供物として最高なのですゥゥ!!!」


 銀の笛を高々と掲げ、紫のマントをはためかせる姿は、もはや道化か怪物かの区別さえつかない。


 ……けれど僕は、その声を聞いていなかった。

 今、瓶の口はすでに虹を孕んだ水柱へと突き刺さっている。

 轟々と水が流れ込み、腕が震えるほどの圧力が瓶を通して伝わってきた。

 だが、瓶の中身は、水一杯分ほどで、重さもそれ以上は感じられない。

 

《――硝子方舟(ボトルシップ)・チャージ中。現在値:40万リットル》

 冷たい声が脳裏に響く。


「り……りっとる……?」


《――水量の単位です》


「それって……どのくらい……?」


《――おおよそプール一杯分》


「ぷ、ぷーる……?」

 首を傾げる僕に、声は間を置いて答えを補足する。


《――とりあえず、とてつもなく沢山と理解してください》


「……な、なるほど……!」


 必死にうなずく僕の耳に、水柱の咆哮のような音が轟き続ける。

 瓶はなおも光を帯び、無尽蔵の奔流を呑み込んでいた。


「なら十分だね。――こいつを倒すには!」


 僕の言葉に、仮面の奥でハーメルンが甲高く笑う。

「十分……? ハハァァッ! 何がです!? 命か? 力か? それとも“信仰”ですかァァ!? そんなもの、この私の旋律の前では塵芥でしょうッ!!」


 狂気の嗤いが木霊する。だが次の瞬間、その笑いを断ち切るように――。

 僕は瓶を構え、まるで銃口を突きつけるかのように、ハーメルンへと向けた。


「……ふふっ、笑ってられるのも――今のうち、だよ」

 

 かすかに震えを帯びながらも、澄んだ声が広場に響く。

 

 その瞬間――背後から、そっと手が重なった。

 瓶を包み込むように添えられた温もり。

 幻のような影が、僕の背中ごと抱き寄せ、力を分け与えてくる。


 ちらりと視界の端に映ったのは――

 波のきらめきを思わせる淡い水色の髪。

 青と白を基調としたマリンセーラーの衣装は光に透け、胸元の真紅のリボンが、まるで灯火のように浮かんでいる。

 海風そのもののように、軽やかで自由な気配。


 ――耳元で、優しい囁きが落ちる。

「大丈夫。その想いを大切にして、あなたならきっと……」


 差し伸べられた“もうひとつの手”が、確かにここに在る。

 瓶に込められた光が、僕の言葉に呼応するように脈打ち、震えた。

 僕は静かに、けれど力強く呟く。


「ありがとう……時を越えて力を貸してくれる人」

 

「――僕に、託された想いと共に――《ノアの大天災(ノアズ・カタストロフ)》」


 瓶の口から光が奔流し、一瞬にして解き放たれる。

 虹を孕んだ清冽な水が、轟音と共にほとばしった。

 大河を逆巻かせたかのような奔流が、舞台を呑み込み――。


「……な、なァァァッ!? この量は……ば、馬鹿なァァァァアアアッ!!!」


 仮面の奥で、ハーメルンの瞳が見開かれる。驚愕と恐怖が混じった絶叫が、洪水の音にかき消されていき、広場の空気ごと押し流す暴水が、神罰のごとくハーメルンを襲った。

 轟音は雷鳴のように鳴り響き、舞台は一瞬で滝壺の底と化す。

 白い飛沫が視界を覆い、群衆が消えたはずの広場には、ただ怒涛の奔流が暴れ狂っていた。


 ハーメルンの体は水に呑まれ、紫のマントを翻したまま、ステージの壁に叩きつけられる。

 仮面の笑みがきしむ音さえ、水流の轟きにかき消された。


「う、うぅっ……!」

 僕は思わず声を漏らす。奔流の衝撃は全身を揺さぶったが――。


《防御アルゴリズム作動中》

《致死判定――近距離の大規模水圧衝撃による即死を回避》

 

 冷たい声と共に、透明な守りが僕を包んでいた。

 壁越しに伝わる圧力は、骨をきしませるほどだったのに……それでも、命だけは守られている。






 

 

 やがて――奔流は唐突に勢いを失い、残響だけを残して消えていく。

 濡れた石畳に横たわるのは、ぐったりと伸びたハーメルンの姿だった。


「……まだ、だ……ッ」

 掠れた声で呻きながら、彼はぬらつく腕を這わせる。

 折れた人形のように震えながら、指先は銀の笛へと伸びていった。


「……私を……守れェェ……ッ!!」

 唾を飛ばし、血混じりの咳を吐きながら笛を握りしめる。

 仮面の下の口が大きく開き、狂気の笑みを浮かべたまま――。


 笛に息を吹き込む。


 だが。


 ――音は、一つも響かなかった。

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