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【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第二章 『贖罪の葬列編』
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第40話 『暴走の序曲』

 群衆のざわめきが一段と大きくなり、広場が波打つように揺れた。

 イザナの姿が人混みの中へと消え――数秒後。


 ふっと、マルタの《歪んだ現証ファントム・エビデンス》が解ける。


「――見つけたぞッ!!」

 叫びが響き、兵士の一人が指差した瞬間、堰を切ったように群衆が殺到する。


「追えェェェッ!!!」

「逃がすなァァァ!!」


 背後で怒号が渦巻く中、イザナは肩をぶつけられながらも人混みを縫うように駆け抜けた。

 伸びてくる手を紙一重でかわし、飛びかかってきた兵の槍を斬り払いながら――。


「……ッ!」

 狭い路地の入口が視界に飛び込む。

 迷わず身を投げ込み、石畳を蹴りつける。


 次の瞬間、広場のざわめきが背後に遠のいていった。


 虚ろな瞳の民衆も、鎖に繋がれた囚人たちまでもが、操られるようにイザナの後を追っていく。

 わずか数瞬で、広場はがらんどうになった。


 残されたのは――。

 ラマティとダン、そして舞台の上のハーメルン。


 紫のマントを揺らしながら、仮面の男はゆっくりとこちらを振り向いた。

 仮面の「笑み」は変わらぬまま、声だけが妙に柔らかくなる。


「……さて」

 銀の笛を指にくるくると回しながら、囁くように問いかける。


「あなた方は――追わなくていいんですか?」


「あァ?」

 ダンが眉をひそめ、低く鼻を鳴らす。

 僕は思わずハーメルンを睨みつけたが――額を伝う冷たい汗が止まらない。


 仮面の奥で、ハーメルンの瞳がきらりと光る。

「おやおやァ……? その可憐なお嬢さん……いえ、違いますねェ?」


 ひと呼吸置き、楽しむように舌を這わせる声。

「あなた、“性別”という天秤の外に立っている……! アァァ……なんと愛おしい異端者でしょうッ!!」


 声は次第に甲高く、歓喜に震え始める。

「異端ッ! 異端者ァァァ!! アァァァッッ!! ならば――この血塗れのパレードに加えて差し上げましょうッ!」


「鎖を纏い、仮面をかぶり、踊り狂った果てに……ッ! 肉を裂かれ、骨を砕かれ、内臓をぶち撒けるその瞬間こそォォ……最高の死ッ! 至高の救済ッ! あなたに贈る、神への捧げ物ッ!!!」


「……ふざけんなよ」

 ダンが歯を食いしばり、拳を固く握りしめた。

 濃い褐色の肌に浮かぶ怒りの血管が、今にもはじけそうに脈打つ。


「ダン……」

 僕はそっと彼の腕に手を触れ、小さく首を振った。

「大丈夫だよ。落ち着いて……」


「……ラマティ……」


 低く唸るように返した彼の目には、怒りと同じだけの仲間を想う色が宿っていた。

 そんなやり取りを、仮面の下から舐め回すように眺めていたハーメルンの声が、ねっとりと響く。


「アァァ……美しい……ッ! 黄金の髪……繊細な肌……衣の裾から溢れるその清らかな光……ッ! なんと……聖女だ……あなたは聖女なのかッ!? アァァァッ! 聖女ォォッ!!」


 狂気に濡れた声は、さらに歪んでいく。

「その瞳を舐め尽くしたい……ッ! その髪をむしり取り、胸に抱きしめ、地に叩きつけたいィィッ!! 清らかであればあるほど……壊したい! 辱めたい! 血と絶望に沈めて……供物に変えたいィィッ!!!」

 

 そう叫ぶと、ハーメルンは恍惚とした顔で自分の首を両手で掴み、軋むほどに絞め始めた。

 仮面越しに苦悶の笑みが浮かび、かすれた喘鳴が広場に響く。


「……ッ、クソ……ごめん、ラマティ……やっぱり、抑えられねえ……!」

 ダンの全身が震え、濃い褐色の肌に血管が浮き上がる。握りしめた拳は、爆ぜる寸前の火薬のようだった。


 その瞬間――僕の脳裏に、冷たい声が割り込んだ。


《警告――対象:ダン》

《ユニークスキル【粉砕愚者(クレイジーフール)】発動を感知》

《制御不能――暴走の危険性大》


「……大丈夫」

 僕は強く言い切った。

 ダンの荒い呼吸を遮るように、彼の背へ手を置く。

 その声に、ダンの巨体が一瞬だけ震える。


 ――だが。


「ほぉォォ……? これはこれはァァ……」


 ハーメルンが銀の仮面越しに嗤い、指先で笛をつまむ。

「あなた……狂戦士系の能力者ですねェ? お見通しですよ……ッ! ならばァァ……理性を乱す旋律を奏でましょう!!」


 笛先を高く掲げ、仮面の奥で嗤いながら息を吹き込むと、甲高く澄んだ旋律が広場を満たした。


 一瞬、それは天上の調べのように美しかった。

 だが次第に旋律は鋭さを帯び、空気を裂く刃となって耳を突き刺す。

 心地よい響きに包まれているはずなのに、骨の髄を掻きむしられるような悪寒が走る。


「ぐ……がァァァァアアアアアッ!!!」

 ダンの瞳が血走り、濃い褐色の肌に黒い血管が浮かび上がる。

 筋肉が盛り上がり、衣服を引き裂きながら、体躯はさらに膨張していった。


「……っ……!」

 僕は息を飲み、拳を握りしめる。

 次の瞬間――ダンの腕が唸りを上げて振り抜かれ、石畳が粉砕された。

 破片が宙を飛び散り、僕は思わず距離をとる。


「ダンっ……!」

 呼びかける声は届かない。

 獣じみた荒い息を吐きながら、ダンは赤黒く光る瞳でこちらを見据え――咆哮と共に襲いかかってきた。


「アァァァァァッハッハッハッハァァァ!!! いいッ! いいですよォォッ!! 理性を捨て、ただ破壊の獣となる……! あぁ、これぞ供物ッ! これぞ神の調和ァァァ!!! もっと壊せェェッ!!! 愛しき街もッ! その仲間もッ! 目の前の“異端の聖女”すらァァッ!!!」


 舞台の上で、ハーメルンが狂喜の声を張り上げる。


「ダン――っ!」

 僕の声は、獣の咆哮にかき消された。

 振り下ろされた巨腕が、空気を裂き、僕の頭上へ迫る。


 逃げられない。避けられない。死ぬ――。


 その瞬間。


《――防御アルゴリズムを起動》


《対象:ラマティ》

《――攻撃強度を計測――致死判定》

 

 閃光が弾け、目の前の拳を包むように透明な壁が生まれた。

 轟音と共に叩きつけられた衝撃は、壁越しに肌を焼くほどの圧を伝えてくる。


 脳裏に、冷たい声が続く。


《対象スキル:粉砕愚者(クレイジーフール)


《制御権限スキル――ハンドラーを使用します》

《共鳴開始……同期率、上昇中》


 透明な壁を砕かんばかりの拳を振り抜いたダンは、血走った瞳でこちらを睨みつける。

 呼吸は荒く、唾を飛ばしながら咆哮を上げ――。


「グガァァァアアアアアッッッ!!!」


 再びその巨躯が突進してくる。

 地面が揺れ、石畳が砕け散る。

 狂気と暴力の化身となったダンが――僕に向かって襲いかかってきた。

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