第39話 『王姫奪還作戦』
イザナとマルタは、群衆のざわめきに紛れて広場の最前列に立っていた。
表向きはただの見物人を装いながら――視線は常に舞台を捉えている。
「……突入しやすい反面、リスクも高いな」
イザナが低く呟き、鋭く瞳を細める。
マルタが小さく息を吐き、
「しかしまあ……舞台下の床板を、槍が突き上がるように改造してあるとはね。それに加えて……あのお嬢ちゃんは、私の《歪んだ現証》のことまで見抜いていた。隠し続けてきたはずなのに……正確に性能を言い当てられたのは、久しぶりだよ」
「あぁ……婆さん、あんたの能力はクソ強えよ。だからこそ、今ここで使わせてもらう」
二人の視線は、操り人形のように踊らされる姫へと集中していた。
銀の笛が鳴り響く――。
その瞬間、ステージの上の少女の体ががくりと震え、ぎこちなく動き始めた。
腕が、足が、糸で操られる人形のようにカクカクと踊りだす。
淡いピンク色の髪が乱れ、首枷と手錠に繋がれた姿は痛々しい。
けれどその澄んだ青の瞳は、最後の誇りを失わずに前を見据えていた。
明るい旋律。軽快なテンポ。
だがその舞は、まるで死を前にした人間の痙攣にしか見えなかった。
「アハハハハッ! もっとだ、もっと踊れェェェ!」
「楽園への階段をォォ! 神の調和を刻めェェェ!!」
群衆は熱狂し、囚人たちは虚ろに見つめる。
「あの少女が……王姫ってことで、いいんだよな?」
「ああ、そうさ……今すぐ解放させてあげたい……もう少しの辛抱だからね」
イザナは視線を鋭くし、懐に忍ばせた包丁の柄へ指先をかける。
「枷と手錠は――俺の《三途ノ裁》で切れる。あとは音楽が止まった、その一瞬の隙を狙う。……きっと、ハーメルンもその瞬間は油断するはずだ」
やがて――曲が終わる。
少女の足元の舞台が音を立てて割れ、下から鋭い槍の群れが突き上がろうとする――。
その一瞬を――イザナは逃さなかった。
群衆を裂くように飛び出し、瞬きする間にステージへ駆け上がる。
「……三途ノ裁」
抜き放たれた刃が閃き、三重の斬線が重なって走る。
空気さえ裂くような鋭さで、首枷と手錠を縛る鎖が一瞬にして切断された。
「――ッ!」
少女の身体を抱き上げると同時に、槍が突き上がり、舞台の床板を貫く。紙一重の回避。
広場がざわめきに揺れた。
その中で、ハーメルンが身を仰け反らせ、銀の笛を掲げて狂ったように叫ぶ。
「なァァァにィィィィッ!? 我が舞台を汚すかァァァ!!! アァァァ――ッ! 返せッ! 返せェェッ!! 供物をォォォ!!!」
腕に抱えられた王姫は、混乱した様子でイザナを見上げ、か細い声を震わせた。
「お、お兄さま……どなたですか? 兵士様でも、聖堂の方でもなさそうで……」
「……あんま喋んな」
イザナは低く言い放ち、視線を前に向けたままだった。
「その答えは後でだ」
――婆さんの能力、《歪んだ現証》――対象に触れた瞬間から、精々五秒は“現実”から身を隠せる能力だったな。これだけありゃ充分だ。ここから抜け出すのに、問題はねぇ。
「……あばよ。気持ち悪ィ笛吹ペテン師」
イザナは口元をわずかに歪めると、ステージの縁に足をかけ――一気に飛び降りた。
人混みのざわめきに紛れるように、身をひるがえし群衆の中へと消えていく。
「ナァァァにィィィィッ!? アァァァァァッ!! 追えッ!! 追い詰めろォォォ!!!」
ハーメルンの絶叫が広場に響き渡り、群衆や兵士が一斉に動き出す。
「婆さんッ!」
「あぁ、わかってるよ」
マルタの手がイザナの肩に触れた、その瞬間――。
イザナの姿は現実から隠され、周囲の視線は彼を“存在しないもの”として扱い始める。
だが、それは絶対的な隠匿ではない。
周りの人間はイザナを見ていない。けれど、避けてもくれない。無視して突っ込んでくる兵に肩がぶつかり、思わず息が詰まる。
……チッ。やっぱ面倒だな。
それでも足は止まらない。
舞台の喧騒を背に、イザナは群衆を掻き分けながら駆け抜けた。
――とりあえず――あの骨董品店まで行けば、なんとかなる。俺が戻るまで……耐えててくれ。




