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【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第二章 『贖罪の葬列編』
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第39話 『王姫奪還作戦』

 イザナとマルタは、群衆のざわめきに紛れて広場の最前列に立っていた。

 表向きはただの見物人を装いながら――視線は常に舞台を捉えている。


「……突入しやすい反面、リスクも高いな」

 イザナが低く呟き、鋭く瞳を細める。


 マルタが小さく息を吐き、

「しかしまあ……舞台下の床板を、槍が突き上がるように改造してあるとはね。それに加えて……あのお嬢ちゃんは、私の《歪んだ現証ファントム・エビデンス》のことまで見抜いていた。隠し続けてきたはずなのに……正確に性能を言い当てられたのは、久しぶりだよ」


「あぁ……婆さん、あんたの能力はクソ強えよ。だからこそ、今ここで使わせてもらう」


 二人の視線は、操り人形のように踊らされる姫へと集中していた。


 銀の笛が鳴り響く――。

 その瞬間、ステージの上の少女の体ががくりと震え、ぎこちなく動き始めた。

 腕が、足が、糸で操られる人形のようにカクカクと踊りだす。


 淡いピンク色の髪が乱れ、首枷と手錠に繋がれた姿は痛々しい。

 けれどその澄んだ青の瞳は、最後の誇りを失わずに前を見据えていた。


 明るい旋律。軽快なテンポ。

 だがその舞は、まるで死を前にした人間の痙攣にしか見えなかった。


「アハハハハッ! もっとだ、もっと踊れェェェ!」

「楽園への階段をォォ! 神の調和を刻めェェェ!!」


 群衆は熱狂し、囚人たちは虚ろに見つめる。


「あの少女が……王姫ってことで、いいんだよな?」


「ああ、そうさ……今すぐ解放させてあげたい……もう少しの辛抱だからね」


 イザナは視線を鋭くし、懐に忍ばせた包丁の柄へ指先をかける。

「枷と手錠は――俺の《三途ノ裁(さんずのさい)》で切れる。あとは音楽が止まった、その一瞬の隙を狙う。……きっと、ハーメルンもその瞬間は油断するはずだ」


 やがて――曲が終わる。

 少女の足元の舞台が音を立てて割れ、下から鋭い槍の群れが突き上がろうとする――。


 その一瞬を――イザナは逃さなかった。


 群衆を裂くように飛び出し、瞬きする間にステージへ駆け上がる。


「……三途ノ裁(さんずのさい)


 抜き放たれた刃が閃き、三重の斬線が重なって走る。

 空気さえ裂くような鋭さで、首枷と手錠を縛る鎖が一瞬にして切断された。

 

「――ッ!」

 少女の身体を抱き上げると同時に、槍が突き上がり、舞台の床板を貫く。紙一重の回避。


 広場がざわめきに揺れた。

 その中で、ハーメルンが身を仰け反らせ、銀の笛を掲げて狂ったように叫ぶ。


「なァァァにィィィィッ!? 我が舞台を汚すかァァァ!!! アァァァ――ッ! 返せッ! 返せェェッ!! 供物をォォォ!!!」


 腕に抱えられた王姫は、混乱した様子でイザナを見上げ、か細い声を震わせた。

「お、お兄さま……どなたですか? 兵士様でも、聖堂の方でもなさそうで……」


「……あんま喋んな」

 イザナは低く言い放ち、視線を前に向けたままだった。

「その答えは後でだ」


 ――婆さんの能力、《歪んだ現証ファントム・エビデンス》――対象に触れた瞬間から、精々五秒は“現実”から身を隠せる能力だったな。これだけありゃ充分だ。ここから抜け出すのに、問題はねぇ。


「……あばよ。気持ち悪ィ笛吹ペテン師」


 イザナは口元をわずかに歪めると、ステージの縁に足をかけ――一気に飛び降りた。

 人混みのざわめきに紛れるように、身をひるがえし群衆の中へと消えていく。


「ナァァァにィィィィッ!? アァァァァァッ!! 追えッ!! 追い詰めろォォォ!!!」

 ハーメルンの絶叫が広場に響き渡り、群衆や兵士が一斉に動き出す。


「婆さんッ!」


「あぁ、わかってるよ」

 マルタの手がイザナの肩に触れた、その瞬間――。

 イザナの姿は現実から隠され、周囲の視線は彼を“存在しないもの”として扱い始める。


 だが、それは絶対的な隠匿ではない。

 周りの人間はイザナを見ていない。けれど、避けてもくれない。無視して突っ込んでくる兵に肩がぶつかり、思わず息が詰まる。


 ……チッ。やっぱ面倒だな。


 それでも足は止まらない。

 舞台の喧騒を背に、イザナは群衆を掻き分けながら駆け抜けた。


 ――とりあえず――あの骨董品店まで行けば、なんとかなる。俺が戻るまで……耐えててくれ。

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