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【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第二章 『贖罪の葬列編』
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第38話 『楽園行進曲』

 ダンと僕は、街の中央広場に足を踏み入れていた。

 本来なら市場や祭りで賑わうはずの「祝祭のステージ」。だが今は――処刑の場に転用され、虚ろな目をした群衆が歓喜の声を上げている。


 ――あの夢と、全く同じ光景だ。


「……おいラマティ。本当に大丈夫なんだろうな」

 隣でダンが腕を組み、低く唸るように言った。


 僕は一瞬喉が詰まりそうになったけど、震える声を無理やり押し出す。

 

「だ、大丈夫……。僕は、二人を信じてるから……ダンも、そうでしょ?」


 ダンはニッと歯を見せて笑い、拳で自分の胸を叩いた。

 濃い褐色の肌に、綺麗に並んだ白い歯がひときわ映える。


「当たり前だ! 俺が信じねぇで誰が信じるってんだよ!」


 ステージでは、明るく軽快な音楽が奏でられていた。

 笛と弦が弾むように鳴り、まるで舞踏会の開幕のような華やかさ。

 舞台の端に立つ二人の歌い手――赤と青のドレスに身を包んだ若い姉妹が、澄み切った声を重ね合わせる。

 だが、その明るい旋律に、あまりにも不穏な詞。

 けれど群衆は笑顔で拍手し、涙を流し、熱狂していた。


「……曲は軽やかで声も綺麗なのに、歌ってる内容は気味悪ぃな。背筋が寒くなるぜ」


「曲も……全部、夢で見た通りだ……」


 やがて――紫のマントを翻し、仮面をつけた男がステージに現れた。

 背丈は人より少し高く、けばけばしいほど鮮やかな魔導服をまとっている。

 赤と金の刺繍が走る帽子には白い羽根。銀の髪は闇に溶けるように揺れ、そして――顔を覆う仮面は歪んだ「笑み」に固定されていた。

 喜びとも嘲りともつかぬその笑顔は、目の奥の狂気とまるで噛み合わず、ぞっとする寒気を呼ぶ。


 男の指先には銀の笛。

 それをくるくると回しながら、舞台を大きく踏み鳴らすたび、背後の鎖がじゃらりと響く。

 囚人たちが列をなし、引きずられるように従っていた。


 男は仰々しく一礼し、銀の笛を抱きしめるように掲げる。

 そして、仮面の奥から甲高い声が響き渡った。


「アァァ――ッ! あぁ、愛しい国民諸君ッ!! 見よォ、この鎖に繋がれた罪人どもを! 彼らはこの世という鎖から解き放たれるのですッ! 血をもって楽園へ至り、死をもって神の調和に帰るのですッ!!」


 両腕を広げ、仮面の笑みが観衆を見下ろす。


「我が名は――ハーメルン=ファウスト。壊れた神の天秤が遣わした、楽園の調律者ッ! この笛の音に従い、罪を削ぎ落とすのです! その先にこそ、楽園は築かれるのだァァァ!!」


 群衆が一斉に歓声を上げる。


 ハーメルンは突然、囁くような声へ切り替えた。

「……ならば、差し出すがいい。その命を……その心を……その肉の一片に至るまでェェ……」


 唐突に笛を振り上げ、絶叫する。

「ワタシにッ!! カミにィィッ!!! カミにィィィィィ!!!! カミカミカミカミカミカミカミィィィィィッ!!!!」


 泡を飛ばし、痙攣しながら笑う仮面の奥。だがすぐに背筋を伸ばし、紳士のような口調に戻った。


「……ご安心ください、皆々様。彼ら“罪人”どもは踊り、歌い、そして舞い散る。その屍こそが、我らの信仰を証明するのです」


 笛の先を囚人に向け、狂気に染まった声で叫んだ。


「死こそが、救済ィィッ!!!」


 鎖の音を引きずりながら、ひとりの少女がステージへと引き立てられる。

 淡いピンク色の髪が乱れ、首枷と手錠に繋がれた姿は痛々しい。

 けれどその澄んだ青の瞳は、最後の誇りを失わずに前を見据えていた。


 群衆がざわめく。――王の血を引く者、と誰もが気づいていた。


 ハーメルンはその前に歩み出て、少女の顎を乱暴に掴み、鼻を近づけて深く吸い込む。


「アァ……いい……匂いだ……ッ。恐怖と絶望と、それでも消えぬ誇り……ッ! んっふふふふふふッ!」


 観衆は歓声を上げる。

 ハーメルンは陶酔したように少女の頬を撫で、首枷に繋がれた鎖を軽く弾いた。


「踊れッ……神に捧げる供物よォォッ!」


「……クソ気持ち悪ィな」

 ダンが奥歯を噛みしめ、拳を握り込む。

「今すぐ俺がぶん殴ってやりてぇ」


 僕は彼の横顔を見上げた。

 頭の奥に、夢で見た地獄がよみがえり、喉の奥が震える。

 ――ダンが暴走して、全部消えてしまったあの光景。


 だからこそ、必死に言葉を絞り出す。

「……大丈夫。イザナとマルタさんなら……絶対に成功してくれる」


 祈るように、信じるように。

 あの悪夢を正夢になんか――させないために。

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