第37話 『夢告げの大通り』
店主は顎を撫でながら、低くつぶやいた。
「……もしかしてだが、今日のパレードに行くつもりか?」
マルタは静かに頷く。
「ああ。……あたしは王子と王姫を救い出すつもりさ。できることなら、鎖につながれた者を全員……だが」
彼女の濁った瞳がわずかに細まる。
「あんたは……笛の音に飲まれてなさそうで、本当に良かったよ」
店主は鼻を鳴らし、大きな腕を組んだ。
「ハッ、買い被るなよ。俺ぁただ、昔っからそういう類のもんに鈍いだけだ。笛の音なんざ子守唄にしか聞こえねえ」
けれどその眼光は、長年修羅場をくぐってきた者のものだった。
店主はしばし黙り込んだあと、大きく息を吐いた。
「まぁ、そういうことなら……代金はいらねえ。鞘もつけてやる」
棚の奥から木製の鞘を取り出し、イザナに差し出す。
「……すまないな」
イザナが短く礼を告げると、店主は真っ直ぐに目を見てきた。
「無事に帰ってこい。……ハーメルンは厄介だぞ」
重い言葉を背に、僕たちは店を後にした。
木の扉を押し開けると、埃と古紙の匂いが朝日に溶けていく。
「ありがとな! おっちゃん!」
ダンがぶんぶん手を振る。
「あ、ありがとうございました……!」
僕も慌てて頭を下げる。
「おーう! 次はちゃんと買ってもらうからな!」
店主の太い声が背中を追いかけてくる。
朝の日差しを受けながら、イザナは振り返りもせずに片手をひらりと上げた。
◆◆◆
街の大通りはすでにざわついていた。
旗を振る子どもたち、屋台を並べる商人たち、そして虚ろな笑みを浮かべた民衆――。
「……やけに騒がしいな」
イザナが低くつぶやき、群衆の流れを見据える。
僕の胸がざわめいた。昨夜の夢が、鮮明によみがえる。
――もし、あれが正夢なら。
今日ここで、みんなが……。
足が震えた。だが同時に、逃げられないと分かっていた。
「でも……みんな、聞いて欲しいことがあるんだ」
声がわずかに震える。イザナが横目でこちらを見て、片眉を上げる。
「……なんだ、神託か?」
「う、うん……そんなとこ」
僕は喉を鳴らし、夢で見た光景を思い返す。
――仮面の男、銀の笛、踊らされる王姫、そして……。
「もし今日、このままパレードが始まったら……みんな、死ぬ。夢でそう見たんだ」
ダンが腕を組んで「はぁ?」と首を傾げる。
「夢の話かよ。……お前、変なもん食ったんじゃねえだろな?」
しかし、マルタが歩みを止め、真剣な顔でこちらを見つめた。
「……あんた、本当に見たんだね?」
「……っ」
頷くと、老婆の目が細くなる。
「昔から、戦や災厄の前には“夢告げ”が現れるって話さ。笑えやしない」
イザナはしばし沈黙し、やがて鼻を鳴らす。
「……なら、動くしかねえな。……で、実際どう行動すりゃいいんだ?」
イザナの問いに、マルタが短く答える。
「……街の中央広場さ。あそこがパレードのステージだ……」
僕は拳を握りしめ、息を呑む。
「……ダン、イザナ、マルタさん……みんなを救うには、三人の力が必要なんだ」




