第36話 『三途ノ裁』
店主はため息をひとつ吐き、太い腕を組んだままイザナに顎をしゃくった。
「で? お前さんは何を探しに来たんだ?」
「……武器だ」
「使えりゃ何でもいい。だが、できれば刃物がいいが……」
その時、ふと視線が別の棚に止まった。
「……ほう。これはなんだ?」
長い布にくるまれていたのは、奇妙に細長い刃物だった。剣というには薄すぎ、刀というには妙に真っ直ぐすぎる。
店主が鼻を鳴らす。
「おう、それか。……確か東の国のなんつったっけなあ、“刺身包丁”って代物らしいぜ。この国じゃ生魚なんざゲテモノ扱いでな。使い道がねえから、ずっとここに眠ってた」
「刺身包丁……」
イザナが低く呟き、目を細めた。
「握ってもいいか?」
「かまわねえよ。好きに見てみな」
イザナは静かに布から引き抜いた。
すらりと現れた刃は、光を反射して鋭くきらめく。見た目は料理の道具に過ぎないはずなのに――その直線の切っ先には、戦場の武器にも劣らぬ凄みがあった。
イザナの手が自然に馴染む。握り方も、構えも、呼吸するように自然だった。
その様子を見て、店主が片眉を上げる。
「……へえ。やっぱりあんた、東の国の人間か?」
「いや……まあそんなとこだが、なぜか妙に手に馴染むんだよな。しかも……これ、手入れが異様にいい。きっと何十年も使い続けているはずなのに、まるで新品みたいに綺麗だ」
その時――脳裏に、冷たい声が響いた。
《――残留魔性解析、結果を表示》
《元使用者――【三枚庖丁の翁】》
瞼の裏に、幻のように光景が浮かぶ。
白髪を束ねた老職人が、板場に立ち、魚を捌いている。無駄のない所作。刃が走るたび、三枚に分けられた身が芸術品のように輝く。
《彼の“魚を捌く技術”において右に出る者がなかった》
《その「三枚おろし」の精緻さは芸術と称され、仲間の料理人からは――“魚の命を美に変える男”と呼ばれた》
……元々使ってた人は、そんな人だったんだ。
けれど同時に、アカシックレコードがさらなる情報を告げる。
《注釈――翁は“剣士”ではなかった》
《だが彼が捌き続けた三枚おろしの技は、ついに“秘技”として昇華された》
《スキル名:【秘技・三枚おろし】》
《効果――一振りで斬線が二重に重なる。縦に振れば“縦に二連”、横に振れば“横に二連”。対象をまさに“三枚おろし”にする》
《……魚を斬り続けただけの料理人が、生涯人を斬らずして到達した極致》
思わず背筋が震える。
戦場の血風を知らずとも、人はここまで至れるのか。
《未来には“慣性の多重残存理論”として語られる世界も存在します》
《振るった運動エネルギーが“複製”され、時間差なく多重に再現される。身体は一度しか動かしていないのに、空間には複数の軌跡が残る》
《――常識的にはあり得ない現象。議論の土俵にすら上がらない》
「……うぅん……言ってること、ちょっと難しいや……」
《アーカイブ参照――後世、この技法は剣技として“昇華”されます》
《スキル名:【三途ノ裁】》
《効果――一振りで斬線が三重に重なる。縦に振れば“縦に三連”、横に振れば“横に三連”に断ち切る業》
《料理人が到達した二重の極致は、剣技として昇華され、やがて戦場で“三重”へと至ったのです》
《――適合者を確認》
《対象:イザナ》
《スキル付与を実行します》
脳裏に冷たい声が響いた瞬間、刃の奥から淡い光が溢れた。
イザナは思わず目を見開き、わずかに息を呑んだ。
「……おい、どうした? 東の坊主」
店主が訝しげに眉をひそめる。
イザナはすぐに表情を戻し、淡々と刃を布に納めた。
「……いや、なんでもない……それでこれ、いくらだ?」
「へっ。あんなもん、売り物にもならねえし場所取るだけだ。……銀貨二十枚でいいぞ」
「……まあ、それくらいか」
イザナは包丁を受け取る。
そして誰にも聞こえないほどの小声で呟いた。
「――三途ノ裁、か。……俺が使いこなしてみせる」
★★★
《スキル名:三途ノ裁》
《効果》
・一振りで斬線が三重に重なる。
・縦に振れば“縦に三連”、横に振れば“横に三連”に断ち切る業
《発現由来》
・元使用者は料理人【三枚庖丁の翁】。
・魚を捌き続けた生涯の果てに、「三枚おろし」が極致の技へ昇華した。
・戦場に立たず、人を斬らずとも到達した“究極の精緻”。
《未来解釈》
・慣性の多重残存理論――振るった運動エネルギーが「複製」され、時間差なく再現される現象。
・常識的には不可能とされ、議論の土俵にすら上がらない。
《副作用・制約》
・斬撃は常に「同じ斬線上」にしか出せない。
→ 例:縦に振れば“縦に三連”、横なら“横に三連”。
・一度に広範囲を制圧できるわけではなく、剣筋を読まれると弱い。
《備考》
・本来は「食を満たす」ための技。
・戦場で振るうこと自体が本末転倒であり、皮肉。
・【三枚庖丁の翁】が決して人を斬らなかったのは、むしろ“奇跡”である。
・もし戦場に立っていたなら、ただの料理技が最悪の殺戮技へ変わっていた――。




