第34話 『夢の残滓と路地裏のアンティークショップ』
――はっ。
全身が汗に濡れていた。喉は渇き、心臓はまだ暴れ馬みたいに暴れている。
……夢、だったのか?
額を押さえながら、僕は荒い息を整える。視界に飛び込んできたのは、差し込む朝日の眩しさだった。
市場には行商の声が響き、子どもたちが駆け回り、焼きたてのパンの匂いが通りを満たす。
それでも、頬を大粒の涙が伝っていた。止めようとしても止まらない。
「……おい」
低い声に顔を上げると、窓辺に立つイザナがこちらを見ていた。
「おはよう。どうした、お前……悪夢でもみたのか?」
僕は慌てて袖で涙を拭った。
「……ダンは?」
「寝てる」
イザナは視線をベッドの方に向ける。彼の大きないびきが部屋中に響いていた。
やがて、ダンも大きなあくびをしながら上体を起こす。
こうして僕たちは、四人そろって宿屋を後にした。
通りに出ると、さっそく陽気な行商人が声を張り上げる。
「新鮮な果実だよー! 今朝採れたばかりだ!」
子どもたちが笑い声を上げて走り抜け、広場では大道芸人が小さな火花を散らして人々を沸かせている。
「……なぁ、昨日のあれが嘘みてぇだ」
ダンが首をかしげ、鼻をひくつかせる。
「肉の匂いもする! うおー、腹減った!」
「……浮かれるな」
イザナが低く制したが、その声にはわずかに硬さが混じっていた。
僕は思わずダンの顔を見つめてしまった。
――夢の中で、彼は……。
昨日のショッキングな光景が胸の奥によみがえり、喉が熱くなる。泣きそうになったその時、ダンが怪訝そうに眉をひそめた。
「……なんだよ、変な顔して」
「……っ……なんでもないよ」
慌てて笑顔をつくるが、頬の奥がぴくりと震えるのを止められなかった。
老婆足取りこそゆっくりだが、背筋を伸ばしながら街並みに目を細める。
「……これが、昼の顔さ。みんな知らんふりをしてるんだよ。夜の出来事も……きっと心の底では気づいてるのにね」
「……うん。見て見ぬふり、ってこと……なんだね」
思わず僕は小さく答えた。明るい笑い声が響く広場に、昨日の虚ろな影を重ねながら。
イザナは人々の流れを観察していたが、やがて低く呟いた。
「一応、念のためだが……武器が欲しいな。アクレイアさんから貰った銀貨は少ししか残ってないが」
すると、老婆が顔を上げる。
「……それなら心当たりがあるよ。昔からやってるアンティークショップがあってね。妙な品ばかり置いてるけど、掘り出し物もある」
「骨董店かよ。おいおい……俺が欲しいのは武器なんだが」
「いいから、行ってごらん。時には“ガラクタ”の中に、本物が眠ってるもんさ」
◆◆◆
案内されたのは、大通りから外れた細い路地裏だった。
両側に積み上げられた樽や木箱が壁のように並び、その奥にひっそりと小汚い扉がある。板は色あせ、錆びた取っ手には蜘蛛の巣がかかっていて――どう見ても「店」には見えない。
「……ここ、か?」
イザナが訝しげに目を細める。
「そうさ。見た目に騙されるんじゃないよ」
老婆は軽々と扉を押し開けた。
ぎぃ……と鈍い音が響き、中へ足を踏み入れると――一瞬で空気が変わった。
薄暗い外観とは裏腹に、店内は天井まで届く棚がずらりと並び、古代の装飾品や錆びた武具、奇妙な瓶、地図の切れ端までが所狭しと並んでいる。
壁にかかったランプがぼんやり灯り、色とりどりのガラスに反射して、不思議な輝きを放っていた。
「うおおおっ……! なんだここ……宝の山じゃねえか!」
ダンが目を輝かせ、鼻息を荒くする。
僕も思わず息を呑んだ。
埃と古紙の匂いの中に、妙に澄んだ気配がある。――ただのガラクタじゃない、確かに“何か”が眠っているような……そんな気配が確かにあった。




