第31話 『束の間の平穏』
街の大通りを抜け、僕たちは宿屋の木製の扉を押した。
中は煮込み料理の匂いと暖炉のぬくもりに満ちていて、さっきまでの夜の砂漠の冷たい空気が嘘みたいだった。
「いらっしゃい」
丸々とした宿の主人が出迎え、こちらを値踏みするように見た。
「四人、部屋と食事を頼みたい」
イザナが淡々と切り出す。
主人は顎に手を当て、ちらと老婆に視線を向ける。
「……随分やつれてるな。わかった、一泊四人で銀貨一枚でいい」
「……やっす!」
思わずイザナが低く声を漏らし、僕とダンはぽかんと振り返った。
「普通なら倍は取るぞ。……まあいい」
珍しく驚きを隠さないイザナを見て、主人は苦笑する。
暖炉のそばに腰を下ろした老婆は、ゆっくり語り出した。
「……リブラリアは、元は優しい国だったよ。重税も、全部理由があった。大地は痩せ、戦で人は減り……それでも、王たちは国を守ろうとしたんだ。だが……人は理由なんて見ちゃくれない。ただ“苦しい”と、それだけで憎む」
その声には寂しさと悔しさが混じっていた。
僕たちは言葉を失ったまま、しばし沈黙した。
やがて店主が大きな皿を抱えてやって来る。
「もう夜だし、食えるもんはこれしかねえけどよ……よかったら食いな」
皿の上にはパンと豆の煮込み、香辛料の匂いが漂う焼き肉が並んでいた。
「……すまない」
イザナが低く礼を告げる。
老婆も小さく頭を下げた。
「宿にまで泊めてもらって……それに、こんなご馳走まで……すまないねぇ」
だがイザナは即座に首を振る。
「……気にするな。婆さんがいたから安くなったんだ。礼なんざ不要だ」
ダンは肉を手づかみで口に運び、もぐもぐと咀嚼しながら声をあげた。
「んん〜! うめぇ! やっぱ店の飯は違ぇな! パンが柔らかいだけで涙出そうだぜ!」
「ひ、ひどい! 僕だって食べたいのに……!」
思わず身を乗り出す僕に、ダンはにかっと笑ってパンをちぎってよこした。
僕は思わず笑みをこぼし、瓶を抱えたまま小さく息をついた。




