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【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第二章 『贖罪の葬列編』
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第29話 『砂漠に咲いた一輪の花』

 イザナは黙って老婆を見つめ、それから短く息を吐いた。

「……話はわかった。嫌なことを聞かせて悪かったな。保存用のパンならある。それで少しは生きながらえるはずだ。その間に……好きに生きろ。せっかく拾った命だ、大事にしたほうがいい」


 だが老婆は、震える体で首を横に振った。

「……いいや。あたしゃ、行くよ」


「無理だ!」

 ダンが即座に声を荒げる。

「そんな体で王国に行けば、確実に死ぬ! やめとけ!」


 けれど僕の胸の奥では、言葉にならないざわめきが膨れあがっていた。

 気づけば足が勝手に前へ出ていた。

「……別に助けに行くだけでしょ?」

「見せしめにされてるなら、助けて逃げればいいんだよ……! だ、誰かを救う方法、絶対にあるはずだよ……!」


「甘いな」

 イザナが冷たく切り捨てる。

「だが――全く不可能ってわけでもない」


「……え?」

 僕は思わず首をかしげる。


 彼は懐から革袋を取り出した。そこには、レイヴェルから渡された許可証と免税証が入っていた。

「俺らにはこれがある。レイヴェルから渡された許可証と免税証だ。入るだけなら造作もない。この婆さんもガイドを装えば門番も通すだろう」


 イザナの視線が老婆に向く。

「……だが、あくまで入るだけだ。後のことまでは保証できん。婆さん……本当に行くのか?」


 イザナの問いに、老婆は皺だらけの顔を上げた。

「……あたしゃ、まだ見捨てきれないんだよ。子どもたちを、弟子を……あの行進に囚われた人間を。あたしの役目は、まだ終わっちゃいない」


 その目は濁っていながら、不思議と澄んで見えた。


「……っ」

 胸がぎゅっと詰まる。

「なら……僕も行く! 神託がそう言ってるんだ。……僕の中の声が、“行け”って、そう言ってるの!」


「正気かよ……」

 ダンが頭を抱える。

「お前なぁ、簡単に言うけどな、死ぬかもしれねぇんだぞ!」


「……死んでもいい」

 声が震える。けど、引き下がりたくなかった。

「僕だって……奴隷だった。見せしめにされる痛みも、絶望も……知ってる。だから……見過ごせないんだ!」


 イザナはしばし沈黙し、それから深く息を吐いた。

「……やれやれ、どうして俺はこういう連中とばかり縁ができるんだか」

 ぼやきながらも、荷台に置いていた外套を老婆の肩にかける。

「……分かった。婆さん、御者台に乗れ。王都までは送ってやる」


 老婆は小さく肩を震わせ、何度も頭を下げた。

「……ありがとう、本当に……」


 その時だった。

 砂地の隙間から、小さな白い花が一輪、風に揺れて咲いていた。

 老婆がそれを見つけ、皺だらけの頬に、初めて柔らかな笑みを浮かべる。


「……生きるもんだねぇ。砂漠でも、花は咲く」


 イザナは無言のまま御者台に立ち上がり、老婆を支えて座らせる。

 手綱を握った瞬間、馬が軽く嘶き、馬車は再び砂漠の道を走り出した。

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