第2話 『奴隷と芽吹の魔法』
静寂の中、奴隷小屋の隅で埃を払っていた僕は、ふと小さなものを見つけた。
「……豆?」
指先で摘み上げると、それはあずきほどの黒い豆だった。
それを両手を器のように丸め、胸に抱えるように包み込む。
次の瞬間――自然と、どうすればいいかが分かっていた。
理由なんてない。ただ、当たり前のように「魔力を込める」という行為を思いついたのだ。
なぜ知っているのか、自分でも分からない。
けれど今の僕にとって、それは大した問題ではなかった。
小さな唇がふっと綻ぶ。
両手から柔らかな光が広がり、豆の殻がかすかに震える。
「……っ!」
裂け目が開き、白い芽が顔を出す。
「……すごい……!」
喜びに目を輝かせる僕に、背後から声がかかった。
「ラマティ……お前、植物を成長させる魔法が使えるのか?」
「え……?」
振り返ると、イザナが半眼でこちらを見ていた。
僕は慌てて首を横に振る。
「わ、わからない……でも、なんとなく……こうすればできるって思ったんだ」
イザナはしばらく黙って豆の芽を見つめ、ふっと口元を緩めた。
「……そうか。じゃあお前、将来は魔法使いになれるんじゃねぇの?」
「ま、魔法使いに……?」
一瞬ためらってから、小さく笑みを浮かべた。
「……でも、本当になれるとしたら、回復系の魔法使いがいいな。誰かを助けられるやつ……それに、僕のぼやける視界も治したい」
イザナは少し目を細めて、その言葉を噛みしめるように呟いた。
「……回復……か、ラマティは優しいな。そうやって夢を持てるのは……いいことだ」
「え……イザナは……夢とか、ないの?」
問いかけに、イザナはしばし口を閉ざした。やがて、かすかに笑みを浮かべて答える。
「……俺も、昔は考えたことがあった。剣士になりたいってな。剣を握って、仲間を守れるような……そんな夢をさ……」
そして、ふっと遠い記憶を懐かしむように続ける。
「それと……俺の国には刺身って料理があったんだ。魚を薄く切って、黒い汁に浸してそのまま食う。……この国じゃ信じられねぇだろ? けどな、あれは本当に美味かった。もう一度、食べてみてぇって思う」
「……刺身……」
生魚を食べるなんて想像もつかないが、それを語るイザナの横顔はどこか楽しげで、少し羨ましく思えた。
だが次の瞬間――イザナが胸を押さえ、激しく咳き込む。赤い血が唇から飛び散り、藁の上に落ちる。
「イザナッ……!」
僕は慌てて手を伸ばした。手のひらに残っていた小さな豆を、思わず地面へ投げ捨てて。
黒髪の彼は苦しげに胸を押さえ、それでも薄く笑った。
「……大丈夫だ。昔からのことだ……慣れてる」
イザナの表情の裏で、小さな声が漏れる。
――まあ、この病気じゃ夢も希望もねぇし、俺の死はきっとそんなに遠くないんだろうな。
それを誰にも見せまいと、イザナは血を拭いながら平然を装っていた。
その強がりが、余計に胸を締めつける。
気づけば、視界が滲んでいた。嗚咽を噛み殺そうとしても、細い肩は震え、潤んだ瞳からは大粒の涙が零れ落ちてしまう。
イザナはそんな僕を横目に見て、ふっと笑った。
「……泣き虫だな。まったくよ」
その声音は、からかい半分でありながら、不思議なほど優しかった。




