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【完結】全知の書庫アカシックレコードの継承者  作者: 刻彫
第一章 『囚われの金髪姫』
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第2話  『奴隷と芽吹の魔法』

 静寂の中、奴隷小屋の隅で埃を払っていた僕は、ふと小さなものを見つけた。


「……豆?」


 指先で摘み上げると、それはあずきほどの黒い豆だった。

 それを両手を器のように丸め、胸に抱えるように包み込む。


 次の瞬間――自然と、どうすればいいかが分かっていた。

 理由なんてない。ただ、当たり前のように「魔力を込める」という行為を思いついたのだ。

 なぜ知っているのか、自分でも分からない。

 けれど今の僕にとって、それは大した問題ではなかった。


 小さな唇がふっと綻ぶ。

 両手から柔らかな光が広がり、豆の殻がかすかに震える。


「……っ!」


 裂け目が開き、白い芽が顔を出す。


「……すごい……!」


 喜びに目を輝かせる僕に、背後から声がかかった。


「ラマティ……お前、植物を成長させる魔法が使えるのか?」


「え……?」

 振り返ると、イザナが半眼でこちらを見ていた。

 僕は慌てて首を横に振る。


「わ、わからない……でも、なんとなく……こうすればできるって思ったんだ」


 イザナはしばらく黙って豆の芽を見つめ、ふっと口元を緩めた。

「……そうか。じゃあお前、将来は魔法使いになれるんじゃねぇの?」


「ま、魔法使いに……?」


 一瞬ためらってから、小さく笑みを浮かべた。

「……でも、本当になれるとしたら、回復系の魔法使いがいいな。誰かを助けられるやつ……それに、僕のぼやける視界も治したい」


 イザナは少し目を細めて、その言葉を噛みしめるように呟いた。


「……回復……か、ラマティは優しいな。そうやって夢を持てるのは……いいことだ」


「え……イザナは……夢とか、ないの?」


 問いかけに、イザナはしばし口を閉ざした。やがて、かすかに笑みを浮かべて答える。

「……俺も、昔は考えたことがあった。剣士になりたいってな。剣を握って、仲間を守れるような……そんな夢をさ……」


 そして、ふっと遠い記憶を懐かしむように続ける。

「それと……俺の国には刺身って料理があったんだ。魚を薄く切って、黒い汁に浸してそのまま食う。……この国じゃ信じられねぇだろ? けどな、あれは本当に美味かった。もう一度、食べてみてぇって思う」


「……刺身……」

 生魚を食べるなんて想像もつかないが、それを語るイザナの横顔はどこか楽しげで、少し羨ましく思えた。


 だが次の瞬間――イザナが胸を押さえ、激しく咳き込む。赤い血が唇から飛び散り、藁の上に落ちる。


「イザナッ……!」

 僕は慌てて手を伸ばした。手のひらに残っていた小さな豆を、思わず地面へ投げ捨てて。


 黒髪の彼は苦しげに胸を押さえ、それでも薄く笑った。


「……大丈夫だ。昔からのことだ……慣れてる」


 イザナの表情の裏で、小さな声が漏れる。


 ――まあ、この病気じゃ夢も希望もねぇし、俺の死はきっとそんなに遠くないんだろうな。


 それを誰にも見せまいと、イザナは血を拭いながら平然を装っていた。

 その強がりが、余計に胸を締めつける。


 気づけば、視界が滲んでいた。嗚咽を噛み殺そうとしても、細い肩は震え、潤んだ瞳からは大粒の涙が零れ落ちてしまう。

 イザナはそんな僕を横目に見て、ふっと笑った。


「……泣き虫だな。まったくよ」

 

 その声音は、からかい半分でありながら、不思議なほど優しかった。

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