第28話 『贖罪の葬列』
老婆は瓶を抱えたまま、小刻みに震える手を膝に置いた。
濁った瞳が、じっとこちらを見据える。
「……助けてくれて、ありがとよ。あんたたち、旅人かい?」
かすれた声。だがその眼差しは妙に鋭い。
イザナは眉ひとつ動かさず答える。
「……通りがかりの商人だと思っておけ。で――なぜこんな場所に?」
老婆は唇を噛み、しばし沈黙した。
やがて、吐き捨てるように言葉を絞り出す。
「“贖罪の葬列”だよ……あたしは、そこから逃げてきたんだ」
「……っ!?」
イザナの眉がわずかに動き、目が鋭さを増す。
「パージ……? な、なにそれ……」
僕は思わず声を漏らす。聞き慣れない響きに胸がざわめいた。
「パレードって……祭りかなんかか?」
寝起きのダンは眉をひそめ、まだ状況を飲み込めていないように呟いた。
老婆はゆっくりと目を細め、低く語り始めた。
「……あれは祭りなんかじゃないよ。今のリブラリアは“壊れた神の天秤”って宗教が牛耳ってるんだ。王国再建を名目にして王家を潰した」
「“贖罪の葬列”……それが今の奴らの象徴さ……」
「囚人たちは鎖に繋がれ、群衆の前を引きずり回される。処刑場へ歩かせる道中そのものを見世物にして、民衆の鬱憤を晴らす仕組みなんだ。罪を裁く行事なんかじゃない――国の敵と決めつけた者をさらし者にして、民に恐怖と服従を植えつけるための行進さ」
「王族に仕えてた貴族や騎士団、反抗の声を上げた民衆、そして……精神耐性を持つ能力者たちだ。そいつらを群衆の前で晒して、処刑場へ引き立てる。正義の象徴だと飾り立てて……」
老婆の手が膝の上で震えた。
「……最初に火をつけたのは、重すぎる徴兵や労役に耐えきれなくなった国民さ。本来なら一時の暴動で終わったかもしれない。けど、“壊れた神の天秤”が介入して、怒りを煽ったんだ。『壊れた天秤』の紋章を掲げてね……正義を量ることをやめ、ただ国民と信仰だけを最上に置くっていう、歪んだ教義を広めながら」
「そして……反乱は本物のクーデターになっちまった。王家は瓦解し、王族は次々に処刑され、当時の国はもう混乱の渦さ……」
「……だが」
老婆は乾いた喉で言葉を紡ぐ。
「あの国は、民を養うために重税を敷いていたんだ……王族は優しかった。戦争や砂漠で荒れ果てた土地を立て直すためには、あれしかなかった。だが……民は、それをわかってくれなかった」
「……あたしは、王子や王姫に仕えていた“教育係”だった。……逃げ延びたが、胸の内は燃えてるよ。まだ檻に囚われている者を……助け出さなきゃならない」
その瞳には、干からびた皮膚からは想像できぬ強い光が宿っていた。
「……う、うん……」
僕は思わず生唾を飲み込む。
「なあ、結局そのパレードって……誰が何のためにやってんだ?」
ダンが腕を組んで首をひねり、難しい顔で言った。
「お前なあ……ここまで聞いてまだそこか」
イザナが呆れ顔で額を押さえる。
でも、僕は少しだけ肩の力が抜けた。
――正直、僕も全部を理解できてたわけじゃない。ダンが聞いてくれたおかげで、自分だけじゃなかったんだって思えたから。
「さっきも言ったが、本当の地獄は、クーデターのさなかに現れた“壊れた神の天秤”なんだよ」
「その宗教を名乗る連中。指導者は……ハーメルン。銀の笛を操り、人の心を操る魔道具《幻奏支配》を使う男」
「……幻奏支配……」
僕は息を呑んだ。
「その音色は、心の奥に巣くう闇を引きずり出し、呑み込む。憎しみや絶望を抱えた者ほど操られやすい。王国再建なんてのは表向きの名目だ。あいつの狙いはただひとつ――国を乗っ取り、壊れた神の“楽園”を築くことだよ」
ダンが腕を組み、少し眉をひそめながらぼそりと呟いた。
「……よくわかんねぇけど……要は“パレード”ってのは、再建の象徴でもなんでもなく……ただの見世物ってことか?」
イザナが短く鼻を鳴らし、ため息をついた。
「……ま、言い方悪いが正解だ」
老婆は頷いた。
「そうさ。罪なき人を囚人に仕立て上げ、行列を作らせる。笛の音で心を縛り、民衆には『王国の正義』だと吹き込むんだ」
胸の奥がざわつく。
奴隷として理不尽に囚われた過去が、老婆の言葉に重なって――。
その時、また脳裏に冷たい声が響いた。
《新たな“縁”を検出》
《推奨ルート:贖罪の葬列――罪なき囚人たち》




