第22話 『王都に残した約束』
結局あの後は、レイヴェルと一緒に夕食を取った。
正直、あんな豪華な食事は初めてだった。金色に光るスープ、香草で焼かれた肉、山のように積まれた果物……まるで絵本の中の宴みたいで、我慢できずに沢山食べてしまった。
さらに白い生クリームで飾られた甘い菓子――ケーキというものまで並んでいて、口に入れた瞬間にとろけるような甘さに驚いた。
極めつけは、やけに冷たい牛乳の味がする氷? アイスクリームと呼ばれるそれを初めて食べたけど……舌がびっくりするほど冷たいのに、甘くて優しい味が広がって、思わず目を丸くしてしまった。
「ひゃっ……つめたっ!」と慌ててほっぺを両手で押さえる。
横でレイヴェルは、終始にこにこと僕を見ていて、ちょっと恥ずかしいくらいだった。
食後、アクレイアさんにお願いして、貸し切りの温泉にも入れてもらった。湯気の中に香り立つ花びらまで浮かんでいて、まるで夢みたいに豪華で……湯に沈んだ瞬間、思わず声が漏れた。
温泉なんて生まれて初めてで、心も体もとろけていくみたいだった。
そして夜。
レイヴェルの押しに負けて、結局同じベッドに寝ることになった。
彼は布団に潜り込むなり、当たり前のように僕にぎゅうっと抱きついてきた。小さな腕なのに驚くほど力強くて、まるで目が飛び出しそうになるほどだ。息まで詰まりそうになって、思わず変な声が出そうになる。
「……つがいごっこしようよ」なんて耳元で囁かれたけど……。
僕にとっては、こんな柔らかな布団に入ったのも初めてで、温かさと疲れに負けて、あっという間に眠ってしまった。
――その後の記憶はない。
……レイヴェル、変なことしてないといいけど。
翌朝。
王城の裏門には、一台の馬車が用意されていた。
灰色の布で覆われた堅牢な造り。古びてはいるが、まだまだ現役で使える馬車だ。馬の毛並みも整った栗毛で、背にかけられた鞍も上質な革製の高級品だ。
何やら――僕とレイヴェルが変なことをしていた間に、イザナがアクレイアさんと交渉を進めていたらしい。
「……これはいいな。想像以上だ」
イザナが荷台を叩き、満足げに言った。
「もう王家の行列に出すには古いが、行商の荷馬車としては十分だよ」
アクレイアさんは口元に微笑を浮かべ、懐からイザナに一枚の札を差し出してきた。
「これは――」
「行商人の許可証。王都から外へ出るには必須のものだよ。それと……」
彼は懐からもう一枚、金縁の証書を取り出した。
「免税証だ。この証を見せれば、王国の税関を素通りできる。だけど条件がある」
アクレイアは視線をイザナへ向ける。
「君の力……“瞬視”。非常時には、国家のために使うと約束してほしい」
イザナはしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。
「……了承する。生き延びるための力でもある。貸すのはやぶさかじゃない」
その言葉にレイヴェルは満足げに笑い、僕の肩にそっと手を置いた。
「これで、どこへでも行けるね。君たちの旅を邪魔する者はいないよ」
「……これで僕も自由に、この世界を生きることができるんだね」
レイヴェルは優しく目を細め、やわらかに口元をゆがめる。
「そうだよ。――これは君の第二の人生だ。焦らなくていい、のんびりと……この世界を知っていけばいいんだ」
胸の奥が温かくなり、僕は小さくうなずいた。
一方、ダンは馬車の荷台を覗き込み、目を輝かせていた。
「おい見ろよ、毛布がぎっしりだ! 食料も! ランタンも! ……ふかふかじゃねぇか!」
そのまま毛布を抱きしめ、笑顔でごろりと転がる。
イザナは許可証を手に取り、真剣な目で確認していた。
「……これで道中は問題ない。王都の兵に止められても通れるな」
僕はそんな二人を見ながら、ふと背後に立つレイヴェルを振り返った。
銀色の髪に朝日が差し込み、その姿はどこか眩しくて――胸が痛む。
「……本当は、もっと一緒にいたい。でも……」
レイヴェルは一瞬だけ視線を伏せ、それからまっすぐ僕を見つめて言った。
「君たちをこれ以上、王都に引き留めるわけにもいかないしね。……でも、困ったらいつでも連絡して。必ず力になるから」
そして小さく息を整え、少し照れくさそうに続けた。
「……それと、ちゃんと“つがい”になってよ。僕との約束だからね」
そう言いながら、レイヴェルは一歩近づいてきて、耳元に唇を寄せた。
「――僕だけの“つがい”に」
「……っ」
一瞬、息が詰まった。
胸の奥で反射的に――ち、違う、僕は……男なのに……! と否定の声がこだまする。
……でも、これまでいっぱいご飯を食べさせてもらったし、優しさももらった。
せめて言葉くらいは返さないと。
「……うん……ありがとう」
絞り出すように呟くと、レイヴェルは嬉しそうに笑みを返してくれた。
《……ご飯をもらった程度で“つがい”の約束とは。ずいぶん安上がりな縁ですね》
「う、うるさいっ!」
一瞬で顔が真っ赤になり、思わず心の中で叫ぶ。
――アカシックレコードにまで茶化されるなんて、本当に勘弁してほしい。
その時、馬車の車輪が軋みを上げ、ゆっくりと動き出した。
御者台のイザナが手綱を握り、振り返って短く声を飛ばす。
「ラマティ、早く乗れ」
「行こうぜ、ラマティ!」
ダンが荷台から顔を出して笑う。
「……うん」
僕は駆け寄り、荷台に飛び乗った。
「アクレイアさん、ありがとな!」
ダンが大声で叫ぶと、門の向こうで見送る学者は静かに手を振って応えた。
僕は荷台から振り返り、城門の前に立つレイヴェルに手を振った。
銀の髪を揺らしながら、彼も小さく手を上げて応えてくれる。
――その瞬間、胸がきゅっとなって、顔が熱くなる。
「おいラマティ、お前……顔赤くね?」
「……う、うるさい」
小声で振り返り、そっぽを向いた。
ダンはなぜそっぽを向かれたのか分からず、ぽかんと首を傾げていた。
その姿を見届けたイザナが、ふっと鼻で息を漏らした。
――こうして、僕たちの新しい旅が始まった
――第一章、完。
次章へ続く。
レイヴェル「ここまで読んでくれてありがとう……」
ラマティ「よ、よかったら……ブクマと評価、してくれると嬉しいな……!」
レイヴェル「君の沈黙より、その行動のほうが信じられるからね。……そうだろ?」
ラマティ「な……! 読者にまで言わなくていいからぁ!」




