第20話 『鏡の中の少女』
レイヴェルは少し照れたように咳払いした。
「……じゃあ、僕は後ろを向いてる。着替えはメイドに任せるといい」
背を向ける彼の姿を見て、胸が不思議と温かくなる。
すると横にいた若いメイドが、ぱっと微笑みかけてきた。
「お嬢様。ではこちらへ。今のお召し物から別の衣装に着替えてみましょう」
僕は反射的に口を開きかけたけど、言葉は喉で詰まった。
……お嬢様じゃないのに……でも、否定できない……。
メイドは僕の今の服――ふわりと広がる白布に小花の刺繍のワンピース――を器用に脱がせ、新しいドレスを手に取った。
それは薄紫の絹に金糸で縫い取りが施された、より一層華やかな衣装だった。胸元には小さな宝石が散りばめられ、袖口には繊細なレースが揺れている。
布が肌に触れるたび、ぞくりとするほど柔らかい。背中のリボンをきゅっと結ばれ、裾が広がると、鏡の前に立つのも怖いくらいだった。
「――はい、整いました」
若いメイドが一歩下がり、にこりと笑う。
「どうぞ、ご覧になってください」
恐る恐る鏡に視線を向けた瞬間、息が止まった。
映っていたのは――花の刺繍の少女服から一転、まるで舞踏会に出る貴族令嬢のように着飾った“僕”。
薄紫の絹が光をまとい、水色の瞳が鏡の中で揺れる。
「……っ、これ……僕……?」
思わず呟く。
誰がどう見ても女の子。
ドレスの裾を揺らすたび、鏡の中の“僕”は乙女のように微笑んで――。
……こんなの……まるで本当に女の子みたい……。
頬に熱がのぼり、指先が震える。
ずっと否定してきたはずなのに、今の自分を「綺麗」と思ってしまう。
――そんなこと、考えちゃいけないのに。
そのとき、後ろを向いていたレイヴェルがそっと振り返った。
目に映った僕の姿に、一瞬言葉を失い――けれど、すぐに苦笑する。
「……すごく似合ってるよ。けど……ちょっと派手すぎるかも」
「君の金色の髪と水色の瞳なら、やっぱりもっと清楚な白い衣装のほうが映えると思うんだ」
その言葉に、若いメイドが恭しく一礼した。
「かしこまりました。それでは――白を基調とした衣装をご用意いたします」
彼女が棚から取り出したのは、雪のように白いドレスだった。
白い絹地に、淡い銀糸で小花を散らした華やかなドレス。胸元には繊細なレースが縁取りを飾り、裾は舞踏会にふさわしいほど優雅に広がっている。
着替えを済ませ、鏡の前に立つ。
白の衣装に包まれた自分を見た瞬間、息が止まった。
まるで透き通るような金の髪と、水色の瞳の輝きが引き立てられ、鏡の中の“僕”はどこか現実離れした姿に見える。
「……っ」
振り返ったレイヴェルの目が、大きく見開かれる。
声を失い、ただじっと僕を見つめる。
やがて頬に熱がのぼり、彼はかすれるように言葉を漏らした。
「……すごい……本当に……綺麗だ」
その眼差しはからかいでもお世辞でもなく、ただ真っ直ぐな感情の色を帯びていて――
僕は胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。
レイヴェルは小さく息を整えると、照れ隠しのように笑った。
「……もし、次に舞踏会があったら……絶対に一緒に行きたい」
「え……」
レイヴェルは僕の手をそっと取り、じっと見つめた。
「……女の子の手って、こんなに白くて……もちもちして……綺麗なんだね」
「……っ!」
心臓が跳ね上がる。僕は思わず手を引こうとしたけれど、彼の指が優しく包み込んで離さなかった。
「君が隣に立っていたら、きっと僕は誰よりも誇らしい気持ちになれると思うんだ」
真っ赤な瞳が揺れもせず、真っすぐ僕を見つめていた。




