第17話 『勇者と魔王の混血』
――視界の先に、灰色の巨壁がそびえていた。
石を積み上げた城壁は山のように高く、頂には鋭い尖塔が空を突き刺している。
「うおお……! すげぇ……これが王都か!」
ダンが声をあげ、まるで子どものように目を輝かせる。
イザナは細めた瞳で城門を見上げた。
「……防御陣形に特化した造りだな。外敵を想定している」
僕は――言葉を失っていた。
門の向こうから溢れてくる喧騒。
香辛料の匂い、焼きたてのパンの香ばしさ、叫び声と笑い声と鉄の匂いまで……。
今まで知らなかった世界が、一気に押し寄せてきた。
けれど――手首に食い込む鉄の鎖が、現実を突きつける。
自由に入ったわけじゃない……。
僕らはすぐに兵士に連れられ、石造りの建物へ連れて行かれた。
広間には王国の学者や役人たちが並び、机には奇妙な魔道具が並んでいる。
「順に調べろ」
兵士に押され、僕は台座の上に立たされた。魔法陣が淡く光り、体を走査するように揺らめく。
数秒の沈黙のあと、役人の声が響いた。
「……能力無し。ただの虚弱体質だ、ゴミめ」
ざわめきが広がる。
「妙な術を使ったという噂は虚報か?」
「ただの子どもを捕まえてどうする」
僕は下を向いた。――やっぱり僕は、無能なんだ。
そのとき、脳裏にあの無機質な声が響く。
《――能力検査を回避しました》
《アカシックレコードは“既存の能力”として判定されません》
「……え……?」
《世界の記録にアクセスする力は、分類不能の領域にあり、秘匿されます》
つまり、僕が無能と断じられたのは――本当に力が無いのではなく、アカシックレコードが“意図的に隠している”から。
……なんで……? 僕のため……? それとも……。
問いは宙に浮いたまま、役人の冷たい視線が僕を通り過ぎていった。
次に台座に上がったのはイザナだった。
魔法陣が淡く揺らめき、その光が彼を包み込む。
「……これは……」
学者の一人が目を見開き、震える声をあげた。
「特異体質か? 視覚系の能力……“瞬視”と判定される」
「瞬視……?」
ざわめきが広がる。役人たちが口々に囁き始めた。
「コンマ単位で動きを視認できる力……戦闘において圧倒的な優位性を持つ」
「前例がない……いや、古文書に記録がある……!」
「――かつて“日いずる国”に存在したと言われる伝説の剣聖の能力!」
「まさか……その再来なのか……?」
「研究対象になるな。王国としても保護の名のもとに囲い込むべきだ」
イザナは無表情のまま黙って立ち、目を細めて彼らの声を聞き流していた。
続いて、ダンが台座に押し上げられる。
魔法陣が一瞬だけ光ったが、すぐに消えた。
「判定――無能力者。ただの筋肉質な黒人だ」
その一言で、さっきまでの熱気が嘘のように冷める。
役人たちはつまらなさそうに肩をすくめ、視線を逸らした。
「……なんだ、凡俗か」
「無能に興味はない」
ダンは鼻を鳴らし、肩を回す。
「ちぇっ……俺はただの力仕事担当ってことかよ。わかりやすくていいけどな」
その後、僕たちは別々に案内され、イザナだけがどこかへ連れて行かれた。
残されたのは僕とダン。薄暗い部屋で待たされていると――。
軋む扉が開き、一人の学者が入ってきた。
白髪交じりで、穏やかな眼差しをした男。その背後には、年の近い子どもがついていた。
子どもは僕と同じくらいの年頃に見えた。
けれど肌は淡い紫色に染まり、透き通った銀髪を肩に流していて、頭からは二本の角が上へ向かって生えていた。それは黒くて艶やかで、光を受けるたびに鋭くきらめく。
身にまとっているのは、王子らしい豪奢な衣ではなく、軽やかな黒の服。布地は柔らかく動きやすそうで、どこか子どもらしい奔放さを漂わせている。
そして何より――赤い瞳。炎を宿したように鮮烈で、真っすぐに見つめられ、僕の息が詰まる。
「……魔族……?」
思わず呟くと、学者が微笑む。
「気にしなくていい。この子は……少し特別な家系の出なんだ」
そう言って、机の上に一冊の本を置いた。
――表紙には奇妙な文字で、こう記されていた。
『ヴォイニッチ手稿』。
「君に、これが読めるかどうか、試してみたい」
学者の声は穏やかだった。
僕は恐る恐る本を開く。
そこには意味の分からない数式や図形、そして草の絵と調合法が並んでいた。
――だが、僕の胸はざわめいた。
「……知ってる……」
「これ……夢で見たことがある……。この草の調合法も……知ってる」
学者と紫の子どもが目を見開いた。
部屋の空気がぴんと張りつめる。
脳裏で、いつもならすぐに反応をする“あの声”。
――しかし、アカシックレコードは沈黙していた。
学者はしばし沈黙し、それから本をそっと閉じた。
「……そうか。だが、ここで下手に騒ぎ立てるのは得策ではないな」
そして役人たちに向き直り、静かに言い放つ。
「――この子はやはり無能だ。何も特別な力は持っていない」
「……?」
僕は顔を上げる。けれど学者は片目だけで僕に合図を送った。
――黙っていろ。そう告げるように。
役人たちは肩をすくめて去っていき、部屋には僕とダン、学者、そして紫の子どもだけが残された。
学者は本を閉じ、深いため息をついた。
「いいか、ラマティ。この国は能力主義だ。能力の有無が、人の価値を決める。だが裏を返せば、出自の分からぬ能力者は真っ先に利用される存在なんだ」
「……利用……?」
「力を示せば、王国のために使えと縛られる。拒めば、危険因子として処分される。……だから今は、“無能”でいた方がいい」
「……」
僕は喉が詰まり、ただ頷いた。
すると、紫の子どもが一歩前に出た。
小さな角が光を反射し、水色がかった瞳が僕を射抜く。
「僕の名前は――レイヴェル。王家の血筋……魔王と勇者の子孫だ」
「……っ!」
息が詰まる。まさか、目の前の子が――。
レイヴェルはかすかに笑った。
「みんな僕を優秀すぎる王の器だと言う。剣も学問も、何をやっても一番になってしまう」
その声には、どこか寂しげな響きがあった。
「でも……僕はただの子どもだ。でも優秀すぎるがゆえに、友達もいない。だから……」
「――ラマティ。僕と遊んでくれないか?」




