第15話 『虚弱な聖女』
――柔らかい。
背中に感じるのは、藁でも硬い床でもなかった。
ふかふかと沈み込む感触に、思わず僕は目を開けた。
「……ここは……?」
見上げた天井は木の梁。鼻をくすぐるのは乾いた薬草の香り。
起き上がると、古びたけれど清潔に手入れされたソファーに寝かされていたことに気づく。
「ラマティ!」
駆け寄ってきたのはダンだ。安心したように肩を叩いてくる。
「お前、急にぶっ倒れるから心臓止まるかと思ったぞ!」
「……大丈夫か?」
イザナも近くに腰掛けていて、冷静な声ながら目の奥に心配が滲んでいた。
そこへ、奥から薬屋のおばあさんが姿を現す。
「やっと目を覚ましたねぇ。まったく……寝込みの若い娘をソファーで看るのは骨が折れるよ」
そう言いながら湯気の立つカップを差し出してくる。
「薬草茶だよ。体を冷やさないうちに飲みな」
僕は両手で受け取り、口に含む。
ほんのり苦いけれど、不思議と体が楽になっていくのを感じた。
「……ありがとう、ございます、でもお金が」
そう言うと、おばあさんは手をひらひらと振って笑った。
「まったく、素直じゃないねぇ。寝込んでた娘に代金なんて取れるもんかい」
僕はうつむき、言葉を失った。
奴隷だった頃は、誰かに何かをしてもらえば必ず見返りを求められた。
だから、こうして無償の優しさを向けられると――どうしていいか分からない。
「でも……」
「礼ならもうもらってるさ」
おばあさんは棚の薬草に目をやりながら続ける。
「イザナから聞いたよ。あんた、路地裏の子どもを救ったんだろう?」
「……っ」
「医者でもないのに、ただの虚弱な娘が、人を救おうとした。その心意気だけで十分さ」
おばあさんは柔らかい笑みを浮かべ、湯気越しに僕を見つめた。
「だから、今は素直に休みな。体は嘘をつかないよ」
ダンが腕を組み、にやっと笑う。
「そうだぜラマティ。遠慮してっと逆に失礼だぞ」
イザナも黙ってうなずいた。
「恩を素直に受け取るのも、立派なことだ」
僕は唇を噛み、そっとうなずいた。
「……はい」
……その瞬間だった。
店の戸口が乱暴に開かれ、数人の兵士がなだれ込んできた。
甲冑のきしむ音が、薬屋の静寂を切り裂く。
「なっ……!?」
僕は思わず立ち上がる。
兵士の一人が冷たい目でこちらを指差した。
「報告は本当だったようだな。妙な術を使う娘がいる、と」
「――っ!」
胸が跳ねる。まさか、あの治癒のことが……!?
「ちょっと待て、こいつは――!」
ダンが前に出るが、すぐに槍で制される。
イザナは静かに周囲を見回し、息を吐いた。
「……抗っても無駄だな」
「王都へ連行する」
兵士の声が響く。
「お前たち三人まとめて、だ」
「な、なんで……!?」
思わず叫ぶ。
だが返事はなかった。
冷たい鎖が手首にかけられ、僕らは連れ出される。
薬屋のおばあさんが、ただ心配そうに見送っていた。
――こうして僕ら三人は、思いもよらぬ形で王都へと連行されていった。




