第三話 敵兵
姫とその護衛兵たちを馬車はガタガタと揺れた。
ときどき道路の凸や凹に車輪が当たり、一瞬姫を中の椅子から浮かせる。
今姫は自分が追われていると思わないくらい長閑なこの土地。
両側を小川や畑が占める静かな一本道。
兵たちは姫を守るために起きているが、キョホウ帝国軍に王都を落とされてから約六時間。
すぐにでも逃げることができるように姫は昨晩から寝ていない。
甘い花の香りに包まれて彼女の瞼は重くなる。
「す、少し寝させてもらいます。」
そう告げてレモン姫は馬車の壁に身を寄りかからせて静かに寝息を掻き始めた。
立派になったとはいえ、姫はまだ十五だ。
サンミ王国伝統の十六の祝いにまだ達してはいないし、成人して女王を名乗り始めることができるのも十九とまだ四年もある。
王の時から忠実に仕えていた護衛兵からしてみれば、彼女が生まれたのはまだ最近のように思える。
しばらく進んだかと思うと馬の暴れる音で姫は目覚めた。
外で何が起こっているかと窓をのぞいてみればキョホウ帝国の兵士が二人馬車に迫ってきているではないか。
こんな平和な田舎にもやつらが来ていると思うとメロンの人のためにも胸が苦しい。
ここの人に彼らが危害を加えていなければいいが。
「姫様、ここは私たちが止めますのでクロスパタンへ向かってください!」
兵のうち二人が馬車の外に出る。
「分かりました。いずれまた会いましょう。」
姫はもう一人の兵と反対側の扉から出ると道から少し外れた方向に走って行き、小川に沿う高い茂みを目指した。
王が亡くなる前なら姫は確実に兵を心配して自分だけ逃げようなんてことはしなかっただろう。
しかし今彼女はこれが一番得策だと、彼らが彼女のために身を張っているのだと認識し、彼らに信頼を置いた。
「おい、姫は向こうだ!」
敵兵が姫の動きに気づくと同時に彼女の護衛兵の二人も帝国兵の行く手を阻むべく彼らの前に立ちはだかった。
姫の耳には彼らのやりあう武器の当たる金属音、そして力滲んだ声が聞こえた。
姫のすぐ後ろには一人の護衛兵。
他にも敵がいないか、そして後ろから追ってきていないかを見張っている。
彼女と彼はクロスパタン付近までこの小川に沿って茂みに隠れて進むのだ。
これだけ離れればもう見つからないが、ほかにも敵がいるかもしれない故、隠れなければならない。
馬車は車輪を壊され、馬は馬車主を踏んで逃げてしまった。
その時サンミ兵が敵兵の武器をはがすことができた。
武器をなくした帝国兵の一人とさっきまで戦っていた帝国兵は勝てまいと判断し、一緒に仲間に姫の居場所を知らせるべく撤退した。
その場を逃れたは良いものの、護衛兵の二人はもう隠れている姫たちとはクロスパタン、最悪王都まで合流できないだろう。