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朔の絵のスタイル

フローライト第百十三話

朔の作ったキャラがグッズ化された。今度はSデパートの八階部分で期間限定で売り出した。少し間の抜けた怪獣のキャラと可愛い女の子のイラストは人気でファンも多い。ツイッターで宣伝するとたくさんリツーイトがついた。


美園は一人でその販売している場所まで行ってみた。小さなスペースだが、朔のイラストの物が所狭しと置かれてて美園は嬉しくなった。


美園が見ていると「いらっしゃいませ」と店員に声をかけられた。一応帽子にマスクをしていたので、店員は美園だと気が付いてないようだった。それに最近では美園を知らない若い世代も増えていた。


「これ、すごく可愛いでしょ?」と腕時計を見ていると店員が言った。


その腕時計はかなり大きな画面の針の先に怪獣と女の子が付いている。くるくる回っている分を表す針は怪獣で時刻は女の子だ。


「ほんと」と美園は言って笑顔になった。朔らしさが溢れていた。


「つけてみます?」と店員が言う。


「はい、じゃあ」と美園が腕を出すと、その女性の店員が腕に時計をつけてくれた。


「わ、すごい、似合ってますよ」と店員が笑顔になった。


「買おうかな?」と美園はそれを掲げてみた。


「是非」と店員がニコニコと笑顔を振りまいている。


結局、三万ちょっとのその腕時計を買った。店員に軽く頭を下げてから売り場を離れて、休むためにある椅子に座って、今買ったばかりの時計を腕につけてみた。


(怪獣が、女の子にくっついてもまたすぐ離れちゃうんだな・・・)と切ない怪獣君だなとその時計の画面を眺めた。


「あ、美園ちゃん?」と目の前に人が立った。さっき苦しくなってマスクは外してたので、みつかってしまったのかと顔を上げると、そこに立っていたのは武藤司だった。


「あ・・・」と美園は司を見上げた。


「何してるの?」と司が隣に座って来た。


「朔のグッズの展示販売を見に来ました」


「へぇ、そうなんだ。どこでやってるの?」


司が周りを見渡した。


「あっちのエスカレーターの前」


「そうなんだ。どんなのあるの?」


「見てくれたらわかります」と美園が言うと「じゃあ、一緒に来てよ」と司が言う。時間もあったので、まあいいかと美園も立ち上がった。もう一度さっきの売り場に行くと、今度は男性の店員に変わっていた。


「へぇ、彼の作品?」


「そうです」


「あ、美園ちゃんの腕の時計、買ったの?それとももらえるの?」


「さっき買いました」


「ねえ、敬語やめてよ。俺とそんなに年離れてないんだからさ」と司が言う。


「何歳なの?」


「二十九だよ」


「え?そうなんだ。じゃあ、三つくらいしか離れてないんだ」


「そうだよ。美園ちゃんは二十六くらい?」


「そう、もうすぐ二十七だけど」


「そうなんだ。対馬朔も同じ年?」


「そうだよ。同級生だから」


「そっか、確か高校が一緒なんだよね?」


「うん、そう」


 


一通り朔のキャラクターのグッズを見てから、司が「美園ちゃん、時間あるなら少しお茶しようよ」と言った。美園は何となくこないだとはまた違って気さくな感じの司だったので「いいよ」と言った。


そのデパートの十階にあるカフェに二人で入った。コーヒーを頼むと司が「今日は対馬朔はどうしたの?」と聞いてきた。


「今日は仕事の締め切り間近で時間が取れなかったから」


「ふうん・・・何の締め切り?」


「最近ポスターとかの依頼が多くてその締め切り」


「ふうん・・・そう。美園ちゃんはもう歌わないの?」


「私はもうやめたから」


「どうしてやめたの?噂だけど、対馬朔がやめさせたとか言われてるけど?」


「やめさせたわけじゃないよ。自分でやめたし、朔の仕事がちょうど忙しくなってたから」


「そうなんだ。でももったいないな。またやればいいのに」


「たまにユーチューブになら出してるよ」


「そうなんだ。じゃあ、見てみるよ」


「ありがとう」


司はこないだとまったく違って、話し方も柔らかく素直な感じだった。美園は不思議に思って聞いた。


「武藤さん、前にデパートで会った時と全然今は違うみたいだけど・・・」


「え?そう?自分としては同じだけど」


「前の時は、朔を煽るようなことしか言ってなかったから」


「あー・・・そう?あれさ、気に入った奴にやっちゃうんだよね。そんなにひどかった?」


「まあ・・・」


「でも美園ちゃんに対してじゃなかったでしょ?対馬朔に対してだよ」


「そうだけど、朔に言われれば私だって気分悪くなるし」


「あー・・・それダメだよ。対馬朔は美園ちゃんじゃないし、俺はあくまでも対馬朔の絵に関してコメントしただけだからね」


「・・・そうかもしれないけど」


そんなこと初めて言われたなと美園は司の顔を見た。


「対馬朔はさ、最近ちょい堕落してきたから、ああでも言ったらまた気がつくかなって思ってさ」


「堕落?」


「そうだよ。昔のコンクールの絵とかは最高だったんだけどね。最近のは何ていうか・・・あ、こないだ言ったっけ?さも”俺は全部わかってます”みたいな感じが駄々洩れでさ・・・それはそれで個性と言えば個性なのかもしれないけど・・・あーまあ、ちょっと違うか」


「全部わかってますって、どういう意味だろう?」


「んー・・・例えば過去にトラウマがあったとして、そういうのもしっかりがっちりつかんでてさ・・・若い頃はそれもそいつの”色”になるのかなって思うけど、対馬朔の場合はもうそういう時期じゃないでしょ?」


「どういう時期なの?」


「んー・・・もっとキャンバスからはみ出てもいいのかなって・・・あ、これ、芸術家の○○〇みたいな言葉だね」と司が笑った。


笑うと子供っぽくなる司の笑顔を美園は少し不思議な思い出見つめた。そんなところまで考えてるなんて思いもよらないことだった。


「武藤さんはいつから絵を描いてるの?」


「俺?実はー高校の頃なんだよね。スタートはめちゃ遅い」


「そんなこともないけど」


「いやー周りの奴はさ、だいたい子供の時からやってたって奴が多くてさ、まあ、絵の良さに気がついたのがその頃だったから仕方ないんだけどね」


「黎花さんのところにはいつ頃から?」


「今年に入ってからだからほんと最近。前から知ってはいたんだけどね、俺の腕がイマイチでさ。他のところにいたんだけど、そこだと絵を置かせてもらうだけで金かかるし、おまけに来るのも同業者みたいな奴しかこないし・・・売れないしでさ」


「そうなんだ」


「で、思い切って黎花さんのところにきてみたら、俺の絵みてすぐオッケーくれてさ、あ、なんだ、もっと早く来れば良かったなって思ったよ」


司がそう言ってコーヒーカップを持ち上げる。その指は長く、ピアノでも弾いてそうな手だった。


「絵の他は?何かやってるの?」


「普段はエンジニア。まあ、IT系ね」


「そうなんだ、じゃあ、絵と両方やってるんだ」


「そう、絵だけじゃ色々厳しいところでさ」


「そう」


「美園ちゃん、何で対馬朔なんかと結婚したの?」


「朔が好きだからだよ」


「へぇ・・・あいつそんなにいい?」


「いいとは?」


「夜の方」


(は?)と思う。司を見るとニコニコと笑顔だ。


「いいよ」と美園が答えると「へぇ・・・そうなんだ」と悪びれてない司。


(天然?)


そう思ってコーヒーを一口飲もうとすると「俺とはつきあってもらえない?」と言われて、コーヒーを吹きそうになった。


「どういう意味?」


「そのまんま」


「つきあうって、私、結婚してるんだよ?」


「知ってるよ」


「じゃあ、何でそんなこと言うのかわからないけど?」


「え?結婚とかって美園ちゃんもこだわる?そうじゃないと思ってた」


「こだわるよ、普通」


「そうなんだ。天野利成はまったくこだわらないよね?あ、でも、美園ちゃんは天城奏空の娘か」


「・・・利成さんは特別だし」


「特別?どういう風に?」


「利成さんは変な意味で”達観”してるから」


「アハハ・・・達観?」と司がウケている。


(そんなおかしいかな?)


首を傾げていると美園のスマホが鳴った。画面には朔の名前が出ている。


「いいよ、出てよ」と司が言う。


「もしもし?」と美園が出ると朔が「美園、今どこ?」と聞いてきた。


「あ、まだデパート」


「そう、何階?」


「十階」


「え?何してるの?」


「こないだの武藤さんに会ってお茶してるよ」


そう言ったら朔が「は?何それ?どういうこと?」と言った。


「偶然会ったんだよ。それでお茶に誘われたから」


「・・・十階、今から行くから」といきなり朔が言う。


「え?朔、ここに来てるの?」


「そうだよ、仕事システムエラーでできなくて、むしゃくしゃしたから出てきた」


「そうなんだ」


「とにかく行くから」


「○○〇ってカフェだよ」


「わかった」


通話を切ると司が「対馬朔?」と聞いてきた。


「そうだよ、今からここに来るって」


「そうなんだ」


朔が五分もしないうちにカフェに到着した。入り口に朔が見えた時に美園が手を振ると、朔が気がついてこっちまで来た。


「何やってるの?」と朔が司と美園を見比べている。


「まず、座りなよ。店員さん、困ってるよ」と司が朔の後ろの店員を見ていた。


朔が気がついて美園の隣に座ると、その店員が朔の前に水を置いて「注文は?」と聞いた。


「コーヒー」と朔が言う。


「たまたま会っただけだよ」と美園がさっきと同じことを言った。


朔は司の方を見ている。


「たまたま会って美園ちゃんを口説こうとしたら、対馬朔が来ちゃったってところかな」と司がすましていった。


「は?」と朔が美園の方を見る。


「違うって」と美園は司の方を少し睨んだ。


「美園、出よう」と朔が言う。ちょうどその時、さっきの店員がコーヒーを持ってきた。


「あ、コーヒー来ちゃったから飲んでからにしようよ」と美園は言った。けれど朔が立ち上がり「コーヒーいくら?」と聞いてくる。


「いいよ、俺払っとく」と司が言うと「いい」と朔が伝票を持った。


「対馬君、一旦壊そうよ。下手くそな絵は」


司の言葉に美園は(は?)と振り返った。


「武藤さんこそ壊したら?」と朔が意外に冷めた声で言った。


「俺?」


「そうだよ。武藤さんの絵こそ真似だよね」


「アハハ・・・言うね」と司は楽しそうだ。


「行こう」と朔が美園の方を見た。


「対馬君、あ、やっぱり朔って呼んでいい?」と司が言う。


朔は何も答えず行こうとした。


「朔さ、社会の中でどや顔してもくそつまらないだろ?」


そこで朔が行こうとした足を止めた。すると司が続けて言う。


「腹に溜めてるもの出したら、また絵も良くなるかもね。後、美園ちゃんを囲ってるのはやめなよ。そこは気持ち悪いよ」


「お前、いい加減にしろよ」と朔が切れた声を出した。


「あ、やっと反応してくれた」と司が面白そうに朔を見てから続けた。


「今度黎花さんのギャラリーに来てよ。俺の他の絵もあるから」


朔が一瞬軽蔑したような表情を司に向けてからレジの方に向かった。美園は司にかるく頭を下げてから行こうとすると、司が「じゃあ、またね、美園ちゃん」と言って、前の時のように「バイバイ」と手を振った。


「朔、自分のグッズ売り場見た?」


エスカレーターを降りながら美園は聞いた。朔は黙ったままだ。


「ねえ」と美園が言うと「見てない」と言う朔。


「じゃあ、見に行こうよ」と美園にとっては三度目の売り場だがそう言った。


朔は無言のまま、それでも八階のエスカレーター横のグッズ売り場に行ったので、美園も後ろからついて行った。時計を買った時と同じ女性の店員がいて、朔の顔を見るとハッとしたような顔をした。それから後ろにいる美園を見る。


「いらっしゃいませ」とその店員は言った後、「あの・・・失礼ですが対馬朔さんですか?」と朔に聞いてきた。


「そうだけど」と朔が答えると、「あ、ほんとですか?」とその店員はパッと顔を輝かせた。


「私、実はファンで・・・」と言った店員が美園のことをチラッと見てハッとした顔をした。


「あ、もしかして天城美園さん?」と聞いてくる。


「はい、そうですけど・・・」


「え、ほんとに?」とその店員が他の店員の方を見ると、他の店員も気がついてこっちを見た。


結局、朔がサインを書かされた。美園にもと言われたが、「もう芸能人じゃないので」と断った。


写真と言われて朔が断っている。朔は写真はいつも固くなに断るのだ。


 


車に乗り込むと朔が「もう、武藤と話さないで」と言った。


「でも一応黎花さんのところの所属だし、会うこともあるかもよ。それと今日話した感じでは、そこまで悪い奴でもなさそうだったし」


「・・・・・・」


「でも、朔に対しては確かに言い方ひどいよね」


「武藤のこと・・・美園はいいと思ってるの?」


「いいって?」


「絵とか、他のことも」


「絵はべつにそんなにいいとは思ってないよ。他のことって何よ?」


「・・・いい、もう」


朔が黙ってしまった。美園は車を走らせながら、窓の外を見つめている朔をチラッと見た。朔は無表情で窓の外を眺めている。


 


そんなことがあってから数日後、美園は黎花に呼ばれて一人黎花のギャラリーに来ていた。近頃の黎花のところに集まっている若き画家たちは、メンバーが入れ替わってしまっていたので、美園にとっては知らない人が多かった。黎花が少し待っててと言うので、その間皆の作品を見ていた。


「あれ?」と声をかけられて振り向くと司が立っていた。


「あ・・・」と一瞬挨拶に詰まると、司が「また会えね」と笑顔で言った。


「そうだね」と美園も笑顔を作った。


「今日は何?」と聞かれる。


「黎花さんに呼ばれて・・・」


「あ、そうなんだ。俺もだよ」と言う。


「そうなんだ」


「あいつは?対馬朔」


「今日も仕事で」


「そう。朔は最近あれだね、イラストとか雑多な日常って感じだな」


司の言葉に美園もそうだなと思った。最近は油絵よりもイラストの方の注文が多く、こないだのグッズ販売など、細かい仕事が増えていた。


「まあ、ああいうイラストの方が一般受けがいいからね」と司が言う。


 


黎花が「ごめん、待たせて」と言ってギャラリーに入って来た。そして「こっちで話そう」と裏の事務所の方に行く。


事務所のようなところの角の方に、来客ようのスペースがあり、そこにある椅子に司と並んで座った。向かい側には黎花が座る。スタッフの女性が冷たいお茶を持ってきて来てくれて黎花がそれを一口飲んだ。


「忙しいところごめんね」と黎花が言った。


「いいえ」と美園と司は答えた。


「実は、○○〇社でのコンクールが九月頭にあるんだけど、それにお二人さん、あ、朔と司君ね、出品しない?」


「え?朔も?」と美園は少し驚いた。


「そう、朔は最近、あ、こないだは○○〇デパートの依頼で油絵も描いたけど、その他はまったく描いてないでしょ?」


「まあ・・・」


「司君は何回か他のギャラリーから出してたみたいだけど、今回うちから初ってことで挑戦してみない?」


「俺はいいっすよ」


「朔の方は美園ちゃんから話してくれる?」


そう言ってそのコンクールの概要などが記されたパンフレットを渡された。それから他の仕事の内容など、少し打ち合わせをすましてから事務所を出ようとすると、黎花が「あ、美園ちゃん」と呼び止められた。司は一瞬振り返ったが、気を利かせたのかすぐに事務所から出て行った。


「最近、利成さんは元気かな?」


「元気だけど・・・何で?」


それは黎花も知ってるだろうと不思議に思って言った。


「そう、なら良かった」


「何かあった?」


黎花の顔が寂しそうだったので美園は聞いた。


「何もないんだけど・・・最近、ラインしても返事がすごく遅かったり・・・」


「え?まさか既読スルーとかしてないよね?」


「それはまあないんだけど・・・何日も経ってからポツリ一言だったり・・・」


「会ってはいるの?」


「ううん・・・それも・・・」


およそいつもの黎花らしからぬ寂しそうな表情を見てると、ああ、これは利成が黎花を避けてるのかもしれないと美園は思い始めた。


(また?さんざん遊んで、黎花さんは結婚もやめたのに・・・)


美園の方もいつになく利成にカチンときた。


「私から言っとく」


美園が言うと、黎花が少し焦った顔をした。


「い、いいの。元気ならそれで」


(いや、全然良くないでしょ?)と黎花の顔を見て美園は思う。


 


黎花はいいと言っていたが、これは一言利成に言わねばと思いながら表に出ると、「話、終わった?」と司に声をかけられた。どうやら表で待っていたらしい。


「終わったけど?」


美園が言うと「じゃあ、お茶しようよ。そこで」と近くの喫茶店に司が視線を送った。


「いいよ」と美園が言うと、司が嬉しそうな表情になる。


(何か・・・朔にだけだな、この人、ああいう変なこと言うの)


そう思いながら一緒にその喫茶店に入った。頼んだコーヒーが運ばれると司が言った。


「コンクール、対馬朔は参加しそう?」


「んー・・・多分・・・聞いてみないとわかんないけど」


「そう。美園ちゃんは絵は描かないの?」


「私も昔は描いたよ」


「え?そうなんだ。どんな絵?」


「油絵。利成さんから色々教えてもらって」


「へぇ・・・そうなんだ。今度見せてよ。どんな絵か」


「多分、もうどっかいっちゃったよ」


「探してみてよ」とニコニコとする司。


「武藤さんは今までのコンクールはどうだったの?」


「今までの?結果?」


「そう」


「残念。参加賞だよ」


「参加賞?」


「つまり何賞でもないってこと。一次はパスするんだけどね」


「そうなんだ」


「対馬朔は、あれ何回目くらいで金賞取った?」」


「んー・・・二回目か三度目?」


「えーマジかよ?ヤバ」と司が驚いている。


「朔は子供の頃から絵しかなかったんだよ。だから絵を描く時の集中力は怖いくらいだったよ」


「そうなんだ。絵しかなかったとは、どういう意味?」


「家庭が色々とね。それと朔は自分でも言ってたけど、発達障害だって。相手の言ってることが理解できなくて悩んでた時期が長いらしくて。それで毎日絵を描くようになったって」


「へぇ・・・ま、結構あるある物語を対馬朔も持ってるわけね」


「あるある物語なの?」


「そうじゃない?発達障害なんて今ごまんといるよ。もちろんみんなそれぞれのレベルで生きづらさを感じてる。長い間社会が捨ててきた”落ちこぼれ”たちのある意味子供の子供たちが、一斉にのろしをあげている。俺はそう感じてるよ」


美園は真剣な目の司を見つめた。最初のインスタのコメントを入れてきた同一人物とは何だか思えなかった。


「武藤さんは・・・そんな子供時代だったの?」


「俺?そうだな・・・世の中を常に客観視してるような子供だったかな。熱い情熱とは無縁の世界にいたよね。対馬朔のような他人の言ってることがわからないとかはなかったけど、目の前にいる奴の言ってることが嘘くさいなとはいつも思ってた」


「へぇ・・・私とちょっと似てるね」と美園は言った。自分もいつも冷めたような子供だったのだ。


「え?ほんと?ちょっと嬉しいな」と司がほんとにうれしそうな顔をした。


それから一口コーヒーを飲んでから司は話を続けた。


「対馬朔のあの金賞の絵はさ、俺ほんとすごいと思ったのよ。いやーライバルだなって」


(ライバル?)


「ライバルって・・・?」


「あ、賞の端くれにも引っかかってない俺が「ライバル」だなんてって思った?」


「あ、そうじゃないけど・・・」


「いいよ、無理しなくて。一般人はそう思うだろうからね。でもさー俺はあれを表現したいわけ。言葉じゃうまく言えないけど、”ああ、これだ!”って思ったのよ。だけど悲しいかな・・・技術が追いつかない・・・」


司がそう言って笑ってからコーヒーをまた一口飲んだ。


「これだっていうのは、どんな感覚?」


美園が聞くと司が「そうそう、感覚だよなー。言葉じゃない世界に踏み込んでいく・・・ここが難しいというか・・・単純なんだけど難しい。俺の目指してるものがそれなわけ」と嬉しそうに言った。


「それは朔の絵を目指してるってわけじゃなくだよね?」


美園が言うと司が一瞬だけ動きを止めてからコーヒーカップをテーブルに置いた。


「そうだね。目指してはないよ。特に今の絵はね」


さっきまでの陽気な感じの声とは違ってシビアな声に変わる。


「今の絵は良くない?」


「そうだなー・・・良くないってわけじゃないけど・・・むしろ技術は上がってるんじゃない?だけど、何て言うか・・・心が揺れない・・・」


「揺れない?武藤さんって詩人なところもあるんだね」


美園が言うと司は飲みかけていたコーヒーを吹き出しそうになった。


「アハハ・・・美園ちゃんって面白い」


そう言って笑っている司に首を傾げた。何が面白いのかわからない。


「面白いって?どこが?」


「いや、ごめん。笑ったりして。そうやって何でもぶっ壊してくるところかな?確かに”揺れない”なんてちょっと陶酔してるよね」


「まあ・・・」


「でも、そんな美園ちゃんが対馬朔に対しては巻き込まれてるんだね。どうしてだろう?」


「巻き込まれてるっていうのがよくわからない」


「んー・・・対馬朔の物語?さっきの絵が友達みたいな過去っていうの?そういう物語の中に美園ちゃんもいるってこと」


司の言葉を考えてみたが美園はよくわからなかった。


「よくわからないけど」


「そう?それならそれでね」と司がコーヒーを飲み干した。そして「そろそろ行こうかな」と腕時計を見ている。


「じゃあ、美園ちゃん、またね。あ、俺とつきあってていうこないだの考えておいてよ」と司が立ち上がりながら言って笑顔を見せた。


「つきあうのは無理」と美園が言うと「アハハ・・・だから考えておいて」と言って伝票を持った。


「あ、いいよ。自分のは自分で・・・」と言いかけたが司がさっさとレジに行ってしまった。美園も慌てて後から追いかけたが、司は支払いをすまして「じゃあね」と先に出て行ってしまった。


(あー何だか不思議な人だな)


そう思いながら家に戻った。


 


ところがこのことを朔に言うと、朔の機嫌が思いっきり悪くなった。


「何であいつなんかとまたお茶したりする?」


「あ、ごめん。でもコーヒー飲んで少し話しただけだよ?」


「・・・何話したの?」


「朔の話しだよ。あ、黎花さんからコンクールに出ないかって」


美園は鞄から今日黎花からもらったパンフレットを出した。朔はそのパンフレット見てから目の前のテーブルに置いた。


「どう?いいよね?」と美園は朔の隣に座った。


「・・・別に良くないよ」と朔が言う。


「何で?」


「これ、武藤も出すの?」


「そうみたいだよ。二人でって黎花さんが言ってたから」


「・・・俺はいいよ。黎花さんに断って」


「何でよ?」


美園は朔の横顔を見つめた。


「時間ないし」


「それは・・・今回はこないだよりまだだいぶ期間があるし・・・何とかなるんじゃない?」


「・・・・・・」


「朔の昔の金賞の絵、武藤さん見てすごいいいって思ったらしいよ」


「・・・何それ」と朔が美園の方を見た。


「○○〇コンクールの時の、金賞だったじゃない?あれに感化されたって」


「美園って、武藤がいいの?」


「いいとは?」


「だいぶ武藤に好意を持ってるようだから」


(は?)と思う。


「そんなわけないでしょ。好意とかなんてないよ」


「じゃあ、何で二回も武藤とお茶する?そうやって細かい話までする?」


「細かいかな・・・朔の絵の話だよ」


「それが余計だろ」と朔が少し声を荒げた。


美園が黙っていると「このコンクールは出ないから」と朔が言って立ち上がってリビングのドアの方へ行く。


「ちょっと待ってよ」と美園は朔の後を追いかけた。


朔は美園を無視してアトリエに入って行く。


「朔」と美園は朔の後からアトリエに入った。


「こないだのデパートの時の油絵、すごく良かったよ。朔はやっぱりああやって絵の具を使って描く時が一番朔らしいって言うか・・・だからまた描いて欲しいな」


「こないだ描いた」と言いながら朔がパソコンを広げている。


「そうだけど・・・コンクールもたまにはいいかなって」


「じゃあ、美園が出しなよ」とマウスを操作しながら朔が言った。


「は?」


「美園も絵が描けるでしょ?あいつと一緒に描けば?」


(あー・・・)


すっかりいじけたようなことを言う朔を美園は見つめながら、次の言葉を考えていると朔が言った。


「コンクールなんてそもそも意味がない・・・」


「意味がない?」


「今までは売るために・・・認めてもらうために出してた・・・でも、もう意味がない」


「売れたからってこと?」


「・・・そもそも絵に賞をつけるってナンセンスだから」


「そうだけど、社会的には意味があるわけだよ。知ってもらわなきゃ絵も売れない」


「・・・・・・」


「こういうのって波があって、売れてるアーティストがずっと売れ続けるわけじゃないでしょ?そういう人がいるなら、きっと継続的に努力や創意工夫してるからだろうし・・・。社会の波に乗れって意味じゃなくて、朔の世界観を壊せってことでもなくて・・・前へ出続けるってことは必要だと思う」


朔は黙ってマウスやキーボードを操作している。


「朔って」と美園は少しカチンときて言った。


「・・・うるさいな・・・」と朔がパソコンの画面を見ながら言った。


「は?何よ、うるさいって」


何だか今日はイラついて美園は言い返した。


「うるさいから・・・偉そうに」


(は?)と美園は耳を疑った。そんな朔の言い方を聞いたのは初めてかもしれない。


「偉そうって?今の朔の態度の方が偉そうだけど?」


そう声を大きくしたら朔が美園の方を見た。


「俺の絵のことは俺が決める・・・余計な助言はいらない」


冷たい目でそう言われて、美園は口をつぐんだ。朔は美園が黙るとまたパソコンに向かって作業を始めた。


美園はイライラとしたままそれでもこれ以上言っても無駄だと朔のアトリエを出た。トイレに行くと、生理が始まっていた。きっとこれのせいで苛立ったのだろうと思う。


(あー・・・何か・・・朔、変わったな・・・)


そりゃあ、いつまでも同じじゃないのはわかるけど・・・。もちろん高校の頃の朔のままだったらそれはそれで困るだろう。けれど美園はあの頃の朔が好きだった。眠るのも食べるのも忘れて、ただ絵を描き続けていた朔の絵は、本当に素晴らしかったと思う。


もちろん今だって素晴らしい。でも最近はこうやって時々ギスギスしたり、ザワザワしてしまう。


(朔・・・)


何だか急に歌が歌いたくなった。芸能界をやめてからたまにユーチューブにアップしていた歌も、最近はまったくやめていた。美園は物置代わりに使っている部屋に行ってギターを手に取った。ピアノの方がもちろん得意だが、歌手をしていたころはよくギターを弾いて歌った。


── 私、まだもがいている・・・子供の頃に戻るよりも・・・今をうまく生きてみたいよ・・・。(YUI – LIFE)


自分で作詞作曲し、朔からの連絡を待っている頃、必死で歌っていた歌だった。


(あ・・・)


何故か涙が出てきた。


(何で?あの頃の方が辛かったはずなのに・・・)


私はあの頃を懐かしがっている・・・。


── 恋しちゃったんだ・・・多分、気づいてないでしょう?星の夜、願いこめて・・・指先で送る君へのメッセージ・・・。


次に歌った曲も同じだった。朔を待っていた頃の歌・・・。また涙が頬を伝う・・・。するといきなり部屋のドアが開いた。美園はびっくりして手を止めた。


「何やってるの?」と朔に言われる。


「あ、別に・・・」と美園は言ってギターを置いた。


「何?やっぱり芸能界に戻りたいの?」


冷ややかな言い方だった。


「そうじゃないよ。ただ歌いたくなっただけ」


美園は立ち上がって朔が立っている横を通りぬけて部屋を出ようとした。するといきなり腕をつかまれた。


「何?」と振り返ると朔が「そんなに戻りたかったら戻れば?」と言う。


「違うから」と美園が言っても朔が手を離さない。


「こそこそやめてよ」と朔が言う。


「こそこそなんてしてない。たまにユーチューブにアップしてるじゃない?それは朔も知ってるでしょ?」


「じゃあ、何で泣いてる?」


(あ・・・)と美園は頬を手でこすった。


「別に、何でもない」


そう言って部屋を出ようとしたら、朔がいきなり口づけてきた。舌を押し込まれ無理矢理壁に押し付けられる。美園が無理矢理顔を背けると朔が言った。


「・・・浮気してない?」


(は?)と思う。


「何、急に。してるわけないでしょ」


「何か怪しいから・・・」


「は?」


それは朔の方でしょと喉まで出かかったが、美園はそれを抑えた。そんなことを言えば、余計に朔を煽るだけだろうと思う。


「・・・美園って・・・全然自分から求めてくれないよね・・・」


そうだろうか?美園にはあまり自覚はなかった。


「・・・俺だと満足できないから?」


「違うよ。何でそんな話になるのよ」


「俺からしなければ、いつまでもしないでしょ?もし、したいなら求めてくるよね?」


「・・・求めたこともあったと思うけど・・・」


そう言ったら朔が「ハハハ・・・」と急に笑った。


「俺の記憶ではないよ」と朔が言う。


「・・・求めたらいいわけ?朔、何かおかしくない?」


「俺がってこと?俺はそうだね、おかしいかもね」


「・・・そういう意味じゃないよ」


「・・・こんなとこでこそこそ歌ったり、武藤なんかと絵について話したり・・・何だか俺から離れたそうだから」


「そんなことないよ」


「・・・どうだか・・・」


朔がそう言って美園ヵら離れて、無言のまま部屋を出て行く。美園はその後姿を見ながら朔はいまだに自分が朔を捨てると思ってるのだろうかと考えた。


(歌も歌えない・・・)


急にそんな風に思う。何だか気持ちが落ち込むのは生理のせいだろうと思うのだけど、それでもやっぱりいつになく落ち込んだ。


その日の夜は朔は寝室には来ずにアトリエで寝たようだった。

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