第八十一話、特別編!夏だ!海だ!〇〇だ!!その漆!
「黒昇鯉雷!!」
黒い稲妻が走る。それはまっすぐに目の前の敵の急所を打ち砕かんと猛進する。
「あはっ!いい活きッ!!」
その攻撃に怯えることもなく、敵は勢い良く跳ね上がり難なく避ける。
「…っ。」
「この一太刀にすごく正確に魔力が纏われていますねぇ。当たったら木っ端微塵だこりゃ!」
「避けないで受けてよ。あなたでしょ、真剣勝負をしようと言ったのは。」
「逃げは恥でなく作戦の内。そんな簡単なこともわからないんですかぁ?」
悪魔はまるで嘲笑うように、目の前の黒髪の剣士へ言う。
「そちらこそ傷が目立ちますが…一旦戦いを中断してブレイクタイムでも挟みますか?そのくらいの情けはお安い御用ですよ。」
「あなたの情けなんかいらない。こんな傷くらいなんとも…!っ…!」
そう言いつつもその剣士の顔に苦悶の表情が浮かぶ。
「ありゃ〜、だいぶ深い傷ですねぇこりゃ。少し動いただけで真っ赤な血が噴き出る。本気で心配になってきましたよ…。」
「あなたがつけた傷でしょ!!…鬼黒扇っ!!」
雷のように一瞬で距離を詰め、敵の首目掛けて刃を振り払う。
「おっと危ない…!流石のスピードです、黒龍ちゃん!」
「気安く呼ぶな!紫刺・霧雨!!」
無数の針状の魔力の塊が避けた先のイザベルを狙う。
「う〜ん、避けるのもめんどいですねぇ…。なら。」
降り注ぐ針の雨に向かって、手を掲げる。
「宝瓶の三ツ矢。」
彼女の手から放たれた三本の矢はまるで布を編むように交差して、針の方へと進む。
急にその矢の尾から蒼い糸のようなものが現れたかと思うと、針の雨の周りで交差し合い、布のようなものを形成して瞬く間に針の塊を包み込んだ。
「…ッ!」
「さ、レッツショータイム!!」
まるで水瓶のように編まれたそれは、黒龍の方へ口を向ける。
「解放。」
その言葉と同時に針は黒龍へと放たれる。
「なっ…!?ぐぅ…!」
敵に向かって放った攻撃が自分へ帰ってきたことに対応しきれず、いくつもの針がその体に突き刺さる。
「黒龍さん!!」
場外へ避難していた亘希が思わず身を乗り出して叫ぶ。今にも場内に入りそうな勢いだ。
その首元に、ひんやりと冷たい針がそっと触れる。
「っ…!」
「少しでもこの場に割り込むようなら貴方も参戦者として殺してあげるから。」
そう不気味な顔でイザベルは言う。
「まあアタクシとしては別に1対2でもいいんだけど、君じゃあ力不足だ。黒龍ちゃんに本気で戦ってもらうにはまだ傍観者でいてもらわないとね。」
イザベルはゆっくりと地面に伏して苦しんでいる黒龍へと近付く。
「…とはいえ、もう限界か。もう少し遊べると思っていましたが…。」
「…っ…はぁ…はぁ…!」
「待ってて。今楽にしてやりますから。」
そう言いながら刃を振り上げた、その時。
「…は?」
イザベルの体が硬直する。
「…?」
「…なんで。どうして…?っ…!もしかして本体がっ!?」
イザベルは頭を抱えて狼狽始めた。
ピシッと、空間に亀裂が入る。
そのひび割れは徐々に大きくなり、世界を割っていく。
「っ…くそ…!せめてあの男だけでも…!」
そう手を亘希の方へ向けた。禍々しい光がイザベルの手の内へ集まる。
「ふふっ、然らば…!」
その笑みを浮かべた顔がぼとりと地面に落ちる。
頭を失った体は制御を失い、地面に倒れ込んだ。
「なん…で…!?」
「よそ見は禁物だよ。お前は自分で生んだ隙のせいで死ぬんだ。」
イザベルの顔に確かな怒りが浮かぶ。
「正々堂々と言ったでしょうが…!なんでこんな不意打ちを…!」
「それを言うならお前も約束を守ってない。亘希くんを攻撃しないって約束したのに、今殺そうとしたな…?」
「っ…。」
「卑怯な奴が相手なら、私も手段は選ばない。」
そう冷徹に、もう動けない敵へ告げる。
両者はしばらく睨み合っていたが、ついにイザベルがため息をついた。
「…負けた。負けましたよ。認めます。」
「…。」
「今回は、アタクシの負けです。もし次があれば分かりませんけど、今回の勝ちは譲りますよ…。」
「そう。」
また大きく、空間に亀裂が走る。
「あーあ、もう少しで勝てたのになぁ…。そうすれば黒龍ちゃんもあの男も殺せたのに。」
「また名前を…。それにあの男じゃなくて…。…やっぱりいいや。」
「…?」
「お前は、お前みたいな奴はあの人の名前は知らなくていいよ。」
「そーですか。…そろそろ時間切れですね。どうぞ素敵な朝を。」
その瞬間、亀裂の隙間から真っ白な光が差し込み、二人を包み込んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ん…。」
柔らかい布団の中で僕は目覚めた。
急いで時計を見る。
8月31日午前3時。
「よかった…。戻ってこれた…。…?」
戻ってこれた、って、なんだ?
どこかに行っていたわけではないはずだ。なんで今、こんなことを言ったんだ?
頭がズキンと痛んだ。
何かを、何か大事な何かを忘れている気がする。
もう、はっきりと思い出せない。
「…まぁ、いっか。」
布団に再び横になるが眠れない。
いくら目を閉じても眠りにつくことはなかった。
「はぁ…。」
そうこうしているうちに喉が乾いてきた。
そっと部屋を抜け出して、台所へ向かう。
冷蔵庫の中には寝る前に沸かしておいたお茶があった。
お茶を一口口に注ぎ、大きく伸びをした後、再びベッドへ向かう。
そんな中、とある人影が目の端に写った。
ベランダに女の子がいた。
「…ベル?」
昨日も、先月も、寝る前でさえも会ったはずなのに、なぜか無性に懐かしく感じる。
なぜなのかはわからない。
僕はそっとベランダの扉を開ける。
「…起きたの、亘希くん。」
「…!」
静かに開けたのに気付かれていたらしい。
「お、おはよう、ベル。こんな時間にどうかしたの?」
「いや、ちょっとね。夜風を浴びたくなって…。」
「ふーん。…隣、いい?」
「…ごめん、少し一人にさせて。」
「…なにか、あった?」
「ううん、大丈夫。大丈夫、だよ。」
そうまるで自分に言い聞かせるようにベルは言った。
これ以上何があったか聞く勇気は、僕にはなかった。
「…そっか。まだ夜遅いし早く寝なよ。」
そう返すことしかできなかった。
ベルは分かったと返事をした。
ベルは一切その顔を見せてくれなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お邪魔しまーす。」
その声と共にドアの開く音が聞こえた。
急いで玄関へと向かう。
「あっ、アリエ…。」
「おはようございます。お嬢様ももう起きられていますか?」
「うん、もう起きてるよ。」
「よかったです。ではそろそろ行きましょうか。」
「…?行くってどこに?」
アリエは大きく息を吐く。
「自分たちで誘っておいて、本当に忘れたんですか?海にみんなで行くって約束したじゃないですか。」
「ああ…そうだった…。」
すっかり忘れていた。
「外に車を待たせていますから早く荷物を乗せてください。」
「あれ?アリエって車運転できたっけ?」
「できないことはないですが無免許ですので。今回は朱雀様が送ってくださるそうです。」
「ああ…朱雀さんが…。」
亘希の頭に天界で出会った赤髪の女性の姿が浮かぶ。
「大きい荷物、貸してください。運んでおきますので。」
「うん、ありがとう。」
「お嬢様にも早く荷物を乗せて車に乗るようにお伝えください。」
「分かった。」
バタンと扉が閉まる。
さて、ベルを呼びに行かないと…
そう振り返った先にベルの姿は会った。
「うわぁっ!?びっくりした…。急に後ろに立たないでよ…。」
「…ごめん。」
ベルはそう小さく呟く。
「アリエが車に荷物積んでってさ。」
「うん、聞いてた。」
「そっか。じゃあお願い。」
「…うん。」
ベルが荷物を持って亘希の隣を通り過ぎる。
その瞳は一度も亘希を写さなかった。
扉がバタンと閉まる。
「…何か、あったのかな…?」
やっぱりいつもと様子が…。
「早くしてくださーい!!」
外からアリエの声が聞こえる。
亘希は急いで荷物を持って家を飛び出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
外に出ると朱雀が亘希を待っていた。
「久しぶり、亘希君。」
「こちらこそ、久しぶり、朱雀さん。」
「ふふっ、あの旅館ぶりかしら?また会えて嬉しいわ。」
彼女のそばには小さめのマイクロバスが駐車してあった。
「もうみんな乗っているから亘希君も早く、ね?」
「うん、分かった。」
バスに乗り込む。
「あっ、おはよう。」
バスにはもうレイとアルは来ていた。
「おはよう、二人とも。」
「うん、今日は楽しもうね。」
レイはそっぽを向いた。
「シートベルトはきちんと閉めてくださいよ?危ないですから。」
席についた僕たちにそうアリエが忠告する。
「分かってるよ。ベルもつけた?」
「あっ…うん。」
「…?」
どことなくベルの言動がぎこちないような気がした。
バスは夏の日差しの中動き出す。
自然に囲まれた花畑や丘を越え、やがてバスは浜辺へと到着した。
「着きましたね…。」
「うん。」
「それにしても、明日が日曜日で学校が休みなのはよかったですね。」
「うん、おかげで明日も遊べるよ。」
学校に感謝だ。
浜辺にはあまり人はいなかった。
海はどこまでも広がり、穏やかな波がたっていた。
「綺麗だね、ベル。」
「うん…。」
「さてと、やるべき仕事は昨日のうちに終わらせましたし、今日は目一杯楽しみましょう!!もちろん明日も!!」
「おーー!!」
その後は日が暮れるまでビーチバレーをしたり、普通に泳いだり…とにかく楽しく過ごした。
「ふぅ…たくさん遊んだね…。」
軽くシャワーを浴びて更衣室の外で座り込む。
「うん。今までみたいにだらけていたらきっとこんなに楽しい思い出はできなかった。誘ってくれて、本当にありがとう。」
「いやいや、誘ったのはベルだし、礼ならあの子に言ってあげて。…それにしても、レイの水着がウェットスーツなのは驚いたな…。」
皆が王道系の水着を着るなか、レイは何故かウェットスーツを着て現れた。
彼女曰くこの服装が一番合理的、らしい。
彼女の感覚はあまり理解できなかった…。
「…ふふっ。レイも楽しんでたようだしよかったよ。時折笑顔も見せてたし。」
「そうだね。」
こうして男二人だけで話すのは初めてだ。
亘希とアルはなんとなく気が合う友達になっていた。
静かな時間がゆっくりと流れていく。
しかし、その静寂はアリエの声によって遮られることとなる。
「お二人共っ!お嬢様を見かけませんでした!?」
「いや、見てないけど…。」
「まずいわね…。」
「どうかしたの?」
「お嬢様が…ベルが行方不明なんですっ!!」
時間が止まったような気がした。
「はっ…?」
空では光り輝く十六夜月に厚く暗い雲がかかり出していた。




