第八十話、特別編!夏だ!海だ!〇〇だ!!その陸!
「はぁっ!!」
イザベルの猛スピードの尾が宙を切る。
それを黒龍は一つ一つ的確に受けていく。
「やりますねぇ!ならこんなのはどうです?」
一瞬でイザベルの下半身が馬の姿へと変わる。
そして一瞬のうちに距離を詰めた。
振り下ろされる武器を、黒龍は冷静に受け止める。
「ククリナイフ…。」
「アタクシ特注の品です。とくと、味わってくださいませ…♡」
激しい近接戦が行われる。
「亘希くんは下がってて…!」
「分かった…!」
今戦いに参加すれば明らかに負が悪い。
怪我人の亘希が混じれば間違いなく足手纏いになるだろう。
「あれあれあれ〜?逃げるんですか〜?情けないですねぇ〜!」
「戦略的…撤退だよっ!」
「おっと…」
イザベルのナイフが押し返される。
「やるねぇ。」
「亘希くんは必ず守る…!」
「ふぅん、なるほど…。あの男のために戦うと…。健気で嫌いじゃないですよ?」
「…あなたに嫌われても好かれてもどっちでもいいから黙ってさっさと倒されて。」
そう黒龍は冷酷に言い放つ。
「ノリ悪いなぁ…。そんなワルい子には、オシオキしなくちゃね…」
「…っ!消えた…!亘希くん!」
その叫びが届く間もなく亘希の体は吹き飛ばされる。
「ぐっ…!」
イザベルの頭には羊のツノが出現していた。
馬の脚力による速度と羊のツノの硬さが合わさり、とてつもない威力になっている。
「…亘希くん…っ!!」
「ほーら、余計な考え事しながら戦うからこうなる。アタクシとの戦いに集中してくださいよ〜。そうしないと熱中しないってもんですよっ!!」
吹き飛ばされ余裕のない亘希に向かってさらにナイフを投げる。
「…っ…。間に合え…!」
黒龍は限界まで速度を上げ、亘希を押し倒す。
その背中をいくつかのナイフが掠り、鮮血が飛び散る。
「…っ…!!」
「黒龍さん…!」
「さっすがー!褒めてやります。亘希くん…でしたっけ?あなたも女の子に守られてばかりでは、カッコ悪いですよー?」
痛みに震える黒龍の側に瞬きの間に近づき、その背から流れる血を手に取り舐める。
「美味しい…!これまで痛めつけてきたどの者の血よりも絶品ですー!」
「…変態…!」
「あら、アタクシがいつ変態でないと?アタクシは変態であることを矜持とし、今まで生きてきました。そんな言わばドMのアタクシに、その言葉は褒め言葉にしかならないんですよ。」
苦し紛れに黒龍が放った斬撃もいとも簡単に躱し、少し離れたところにその細い足でスタッと着地する。
いつのまにか下半身は馬ではなくなっていた。
「さて、そろそろお遊びはなしにして、いっちょ本気でやりません?」
「…は?」
「だから、早く決着をつけようって言ってるんですよ。アタクシだって暇じゃありませんし、本気で戦った方が楽しいですもん。背中の傷が治るまで待ってあげますから殺り合いましょう!そんなお荷物なんておいて、ね…。」
その言葉が、黒龍のまさに逆鱗に触れた。
「お荷物なんて、口にするな…!」
「じゃあなんていうんです?腫れ物?それともお邪魔虫?」
「…っ。私の、恩人を…そんな…そんな呼び方、するな…!」
「なら言わせないようにしてみたらどうです?アタクシを殺せば、そんなこと言えるわけがありませんし。死人に口なし、ですよ。まあ、出来るんならの話ですが。」
そう不気味な笑みを浮かべながらイザベルは挑発する。
「アタクシだってそんな男興味ありませんし、アタクシの喧嘩を買ってくださるなら、そいつを攻撃しないと約束しましょう。こう見えて、約束は守りますよ、アタクシ。」
イザベルは静かに腰にかけてあるナイフを抜く。
「ふぅ…。」
黒龍も静かに刃を抜いた。
どことなく、息が荒い。怒りのまま進んでしまいそうなその手を亘希は握る。
「っ…!ど、どうしたの、亘希くん…。」
「少し、落ち着いて。冷静に、ね。」
そう助言する。
「…。ありがとう。」
黒龍は大きく息を吸って、吐く。
深呼吸するたび、さっきまで自分の体を支配していた怒りが抜けていくような気がした。
体が、軽くなっていく。
「頑張って。」
「…うん、分かった。」
短く言葉を交わす。
そして完全に体を敵へ、イザベルの方へ向ける。
「怒りが消えた…。スイッチの切り替えも一級品ですねぇ…。」
「まだ、私は怒ってるよ。でも…でも。それは戦って勝ってから晴らすことにする。」
「では、そちらの準備もできたみたいですし…真剣勝負といきましょうかっ!」
蒼白い閃光と黒い閃光がぶつかり合う。
激しい戦いが幕を開けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その頃。
「…で、どこだよここ…。」
ベルは白壁の廊下を走っていた。
どこか高級感漂う廊下だ。所々に細かい装飾がついている。
走るベルの前に、巨大な魚が姿を現す。
「もーっ、また使い魔〜!?」
その巨魚はベルを食おうと突進する。
だが、ベルの前では無意味だ。
「ごめん、どいてどいて〜!」
「…ッ!?」
通り過ぎざまに首を両断され、その巨体が音を立てて崩れる。
「私ちょっと急いでるんだ。亘希くんたちと海行く約束してるからね。…今いつなのか知らないけど。」
永遠に続くように見える廊下をただ突き進む。
時折使い魔が現れるがそれも容易く打ち倒し、ベルは進み続ける。
「もー、ほんと数多すぎ!めんどくさいな…!」
もうどれだけ進んだのかわからない。
どこまで行っても同じ景色。白い廊下に全く同じ装飾。
「亘希くんは大丈夫かな…。無事だといいけど。」
ベルは気づいた時にはこの空間にいた。
昨日眠ったあたりから記憶がない。おそらく眠っている間に何かされたのだろう。
すぐ近くで寝ている亘希が狙われていてもおかしくはない。
「…ん?もしかして…。」
何かに気付いたベルが速度を上げる。
その先には扉があった。
「やっぱり!やっと端にたどり着いたよ〜。…さてと、私をここに閉じ込めた報いを、どう受けてもらおうかっ…!」
扉を蹴破る。
中は広い部屋だった。
豪勢にレッドカーペットが引かれたその先には派手な装飾が施された玉座が置かれていた。
「…ん?」
ふと玉座の側に人影を見つける。
「あなたが私をここに閉じ込めた犯人?」
その影は口角を歪ませ不気味に笑った。
「ええ、ええ、そうですよ。アタクシは貴方様がここにいらっしゃるのをずっとお待ちしておりました…!」
「私を?うんうん、ありがと。でも私、急いでるんだ。友達を待たせてるからね。だからさっさと…」
「まあまあ、そんなに焦らないで…!やっとこうして再会できたんですもん…!ずっと…ずっとずっと、貴方が再臨されるのを待ち望んでおりました!嗚呼、アタクシの愛しい大王様…!」
「…話が通じている気がしないんだけど…。その大王様って誰のこと?」
「それはもちろん貴方様にございます!貴方様とアタクシと、他の部下たちで過ごしたあの日々のこと、未だに忘れられません!」
もちろんベルにそんな記憶なんてない。不思議そうにベルは首を傾げた。
「…ごめん。私にはそんなことした記憶はないんだ。多分人違いじゃ…」
「なんと…!忘れてしまわれたのですか!?アタクシの人生の中で最も楽しかった…あの頃を!?」
「…君が言ってる大王様ってのが誰なのかは知らないけど、多分私じゃ…」
「いえいえありえません、だってアタクシ達はあの日再会の約束をした!そして貴方はこうしてアタクシの前に現れた!嗚呼、いまでも感じます…!懐かしいあの匂いが…貴方から漂ってきます…!嗚呼、なんて愛おしく精錬された魂…!やはり貴方はアタクシに会いにきてくれた!これほど心が踊ることはありません!」
「…。」
何を言っているんだこの悪魔は。
大王?約束?訳が分からない。
「本当にお覚えではないのですか!?アタクシはイザベル・カヴァラス!貴方様に忠実な下僕で、この命果てようと貴方に使えると誓った悪魔です!アタクシは貴方に救われました!そのご恩に報いるため、アタクシはこれまで生きてきたというのに!!思い出してください、大王様!!!」
「あ、あの…。」
「あの苦しくも楽しかった日々!!輝かしい思い出の数々!!私の脳裏に焼き付いて離れない記憶の中にいつも貴方様はおられました!貴方様のおかげでアタクシは人生が満たされました!生きる価値を見つけられました!そんな貴方様がそのことを忘れてしまったとはお労しい限りです!アタクシは何百年経とうと忘れられなかったというのに!!」
そう熱弁しながら、イザベルはベルの方へ歩みを進める。
「こうして再会できて、アタクシは天にも昇る心地で御座います!!もし、あの頃の記憶を一切忘れていたとしても!一からゆっくりと思い出せばいいだけなのです…。」
「ほ、本当に私は…!」
「うんうん、自分がそんな崇高なお方だったなどと信じられないのですよね?分かります分かります。」
「い、いやっ、違っ…!」
「そんな貴方だろうとアタクシは忠誠を誓います!アタクシはどんな貴方様であろうと信じ、従い、命を捧げます!アタクシはただ貴方様のためだけに生きるのです!」
イザベルは更に歩みを進める。
思わずベルが後ずさるが、すぐに抱きしめられた。
「っ…!?」
「嗚呼、懐かしいこの香り…!アタクシが唯一この命をかけてもいいと思った崇高なるお方の、どんな香木にも負けないほどの最高の香り!!」
「っ、離れろ…!」
今にも舐めそうな勢いで顔を擦り付けるイザベルを思わず跳ね除ける。
ショックを受けたような顔でイザベルが固まる。
「あっ…ごめん…。」
「…いえ、以前にも同じ注意を受けていたのを忘れておりました。完全に私の不注意です。申し訳ございません。」
イザベルは深々と頭を下げた。
「いやいいって…」
「どのようにお詫び申し上げましょう?いつか貴方様が命じられたように腕を捥ぎましょうか!?」
「は…?」
「それとも手足の爪を剥ぎましょうか?それとも熱湯を頭から浴びましょうか!?何なりとご指示を、大王様!」
「や、そこまでしなくても…」
「いえいえ、いつものようにさせていたではありませんか!?あの痛みが、苦しみが!忘れられずにアタクシの体を焦がしているのです!!」
…気持ち悪い。
「嗚呼、全ての指を折られ、自由がなくなるようなあの感覚!最高の境地に至ったかのようでした!」
聞くだけで吐き気がしてくる。
知るはずもない記憶をあたかも私自身が体験したように語り、果てには『大王様』がこの悪魔に課していた残虐な罰でさえ私がやったのかのように言われる。
気持ち悪い。
「さあさあ、どのようにアタクシめに罰をお与えになるのですか!?さぁさぁさぁ!!」
「あ…」
気持ち悪い…気持ち悪い…。
彼女から漂う強い香水のような匂いのせいもあるだろうか。
彼女に見開いた目がベルの目とはっきり合う。
「あぁ、記憶を完全に戻した貴方様ともう一度語り合いたいものです!願わくば完全なる大王の復活を…!ふふっ…。」
その笑顔は不気味という言葉では言っても表せないほどだった。
鼓動が高まる。耳元で心臓の音が鳴り響く。
イザベルはまだ何か言っている。
…聞こえない。何も聞こえない。
…ふと、誰かの声がした気がした。
スイッチが切られたように視界が暗転する。
ベルの意識は深い沼の底へ沈んでいった。
キモチワルイ…。
ガタン。
そんな鈍い音がした。
目を開ける。
そこにはボロボロになって、見るも無残な姿になったイザベルの姿があった。
その目は何か驚くべきものを見たかのように開かれていた。
「は…?」
自分の手を見る。
真っ赤な鮮血が私の手を染めていた。
鎌にもびっしりと血がついている。
思わず鎌を落とした。
「な…なんで…?私、が…?でも…だって…!」
手の震えが止まらない。
「な…ぜ…。」
まだ絶命しきっていなかったイザベルが絞り出すように言葉を話す。
「なぜ…忠実な僕であるアタクシが…。そんな…唯一崇め讃えるあなた、さま、に…。」
「…。」
ピシッと音を立てて城が崩れ始める。
床に広がる血の絨毯の上で呆然としていて動けないベルの周りにも多くの瓦礫が降り注いでいた。
「アタクシは…危惧しているのです…。その強大な力が、やがて…貴方様のご友人へと…矛先が向くのではないかと…。ふふっ…今はただ、貴方様に、ご武運を…。」
イザベルがその血に塗れた手を、ベルへ伸ばす。
再び視界が暗くなる。
真っ黒な黒幕に真っ赤な血が飛び散った気がした。
再び目を開けた時にはイザベルは絶命していた。
ベルへ伸ばされていた腕は誰かに斬り飛ばされたかのように遠くに転がっていた。
言葉は全く出ない。
何も、考えられない。
やがて白い光に包まれるまで、ベルは動くことはなかった。




