第七十九話、特別編!夏だ!海だ!〇〇だ!!その伍!
「勝った…。」
戦いの一部始終を見終え、僕は大きく息を吐く。
怪物たちは爆発四散した。
空には僕たちを祝福するように星が瞬いていた。
少しでも役に立ててよかった。
そう安堵したその時、
「…ッ!危ない!」
レイがそう叫んだ。
「え…?」
その瞬間爆発による煙の中から丸い火の玉のようなものが四散した。僕の前に止まったその玉は眩い光を放ったかと思うと爆発した。
声を発する暇もなく、僕の体は吹き飛び、屋上の手すりに打ち付けられる。
唐突に意識が揺らいでいく。
消えゆく意識の中最後にこう聞こえた気がした。
「今思い出してもらっちゃ困るんですよ。」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…さん…きさん…亘希さん!」
その叫びが頭に届いた途端、僕は自分の部屋で目を覚ました。
「ん…ここは…。僕は何して…。」
「安静にしてください。あなたは今体を強く捻挫しています。」
「…何が…あったんだっけ…。」
あまり、思い出せない。
全てが朧気だ。
そんな僕に、アリエは笑いながら言う。
「別に、ただ転んでしまっただけですよ。」
「そっか…。」
アリエがそう言うならそうなのだろう。
少しずつ記憶が鮮明になってきた。
そうだ。夏休みの途中に、僕は階段から転んだんだ…。
「全く、夏休みはこれからって時期に怪我しちゃって…。早く治してくださいよ。」
「うん。」
今日は8月82日。
夏休みはまだ終わらない。
あれ
あたまが
「…?亘希さん?」
アリ…エ…
意識が深い底に落ちていく。
アリエの心配そうな顔を前に、僕は意識を失った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…で。」
「…。」
僕は雲のようなものの上に正座させられていた。
目の前で仁王立ちしているのは兎耳の女性。
「また記憶を忘れて夏休みを続けようとしてたと…。」
「…面目ないです…。」
「私が記憶をまた思い出させなきゃ今度は一生あの子を思い出せなかったわよ。まあ記憶操作の魔法はほとんどが不可避だからしょうがないってところはあるけど…ねぇ…。」
「すみません…。」
気絶した後、僕はこの空間にいた。
僕はやっぱりこの空間も、彼女のことも忘れていた。イナリが僕の記憶を引き出してくれなかったら、またも僕はベルを忘れ去るところだった。
「記憶操作の魔法は一度かければ解除しても二度目、三度目がかかりやすくなってしまうの。その上、一度目に感じていた違和感も二回目だと対策されちゃうから記憶を取り戻すきっかけを得るのも困難なのよ…。」
「そうなんですか…。」
「私がこうしてここに呼び出せるのも今回が最後だろうから、もう一度言わせてもらうわ。あなたは絶対にあの子を忘れてはダメ。」
そう真剣な顔つきでイナリは言う。
「分かりました。次はできるだけ気をつけます。」
「そのためにはやっぱりかからないための対策をしないとね…。まあ、術者が誰かわからない以上、対策のしようがないんだけどね…。」
「そう…ですか…。」
「でも、この類の魔法は発動範囲が狭いからそれなりに近づかなきゃならないのよ。だから貴方のそばに術者が紛れ込んでいる可能性はあるわ。貴方の友の形をして、ね…。」
「つまりアリエたちの中の誰かが偽物で、僕をこの世界に…?」
「おそらくね。」
アリエ、レイ、アル。
この三人の中に僕をこの偽物の世界へ陥れた犯人がいるかもしれない。
何か、心当たりはないか探してみる。
「…。」
そう顔を顰める僕を見て、イナリは少し不思議そうに尋ねる。
「私を疑っていないみたいね…。もしかしたら私がこの場所に閉じ込めた犯人かもしれないのよ?どうして信じてくれるの?」
「え、犯人なんですか?」
「いや違うけど。」
「…初めてベルに会う前、あなたに会ったんです。僕には何だかそれが偶然には思えなくて…。もしかしたらあなたが僕をベルに会わせてくれたんじゃないかって、ずっと思ってたんです。そんな人を、僕は疑いたくない、いえ、疑えないんです。」
「…そっか。」
イナリの顔が少し綻ぶ。
「あなたこそ、何でベルにそこまで…?」
「…あの子は私にとっても大切な子なのよ。あの子にはその血の宿命を脱却できるような、いつも支えてくれる存在が必要なの。貴方のようにね。」
「僕…ですか…。」
「ええ、だから貴方は必ずここを抜け出しなさい。そしてあの子を守ってそばにいてあげて。それだけでもあの子は十分救われているから。」
「…分かりました。」
「約束よ。」
僕たちは熱く握手を交わす。
「…でももし偽物を見つけたとして、そいつと僕は戦えるんでしょうか?」
「というと?」
「たぶん…悪魔ですよね、これ…。僕一人で武器もないのに戦えるんでしょうか…?」
「あなたがベルの契約者である以上、その記憶がある今なら鎌を出すことも可能なはずよ。でも確かにそれでもタイマンはきついわね…。」
「ですよね…。やっぱり他の人にも協力を頼んだほうがいいでしょうか…。でも誰が偽物か分からないし…。」
「そのことなんだけど、おそらくこの世界にいるのは貴方とこの世界を作った悪魔、そして貴方の記憶を元に作られた偽物の友達だけよ。」
「ってことは全員偽物ってことですか?」
「ええ。貴方をこの世界に馴染ませるために作られた舞台装置。所詮は偽物よ。この世界を作るときにきっと記憶も見られたのでしょうね。貴方の記憶通りの友達の姿をした偽物を作り、自分もまるで本物のように振る舞うの。だからどれが悪魔なのか見分けがつきづらいのよ。本当にタチが悪いわ。まあ悪魔じゃない方は完全に本物を元に作られているから思考回路も再現されているけど、悪魔の方は記憶に悪魔自身の意思も混ざるから解釈違いが起きやすいかもね。」
「そうですか…。」
本物から忠実に作られた人形の中に、人形に扮した偽物がいる。
その偽物を暴かなければこの牢獄から出ることはできない。
「…さて、そろそろ時間ね。」
「はい、ではまた…。ん?」
ポケットに入れた手に何かが当たる。
じゃらじゃらと音を立てるそれを、僕はポケットから取り出す。
「…っ!これは…。」
イナリが驚きの声を上げた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
僕はベッドの上で目覚めた。
目の前には心配そうな顔をしたアリエがこちらをじっと見ていた。
「起きましたか、亘希さん。」
「アリエ…。」
もう日は暮れているようだった。
「私がご飯を作ってきますから、それまで安静にしててください。」
「待って。」
立ち去ろうとするアリエを呼び止める。
「…?どうしたんですか?」
「アリエ、さっき、なんで嘘をついたんだ。」
「…。」
「全部、思い出した。僕たちは学校の屋上で怪物と戦って、それで、何かが爆発して、僕は背中を打ちつけられた。階段から落ちてなんてない。」
アリエは黙り込む。
「思えばそれより前も変だった。僕がベルの話を出すたびに『そんなことよりも』って話をずらそうとしてきた。レイたちはちゃんと最後まで聞いてくれてたのに。きっと、本物のアリエなら最後まで聞いてくれてると思う。なのに…。」
「…私が偽物だって、そう言いたいんですか?それでもし私が本物だったら、あなたは勝手に偽物だと言いがかりをつけてきた友達以下の存在になりますけど。」
「うん、分かってる。もしそうだったら全力で土下座して謝るかも。…だけど、もう、本物だとは思えない。」
アリエは背を向けたまま動かない。
「じゃあ、最後の質問。」
これで、アリエが偽物というのが僕の思い違いか、本当なのかが分かる。僕はポケットからネックレスを取り出した。
「これが何か、言える?」
「…なんですか、それ。ネックレスのようですけど…。」
「これは僕がシグナスに会う前に黒龍さんがくれたものだよ。その時アリエはどんなネックレスか説明してくれたけど…覚えてる?」
「…はい、覚えてますよ。確か魔除けの…。」
「…嘘。」
僕はそう静かに告げる。
「アリエは結局このネックレスが何なのか、説明してくれなかった。また今度説明するとは言ってたけど。だから覚えているわけがない。これで、もうあなたが本物であることの証拠はなくなったよ。」
「嵌められましたか…。」
アリエは大きくため息をつく。
「はぁ…そーですよ、私は『地動隊隊長アリエ』ではない、偽物です。よーくここまで辿り着きましたね〜。人間の分際で、ここまでやれたことは褒めてやります。」
急に口調が変わり、姿も変わっていく。
「でもね、ここに辿り着くだけじゃ意味ないんですよ〜。夢の牢獄から抜け出すには鍵を手に入れなきゃいけないんですよねぇ〜。」
「鍵?」
「はいはい、鍵ですよっ!ご自由に差し上げましょう!アタクシはなんせ心が広いですから!」
「じゃあ…。」
「ただし――アタクシに勝てたらの話ですが。アタクシのお気に入りのカリスちゃんもダンちゃんもやられちゃいましたし、その敵討ち、とでも言いましょうか。怪我人の分際でアタクシみたいな高位の悪魔にどれだけ歯向かえるか…見ものですねぇ。」
「…っ。」
そうだ。今はお世辞でも戦えるような状況じゃない。
今鎌を出したところでこの怪我ではとてもじゃないが戦えない。このまま歯向かっても返り討ちにされるのは目に見えている。どうすれば…。
「まあ?このままおとなしくこの世界で愚かなまま記憶を改変されたいって言うなら話は別ですけど。」
「は…?」
「この世界だって最高じゃないですか〜。ほとんど外の世界と変わりませんし、違和感はぜーんぶ忘れてここで幸せに暮らす。それって最高じゃありません?アタクシだって戦いが好きなわけじゃない。そうした方がお互いの得になると思うんですけどねぇ…。」
「…嫌っていえば?」
「もちろん…殺しますよ?」
目の前の悪魔は不気味な笑顔でそう言った。
体中に寒気が走る。
僕はネックレスを握りしめた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「なるほどね…。龍のツノが使われていると…」
あの時、ネックレスを見てイナリはそう言った。
「はい、僕の友達の黒龍さんが僕にくれたんです。」
「これがなんなのか、知ってる?」
「いや…アリエがまた今度説明してあげるって言ってたんですけど、まだ…。」
「そう。ふふっ、これは使えるかもね。」
そうイナリは微笑む。
「使えるって…どういう事ですか?」
「…もし、偽物を暴くことができたら、これを相手に投げて。そうすればこちらに有利になるわ。」
「そんな強いものなんですか?」
「ええ、ちょうどその子もこちらに気付いたようだし。」
「…?」
「とりあえず、騙されたと思って投げてごらん。きっと貴方の役に立つから。」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…えいっ!」
僕はイナリに言われた通りにネックレスを投げる。
オレンジ色の宝石が照明に反射してキラリと光る。
「苦し紛れの攻撃がそれ?笑えますねぇ!」
ピシッ
宙を飛ぶ宝石にひびがはいった。相手は何もしていない。
そのヒビは徐々に広がっていく。
「…なんかの小細工ですか?鬱陶しい…!」
相手が割れゆく宝石に攻撃を入れようとしたその時。
眩い光が二人を襲う。
「…っ!」
「…っ、なんなんです!?」
途端に悪魔の腕が吹き飛ぶ。そして…
「ふぅ…間に合った…。」
目の前の人物を見て、僕は驚く。
なんでここに…。
「誰ですか、お前。」
「…天動隊・副隊長、龍の一族・黒龍。」
僕を守るように黒龍さんは前に立った。
「龍の一族…。またまた厄介なのが来ましたねぇ…。このネックレスもあなたの差し金?」
「…。」
「妙な術式だとは思ったんですよー。アタクシの偽の世界でも消えずに残ってる時点でただのネックレスじゃないことくらい分かってたのに。早めに…排除しておくべきでしたねッ!!」
一瞬で距離を詰められる。
僕に向かって放たれるその一撃を、黒龍さんは間に入って受け止めた。
「アッハァっ!アタクシのスピードにも追いつくなんて…流石龍の一族…!天界で最も逃げ足が早いで有名なだけはありますねぇ!」
「…安い挑発には乗りません。」
「あら、つまんないの。」
急にやる気をなくしたように、その悪魔は鍔迫り合いをやめ、華麗に宙返りをして距離を取った。
その背からは蠍の尾が見え隠れしていた。先程の攻撃はこれによるもののようだ。
「折角アタクシのステージに来てくれたんですもん、まずは自己紹介から…。アタクシは“夢魔”。担当・悪夢、イザベル・カヴァラス。以後よしなに。」
そう悪魔ーーイザベルは不気味な笑みを浮かべたまま、恭しく礼をした。




