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私の、創世記。  作者: 皐月リリ
第一章、悪魔と契約者。
8/70

第七話、廻る太陽。

「わぁーーーっ!!ここが…遊園地…!!」


ベルの目が輝く。日差しはジリジリと暑いが、その暑さが吹き飛ぶほど彼女の顔は眩しかった。


「ねぇねぇあれ何!?あの丸くて大きいやつ!なんか回ってるよ!?あっ!あそこ!何かが橋を滑ってる!」


全く落ち着く様子が見えない。

そのいつも通りの姿にため息とともに笑みが漏れる。


「おーい、一回落ち着こうよ!」


そう走り出しそうな勢いのベルに声をかける。

ベルは立ち止まり振り返る。


「ごめんごめん、はしゃぎすぎた…。」


そう申し訳なさそうな顔で答える。


「全くその通りです、お嬢様。少しは落ち着いて行動しましょう。」

「はーい。」


そう隣から声をかけるのは…


「…なんで君までついてきてるの…?」

「お嬢様をお守りするのは私の大切な責務ですから。お嬢様が悲しむといけないので、()()、あなたもお守りします。」

「一応って…。」


そう勝手についてきたアリエが言う。

最初の予定ではベルと二人で遊園地に行く予定だった。そのことはちゃんとアリエにも伝えたし、彼女も頷いたはずなのだが…。

彼女の鋭い目が監視するように亘希を捉える。その目はまるでベルに何かあれば容赦しない、とでも言っているようだった。


「…まぁ。」

「…?」

「…あなたも何かを決めたご様子でしたし。それを見届けるとともに、少しくらいなら私も手助けできるかと。」

「…!…ありがとう。」

「別に、感謝は必要ありません。これもお嬢様と、あなたの契約のためです。」


目線をずらし、目を瞑った彼女はそう言った。


「おーい、二人とも遅いよー!」


もうだいぶ先へ進んでいるベルがこちらに声をかける。


「ごめん、今行く!」


急いでベルを追いかける。


「全く、二人で何話してたのさ…。」

「いや、その…。」

「…お嬢様の手懐け方について話していただけです。さぁ、行きましょう。」


そうアリエが横からフォローを入れる。


「私の手懐け方…って何!?」

「お嬢様はチョロいですので。私の奥義を伝授しようかと。」

「どう言う意味!?」

「冗談です。真に受けないでください。」


本当に主従関係があるのか疑ってしまうような会話。これが彼女の言う『友達』というものかもしれない。


「じゃあさじゃあさ、あれ乗ろ!」


そうベルが指差す先にあるのは…


「ジェットコースター…か…。少し苦手なんだよね…。」

「じゃあ…辞めとく…?」


そうベルがこちらを見つめる。そんな目で見られたら断れるわけがない。


「…わかった。乗るよ。」


そう言って順番に並ぶ。しかしなぜかアリエは立ち止まったままだった。


「どうしたのアリエ?」

「い、いえ、なんでもありません!」


そう言って列に並ぶ。

だが彼女は何かをぶつぶつと呟いていた。心なしか表情が固まっているようにも見える。

…本当に大丈夫だろうか。

そしてようやく亘希たちの番が来た。


「では、こちらに座って安全バーを下ろしてください。」

「分かりました。」


そうスタッフの指示を聞き、席に座る。


「アリエ、本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫です、お嬢様。問題ありません…。」


そういうアリエの体は小刻みに震えていた。


車体が動き出し、ゆっくりと速度を上げる。


それと同時に全員がキャーと叫ぶ…ことはなかった。

ベルは普通に楽しんでるし、亘希もあまりジェットコースターで叫ばないタイプだ。というか叫べない。

アリエはというと…こっちはこっちで声にならない悲鳴をあげていた…。


ジェットコースターはどんどん速度を上げ、クライマックスの坂を下っていく。

ジェットコースターにはただアリエの悲鳴だけが響いた…。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ジェットコースターは徐々に速度を落とし、降り場に停まった。


「あー楽しかった!」


そう言ってベルが席から飛び降りる。


「ベルが楽しそうで何よりだけど…やっぱり苦手だなぁ…。」


亘希はジェットコースターのあの落ちていく感覚が苦手だ。だからこれまで遊園地に来ることはあってもジェットコースターに乗ることはなかった。今回乗ったのが何年振りか覚えていない。


亘希がジェットコースターから降り、ベルの方へ向かおうとする。

だが隣に座っていたアリエが立つ様子がない。


「あ…あの…ちょっと待ってください…。」


アリエが弱々しく呟く。


「どうしたの…って、大丈夫!?」

「腰が抜けた上に…気持ち悪い…です…。」

「お客様大丈夫ですか!?」

「もう…無理…。」

「お客様!」


『先に色々回っていてください…。』そう言い残してトイレに駆け込んで行った…。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「待たせてしまって申し訳ございません…。」

「いいよいいよ、もう気分は大丈夫?」

「はい…。」


しばらくしてアリエが戻ってきた。


「どうですか、楽しめましたか?」

「うん、コップに乗って回るやつとかすごく楽しかった!」

「それはよかったです。」


もう日は傾き始め、空が茜色に染まり始めていた。


「ベル、最後にあれに乗らない?」


そう言ってベルを観覧車に誘う。


「うん、乗りたい!」


それを聞いてアリエがはっとした顔をした。


「…でしたら、お二人で乗っていてください。私はたった今用事ができたので。」

「えー、うーん、分かったよ。」


そう言い、ベルが観覧車へ走り出す。


その背中を見失わないようにただ一言、アリエに返した。


「ありがとう。」

「いいえ、あとはあなた自身で頑張ってください。」


その顔がどこか微笑んでいるように見えた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


観覧車の列に並ぶ。


「もうすぐだね、亘希くん!」

「うん。」


そして、やっと順番が来た。今日ここに来た理由、それを今から果たす。


二人乗りの観覧車に乗り込む。二人を乗せたゴンドラはゆっくりと上昇しだす。

それと同時に緊張が高まる。

それを見抜いてか彼女は、


「…これってさ、なんかデートみたいだね。」


そう微笑んで言った。その言葉に顔が赤くなる。

「ふふ、冗談。…今日はどうしたの、ここに誘ったりして。」


彼女なりの亘希の緊張をほぐすための気遣いなのかもしれない。

その想いにも応えなくては。


「…今日は君に少し話したいことがあるんだ。」

「…実は私もあるんだ。私から先に話すよ…。」


その表情が少し不安が見え隠れしたのが分かった。


「いや、僕から話すよ。先に話させて欲しい。」

「…分かった。いいよ。」


そう優しく亘希の答えを待ってくれる。


「昨日の戦いの後、アリエと話して思ったんだ。僕は君のことを知らなすぎるって。知ろうともしてこなかったんだなって。」


ベルが静かに頷く。


「だから、僕は、ベルが僕を信用しきれてないんじゃないか。そう思ってしまったんだ。でも、違った。僕も自分のことを君に話したことすらなかった。話そうともしてこなかった。そんな僕が君のことを知らないのは当然だなって。だから、僕は僕のことを君に知って欲しい。そして君もいつか、君自身のことを教えて欲しい。もし君が僕を信用しきれていないなら、君が僕のことを信じれるようになるまで僕も信じてもらえるように頑張る。そしていつか、その時が来たら僕に話して欲しい。その時がいつになったとしても僕は待ち続ける。君が何者だったとしても僕は君の友達でいる。」


アニメや漫画のようにカッコよくなんて言えない。それでも自分の気持ちを知って欲しい。その一心で亘希は自分の気持ちを吐き出した。

それでもベルは静かに、そして、目を見て聞いていてくれた。その口が微笑み、ベルが話し出す。


「…分かった。私も私の過去について、いつか君に話さなきゃいけない。そう思ってたから。それでも私は勇気がなかった。こんな自分を君が認めてくれるのか、怖くて。怖くて怖くて話せなかった。…いいよ、聞かせて。君はこれまでどんな人生を歩んできたのかな?」


口に出すのが、怖い。唇が震える。

それでも…。


「…ベルも気づいているかもしれないけど、僕は今、お母さんと弟と三人で暮らしている。その理由は僕たちは今、お父さんと別居しているからなんだ。」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


僕の父は怒りっぽい人だった。


いつも何かにつけて僕たちを怒り、そして暴力を振るっていた。いわゆるDV。

今でも鮮明にその時のことが思い出される。


それでも僕は父を嫌えずにいた。

それはなぜかわからない。父が母と結婚しなければ僕は生まれていない。

その事実があったからかもしれない。


父の暴力が顕著になり出したのは、僕が中学に入った頃だった。

それまでも少し暴力を振るわれていたが、その頃から暴力や怒りの頻度は上がっていった。


その矛先は最初は母だけだった。中学に入り僕も暴力を振るわれ始め、遂には小学生の弟にまで及んだ。

いつもは自分が暴力をされているから耐えれた。だが、弟に暴力が振るわれ始める頃にはもう限界だった。


父に暴力を振るわれてから、人と話すことを躊躇うようになった。人との距離感もわからなくなり、一人になっていく。ただ学校でのいじめがなかったのが救いだった。


そんなある日だった。

僕たちはこの家を発つことになった。

少し前から母は警察に相談をしていたらしい。僕たちは母の実家が近くにあるここに引っ越すことになった。

これは僕が中学三年生になったばかりの頃の話だ。


転校した学校でも友達ができなかった。つくれなかった。

そんな中、彼女――ベルに出会った。

ベルの明るさはその過去を忘れさせてくれるほど僕の救いになった。

友達になってくれて嬉しかった。初めての友達が君でよかった。


―――ありがとう。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ベルは最後まで亘希の話を静かに聞いていた。


「長々と話してごめんね。」


ベルは返事をしなかった。そして急に立ち上がり、亘希を抱きしめた。


「ううん、大丈夫だよ。言うの辛かったよね。苦しかったよね。でも、それでも、私に伝えてくれてありがとう。」


そう言って亘希をぎゅっと抱きしめる。その暖かな胸が亘希を包み込む。


「えっ、なんで急に抱きついて…。」

「…なんでって…気づいてないの?亘希…泣いてるじゃん。」


自分の頬に涙が流れていることに亘希は気付いてなかった。なぜ急に涙が流れたのだろう?過去を話したから?思い出すと悲しくなるから?それとも、『自分を認めてくれる人』を見つけたから?


亘希には分からなかった。でも、本当に、彼女の胸の中は暖かかった。


「…さぁ、もうすぐ降りるよ。これで涙拭いて。」


そうベルが差し出したハンカチで顔を拭う。


夕日が涙の跡を照らしていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「お疲れ様でした。」


そう観覧車から戻ってきた亘希たちをアリエが出迎える。

そして彼女は、ベルが亘希の手を握っていることに気づいた。


「…お二人とも、観覧車で何かございましたか?」


そう尋ねる。


「ううん、何も。亘希くんと色々話しただけ。」

「…そうでしたか。承知しました。」


何かを察したようにアリエが目を瞑り頬を緩ませる。

そして亘希の耳元でただ一言つぶやいた。


「合格です。」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


家に帰り荷物を片付けていると、


「亘希くん、来週ってゴールデンウィークだよね?何か予定ある?」


そうベルが聞いてきた。


「ううん、ないよ。どうかした?」

「…今度は二人で、どこか出かけない?」

「えっ?」

「今度は私の番だよ。私のことを全て話すよ。」


そう言う彼女の顔は覚悟が決まっていた。


「…分かった。どこにいこうか?」


そう言うと彼女が微笑む。


「行き先はもう決めてあるんだ。」

「えっ、どこ?」

「ふふっ、私にとっても関係の深い場所、島根だよ。」


新たな『友達』との旅路の幕が開かれようとしていた。

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