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私の、創世記。  作者: 皐月リリ
第三章、許されざる怠惰。
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第七十三話、幸福な貴公子。



肉の海は煙のように消えていく。

曇っていた空に晴れ間が見え始める。太陽は既に傾き、地平線の上から黄金色の光を放っている。


「なんで…僕を助けたんだ…?」


ベルに抱き抱えられたまま、アルが問う。


「え…?」

「僕は…どうやっても償えないことをした。君を…傷つけてしまった。なのに…。どうして助けてくれたの?」

「友達だから。」


ベルはそう即答する。


「…私ね、友達がいなかったんだ。私が友達だと思ってた人も、ただ私が一方的に思ってただけで友達じゃなくて…。『あなたとは友達じゃない』って、突っぱねられて…。独りが怖かった。寂しかった。だから私は、ずっと無理して、強がって…。多分本当の私じゃなくなってたんだ。」


そうどこか遠くを見つめて言うベルの顔はどこか寂しげだった。


「そんな時、アリエに会った。『友達になって』って言ってくれた。本当に…嬉しかった…!アリエはね、私の友達で一番の騎士で、私の、英雄(ヒーロー)なの。私を孤独という牢獄から救い出してくれた英雄。本当に感謝してもしきれないよ。」


アリエは嬉しそうに微笑みながら静かにベルの話を聞いていた。


「その時気付いたんだ。私は、私が友達だと思ってた人に何もしてあげられてなかった。ただ誰かに何かをしてもらって、お礼を返すこともせずに友達だと思い込んでいた。何もあげられてないのに、誰かからの施しを受けていただけ。それって本当に自分勝手な強欲だよ。だから私は、決めたの。友達になったからにはできる限りのお返しをするって。今度こそ、無くしたくない。アリエはお返しなんて必要ないって言ってたけど、私はなんでもいいから返さないとって、いろんなことをしたなぁ…。特訓して力もつけた。いろんなことを覚えたり、アリエの騎士としての仕事を手伝ったりもした。まあ、大体は空回っちゃうんだけどね。ははっ。」


そう自虐しながら、ベルはアリエと目を合わせて笑い合った。


「亘希君にも『友達になりたい』って契約で頼まれちゃってさー、もちろん受けたよ。『契約は絶対!』っていうのもあるにはあるけど…何より、嬉しかったんだ、友達が増えていくのが。亘希君は私の過去を背負ってくれた。『悪魔の子』という呪いも、『最高神の娘』っていう重荷も、全部背負ってくれた。いつかお返しをしたいって、そう思ってる。…私は、友達が本当はどういうのが正しいのか、分かってない。そもそも正解なんてあるのかな?多分どれも正解で、どれも間違いなんだよ。その間違いを正解と受け取るかそうでないかの違いだよ。…だからね、アル。」


ベルはアルの手を取り、握る。


「私は友達は助け合って生きていくものだと思うの。足りない所は補い合って、どっちも持ってないものは二人で探し合って、多分、私の正解はこれなんだよ。あなたの正解が私の正解と全く同じとは限らない。でも全く違うってことはないと思うの。私はあなたの友達だから、あなたの助けになりたい。だから、私はアルを助けた。…ううん、もし友達じゃなかったとしても私はきっとあなたを助けていた。困ってる人がいたら、見過ごせないんだ、私。アルも、同じようにしなくたって構わない。お礼も、今はまだ返せなくてもいい。返さなくてもいい。だけど、あなたの正解を探してあげて。そしていつか、正解が見つかったら私に教えてよ。約束、ね?」


そうベルはいつもの太陽のような笑顔で微笑んでくれる。

何度この笑顔に救われただろうか。そう亘希とアリエは懐古する。


「う…うん。分かった。約束…。」

「…ん?アル?えっ、なんで泣いてるの!?」 


なぜ、こんなにも涙が溢れてくるのだろう。

なぜ、こんなにも懐かしいのだろう。


…そうだ。僕はどこかで誰かにこんなことを言われたことがある。


僕が初めてあの人と会ったあの日に――。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



僕の母は優しい人だった。

正義感があって強く優しい女性。


父はいつもいなくて、母が独り身で僕の世話をしてくれていた。

とても広い城だったけど、母は使用人を雇うことなく一人で家事をこなしていた。

そんな生活をその頃の僕は当たり前に思っていたけれど、今思い返してみてみれば、本当に母はすごい人だったんだと思う。何せそんな生活を何年も続けていたのだから。


今でもよく母の声を思い出す。優しく鈴のような落ち着く声。僕は一生忘れることはないだろう。

あの幸せな日々も、母の顔も、母の匂いも。


母は急に病に倒れた。

熱は引かず、咳もしていてとても苦しそうだった。

そんな状態でも家事をしようとするので、僕は母を説得して寝かせ、家事も自分でやるようになった。

母の服を変えてやることもあった。汗をかいていたら濡れたタオルで拭き、体に良い食事を自分で作る。

この時になってやっと母の大変さ、有り難さを知った。


しかし、母が回復に向かうことはなく、寧ろ衰弱していった。


そんなある日のことだった。


呼び鈴が鳴ったので行ってみると、そこには背の高い男が立っていた。

その顔は貫禄があり、不思議な雰囲気の人だった。その人は僕に気付くと、


「アルか。母さんはいるか?」


と聞いてきた。

何故、僕の名を知っているのか。そんなことを不思議に思いながらも、母が今病で倒れていることを伝えた。

するとただ一言。


「やはりか。」


そう言った。


「母さんに会わせてくれ。」


しばらくしてそう言ったので、母に許可をとってから門を開ける。

すると男はまるで寝込んでいる部屋を知っているかのように進んでいく。その男を見て母は言った。


「あら、おかえりなさい、あなた。」

「ああ、ただいま。」


僕は呆然とした。そんな様子を見て母は、


「この人は私の夫、つまりあなたのお父さんよ。」


そう説明した。

初めて会う父。とはいえ聞くことなどないので気まずい静寂が続いた。


「初めまして。お前の父だ、アル。」


そう父の方から最初に名乗り出てくれた。

続いて僕も名乗る。


「あの…初めまして…!お父…さん…?僕はアルです。」

「ああ、知ってる。」


予想外の返答をされ、戸惑う。


「も、もう…!無愛想なんだから〜…。」


場を和ますために母がそうツッコミを入れてくれるが、父の表情は変わらず何も言わない。

しばらくして父は立ち上がった。


「テラスの席を借りるよ。あとティーカップとティーバッグも。あと、また二日留守にする。」

「ちょ、ちょっと…!」


父は部屋から出ていった。


「もう…。いつもあの調子なんだから…。」


そう母はため息をついた。


僕が部屋を出ると父はまだテラスの席にいた。

静かに紅茶を飲みながら、新聞を読んでいる。下界のことが書かれた新聞のようだ。

本当は話しかけたかった。だが話すような話題は生まれない。

しばらくして父は去り、結局話しかけることはできなかった。


そして2日後、父は再び現れた。

雨が降り注ぎ、風も吹き荒れるそんな天気の日だった。


「あなた…。おかえりなさい…。」

「ああ、ただいま。」


母はこの二日間で急激に衰弱した。もう起きている時間より寝ている時間のほうが長い。

僕は子供ながら既に母の最期を悟っていた。


「私…もう長くないかも…。あなたと…もっと一緒にいたかった…。あの子とも…もっと遊んであげたかった。きっと私は…あの日あなたが出ていくのを止めるべきだったのね…。」


父は何も言わない。表情も一切変わらない。


「そうすれば…三人一緒で仲良く…。ごめん…なさい…。愛してるわ…二人とも…。」


父の手を握っていた母の手がふらりと倒れる。

母は、亡くなった。


次の日、父はこう言った。


「私はまだここに残るとするよ。君は気にせず、いつも通りの暮らしをしてくれ。私は手を出せないからね。」


本当に父は何もしなかった。いつもテラスの席で紅茶を飲み、新聞を読む。そしてたまに腕時計を見る。この繰り返しだ。移動するのは食事の時だけ。そのまま年月だけが過ぎていった。


ある日父は腕時計を見て


「そろそろか。」


と呟く。来た時に持っていた小さな鞄だけを持ち、家を去った。


「来たる時まで家を出るな。」


そう、言い残して。


門は外から鍵が閉められ、監禁状態になっていた。

食材は時々父の使用人を名乗る人たちが持ってくる。

城は広く退屈はしなかったが、やはり独りは寂しかった。これが僕の人生初めての孤独だった。


そのまま数年が過ぎた。


突如、門の方から爆音がした。

急いで門の方へ向かう。爆破された門が無惨に倒れていた。


名前も知らない屈強な男たちが十人ほど門の前にいた。


「…ほう?この城に監禁された神がいると聞いて来てみれば… 年端も行かぬ子供じゃねぇか…。こんなことをする親は一定数いるとは聞いていたが…まさか本当にいるとはな。全く、親の役目を放っぽりやがって。」


そうリーダーのような男が言う。


「おいお前!今まで一人で暮らしてたのか?」

「は。はい…!母さんが亡くなって父さんもその後出ていってしまったので…。」

「見過ごせねぇな…。俺がその親父ぶっ飛ばしてやりてぇぜ。そうだ、俺たちと来るか?そんな監獄で暮らすよりかは幾分かマシだぜ?」

「で、でも、父さんから『来たる時が来るまでここを出るな』って…。」

「来たる時…か…。そりゃあいつだ?」

「そ、それは…知らない。」

「ならそんな約束守る意味はねぇ。そんな口約束に縛られてちゃあお前の未来は閉ざされちまう。楽しんでいこうぜ!人生は一度きりなんだからなぁ!!自由こそが至高!!自由でいられるならどんな罪だって犯す!!それが俺の持論だ。この持論にお前は付き合う必要はねぇ。お前の自由な考えが一番大切で見つけるべきものだ。こんな監獄でそんなものは見つからん。探そうぜ?間違えた考えってのはねぇんだからよ。欠点のない考えなんてありえねぇ。いろんな考えを吸収し!足りないところは埋め合い!自分の一番の答えを見つける!!そんな冒険に、出てみねぇか?」


気付けば僕は駆け出していた。

この人たちと一緒にいたい。この居場所なら僕は僕でい続けられるかもしれない。大好きな自分を見つけられるかもしれない。


「そういえば名前はなんて言うんだ?」

「…アル…。」

「そうか!いい名だ!お前は今日から俺たちの仲間だ!そうだ、まだ名乗ってなかったな。俺の名は―――!!!」


僕たちは自由な世界に足を踏み入れていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



やっぱり、あの人とベルは似ている。

二人とも僕を救ってくれた大切な人だ。


「ううん、大丈夫。ありがとう、ベル。僕を救ってくれて。」

「うん。私も、アルが帰って来てくれてよかった。」


二人で抱き合う。ベルの体温は心地よかった。


「あなたたちも僕を助けてくれてありがとうございます。」

「いえ、そんなかしこまらず。私達は友達を…ベルを手伝い騎士としての使命を全うしたまでですし。」

「うん…でも、手伝っただけだとしても助けてもらったのは事実だから。ありがとう。」

「礼はありがたく受け取らせていただきます。」

「わ、私も…!」


僕は先程亘希君と呼ばれていた人の方に向き直る。


「亘希君…だっけ?一つ聞いてもいいかい?」

「えっ?うん…。」

「君は人間なのに…それに僕とも初対面なはずだ。なんで僕を助けてくれたんだい?」

「それは…。少し、なんと言うか…親近感…なのかな?なんか僕と同じな気がして。」

「同じ?それはどういう…?」

「少しの会話だったけど、ベルと話してる時、『独りでいい』とか、『もうどうでもいい』とか、僕も同じように感じてた時があったから。」


そう彼は過去を思い返すように言う。少し思い立ったことがあった。


「君も、ベルに救われたのかい?」

「うん。ベルに、独りぼっちの孤独から解放してもらったんだ。」

「…そっか。」


深くは聞かない。

あの子なら、僕がどれだけ突き放しても助けようとしてくれたあの子なら、独りでいる子をきっと見捨てるはずがないだろうから。


「また会えたわね。」


ベル達の後ろから現れた懐かしい人影に思わず僕は微笑む。


「レイ…!うん、久しぶり。」

「こちらこそ。」

「そういえば気になってだんだけど…レイとアルってどんな関係なの?」

「そうね…まあ、幼馴染って言ったところかしら。と言っても生まれた時から一緒にいるわけじゃないけれど。」

「まあそうだね。」


そうだ。レイに会ったら聞いておかなければと思っていたことがあった。


「レイ…。」

「何かしら?」

「あの日の後…なんでどこかにいっちゃったの?」

「…。秘密よ。近いうちにあなたには話すわ。こうしてまた会えたんだもの。」

「なになに?どういうこと?」


そうベルが頭を突っ込む。


「あなたには関係のない話よ。」

「え〜、聞かせてよ〜!ほら〜お願い〜!」

「えっ、ちょっ、近っ!離れなさい!ほぉーらぁーー!!」


その光景が面白くて僕は笑ってしまった。

久しぶりに笑った。いつ以来だろう。泣いて笑った。みんなは優しそうな表情で僕を見つめている。


「…ベル。」

「なに?」

「一つお願いがあるんだけど…。」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「まさか二人が模擬戦をするとはね…。」

「そろそろ回復して来たし、関係の回復には持ってこいでしょうから。」

「レイは『こんな茶番見る必要ない』って帰っちゃったけど。」


かすかに残った城の跡で二人は相見える。


アルは目の前にもう一人の自分の幻想を見ていた。


『縺翫i縺翫i縺ァ縺励→繧翫∴縺舌b』


そうだね。独りで死にたいね。

でももう独りで死ねないよ。今の僕には友達がいる。


『縺ゅ↑縺溘�ッ豁サ縺ォ縺溘¥縺ェ縺��シ�』


うん、もう僕は大丈夫。もう、死にたいだなんて思わない。


だから安心して、僕に力を分けて。


もう一人の自分と手が重なった時、目の前には懐かしい顔があった。


『頑張って』


そのつぶやきを聞いて僕の目から涙が出そうになる。必死に抑えて僕はベルへ目を向ける。


僕の姿はもう異形なんかじゃない。


あの自分は姿を変え、僕の背には深緑のマントがついている。

僕の服は軍服へ姿を変える。もう孤独な僕はいない。


「さぁ、行くよ!!」

「もちろん!!」


二人はぶつかり合う。その顔には裏表のない笑みが浮かんでいる。



「激しい戦いですね。」

「でも、二人とも楽しそう…だね。」

「そうだね。よかった、二人とも。」


夕日は二人を、みんなを明るく照らしていた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



レイは一人小道を歩く。


楽しそうに戦うアルたちから目を逸らし、ただ一人歩いている。


そうだ。これでいいのだ。



「罪も呪いも、背負うのは私一人でいい。」





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